12.その村は閑散としていて
前回までのあらすじ
大商人が童女に眉毛をむしられた。
遠目から見えた村は多くの建物が密集し、たくさんの人がいるように思わせた。
しかし、夏の盛りだというのに、周囲に広がった畑に実りは少なく、背丈の異なる草木が生え放題になっていて人の息遣いを感じさせない。
「村か」
「様子が変ですね」
食事時だというのに炊煙は建物の数に比べてずっと少ない。村に何らかの異変が起こっていることは火を見るよりも明らかだった。
村の入口まで近づいても異変は増えるだけだった。門番はいないし、村にも人の姿はない。
手がかりはないかと、カヤノがきょろきょろと周囲を見渡す。どの建物も最近までは人が住んでいたようで、どれも目立った傷みはなく、ちょっとして掃除だけですぐにでも住めそうだ。
「すみませーん。どなたかいらっしゃいませんかー?」
サイスが声を張り上げる。
しんと静まり返った村から返ってくる言葉は無い。どうしたものかと、カヤノと顔を見合わせていると、ガサガサと音を立てて、村の奥から老人が姿を現した。
「貴方達は?」
「商人です。品物の買い付けに来たんですけど、なにがあったんでしょう?」
サイスの言葉に老人ががっくりと肩を落とす。
その様子にカヤノとサイスが再び顔を見合わせて首をひねった。どうにもただならぬ状況であることは察知できたが、老人の気落ちする様子に心当たりがないのだ。
二人が困惑していると、老人が取り繕うようにごほんと咳払いをした。そして躊躇するように口をもごもごとさせてから、静かに語りだす。
「モンスターが村の近くに大勢現れまして……。兵士様がいらっしゃったのかと思ったのですが――」
「おお、モンスター! サイスくん、面白そうだから助けてやろうぜ」
老人の悼む様な態度など、知ったことかと、カヤノが軽口でも叩くようにモンスター退治を提案すると、サイスはまたか、と言わんばかりに頭を抱えこんだ。
「面白いだけで出来ることじゃないと思うんですけど」
「平気だって。じーさん、詳しい話を聞かせてくれ。報酬をはずんでくれれば何とかしてやるぜ」
ばんばんと気安く肩を叩