14.北の森にて
前回までのあらすじ
カヤノがサクのふかふかを思い存分、後頭部で堪能した。
「ここからの安全は保証できません」
サイスは振り返ると、背後にいた二人に真剣なまなざしを向けた。
サイスの緊張が伝わったのか、サクがごくりと喉を鳴らす。
「前々から思っていたんだが……、サイスくんのその妙な自信はどこから来るんだ? モンスターの姿は確かに見てないが、今までだって気を抜いていい状況じゃなかったはずだろ?」
「サイスは見えるから……」
「見える?」
今一つ要領を得ないサクの補足を受け、カヤノはさらに謎が深まったと眉根を寄せる。
「つまり、目が特別なんです。魔力の濃淡みたいなのも見えて……。それで、モンスターは魔力を摂取し続けないと活動できないんですよ。僕らにとっての呼吸みたいなものです」
「薄いと死ぬのか?」
「死にますね」
あまりにきっぱりと言うものだから、カヤノもそれ以上なにも言えず、その言葉を信じざる得なかった。
けれど、サイスの言い分を鵜呑みに出来ないのはサクも同じだったようで、そちらを見れば、カヤノと似たような表情を浮かべていた。
そんな微妙な空気を打ち払うかのように、サイスが柏手を一つ。
そして、気持ちを切り替えるように、ひと際大きな声をあげる。
「それで、これからの方針ですけど。まずは何から手を付けましょうか?」
「大目標はモンスターを元の場所から追い出した原因を探す、だけど……。いまは小目標、つまり差し当たっての行動指針を決めなきゃダメだね」
サイスが期待するようにカヤノを見ていた。
サクも足りない言葉の補足こそすれど、発案についてはカヤノに任せるようだった。
カヤノは腕を組むと、何か適当な案は無いかと周囲へ視界を巡らせる。
木、葉、枝、空、雲、土、単純な視覚情報が金色の眼に照らされた。
「そーだなー。よし、蹴散らしながら前進。高所を取るぞ」
カヤノがちょうど視界に収まった丘を指さす。
サイスは丘を一瞥した後、視線を再びカヤノへと戻すと、要領を得ないといった様子で首をひねる。
「頭のいい奴はだいたい高いところに陣取るもんだぞ?」
「その発言が頭いいとは言えないような」
「せっかく、サイスくんにも納得しやすい理由をくれてやったのに……。せっかくそれらしい理由だったんだから納得しとけ。じゃないと、もっとひどい理由で丘を取るぞ?」
「観念しなよ、サイス」
カヤノがこれ見よがしに幻滅したと首を横に振った。
行動方針は決まったと、サクに肩を叩かれてサイスも目指すべき丘の方へ視線を向ける。
「じゃ、いくぞー。森かー、視界悪いから不意打ちとか気を付けないとなー」
カヤノが一番乗りと言わんばかりに先陣を切り、慌ててその後ろをサクが付いて行く。サイスはもう一度、目的地を見定めてから歩き出した。
「それで、モンスターってどんなのだ?」
「一度、出会ってませんっけ?」
「いいや?」
あまりに綺麗に否定するものだから、当てが外れてサイスも困惑した表情を浮かべる。
「眉間に黒檀を埋め込んだ動物、と言えばいいんでしょうか。カヤノさんが思うほど常識離れした形状はしてませんよ」
「黒檀、察するに宝石の類か。しかし、そーなるとモンスター固有の形状っていうのはないんだな」
「また、異世界人のロマンですか? ご期待に添えなくてすみません」
「それな。まったく、現実離れしてる方が命を奪うのに躊躇しない済むんだが」
とほほ、とカヤノが肩を落とす。
その時、奥の茂みががさりと揺れた。
いち早く反応したサクが前に出る。サイスはからだを強張らせるが、カヤノは呑気に様子を眺めている。
「吹き荒れろ、礫。エーヴィ、シース、ビウィ、フユ」
サクが唱えた呪文に反応し、無から現出した腕ほどもある石塊が猛スピードで茂みへと撃ち込まれる。目標に着弾すると同時に甲高い破砕音をたてた。
「おお、魔法!」
カヤノが目を輝かせる。
「そう珍しい物でもないと思うんだけど、カヤノちゃんはどんだけ辺鄙なとこにいたの?」
「気にするな。それにしてもサイスくんから教わった8種類とは全然似てないんだな」
「サイス。まーだ4節魔術が苦手なんだ……」
サイスは照れ隠しに笑顔を浮かべるが、結局は誤魔化しきれずに視線を逸らす。それを見たサクがしょうがないなあと呟いて、興奮して鼻を膨らませているカヤノの方へ向き直った。
「サイスがカヤノちゃんに教えたのは魔術の基礎ね。さっきのは応用」
「応用……。まあ、直に手を汚さずに仕留める方法があるのはありがたい」
「直に、仕留めって……。もうちょっとなんか、こう、あるものなんだけど」
「そんなことより、威力はどーなんだ。派手な音がしたけど」
言うが早いか、カヤノが駆けて茂みの奥へ飛び込む。
目の前に広がるのは、頭部がザクロのように弾けて横たわった鹿らしき胴体だった。地面には血だまりが広がっていて、周囲には他の生き物の気配はない。
「まるで機関銃でも食らったような悲惨っぷりだな」
「ありゃ、モンスターじゃなかったみたいですね。運がいいのか悪いのか……」
遅れてやってきたサイスが惨状を一目見て顔をしかめる。それでもカヤノほどの嫌悪感はない。それはこの惨状が特別ではなく、ありふれた光景であることを示していた。
「う、匂いが……。サイス、埋めて埋めて。こっちは元を何とかするから……。フユ」
サクはそう言いながら、まだ温かい胴体に触れると、1節の基礎魔術を行使。魔術によって鹿の胴体は一瞬で捌かれ、毛皮、骨、内臓、肉、大まかな用途別に分解された。
「おー。人体に効かないだけで、有機物にも有効だったのか。フユ」
カヤノは記憶にある失敗とは異なる結果、サクの鮮やかな手口――、一瞬でグロ画像から美味しそうへ変貌させた手際を素直に称賛した。
「にしても、血の匂い……。カヤノさん、モンスターをここに集めるのって不味いですよね、やっぱ」
「逆に罠とかに利用すればいいんじゃないか?」
「罠?」
「罠。モンスターをおびき寄せるなら、落とし穴でも掘っておけば多少のダメージは与えられるだろう?」
「あー……。事故を装って……。なるほど、思いつきませんでした」
「は? マジか、緊張してるのが知らんが、しっかり頼むぞ。オレはサイスくんのような野生児ではなくシティボーイだから、大自然と付き合うのは本来苦手なんだ」
腰に手を当ててふんぞり返る童女を背景に、サイスは血だまり周辺の地面を黙々と魔法で耕す。
その結果、血が地面に染みてぬかるみ、時折、腐葉土から出るガスと血の匂いが混ざった臭気を放つ地獄が出来た。
「自信作です」
「サクちゃん、日が傾いてきたし暗くなる前にもうちょっと開けた場所に行くぞ」
「何がしたかったかは分かるんだけど、どうしてそーなったんだろうね。サイスもハンプトンの風土に毒されちゃったのかな」
満足そうにしているサイスを無視してカヤノが丘の方を指さした。サクもあれは無いと判断したか、可哀想なものを見るような目を向けている。
「サイスくんもいつまでも泥遊びしてないで行くぞー。時間は有限なんだからな」
「えー。悪いの僕? カヤノさんのアイデアにインスパイアされた結果なのに。いわば合作なのに無かったことにするのは酷くないですかー」
「オレは一言も地獄を作れとは言ってないんだよなぁ」
カヤノが地獄を一瞥し、サイスが言いすがってくるのを一蹴する。背後には近づくことすら躊躇われる沼がごぽごぽと不快な音を立てていた。
「……私がしっかりしなくちゃ」
頼りない幼馴染と世間知らずの童女を尻目に、サクは尻尾をぴんと伸ばし、ひっそりと決意するのだった。




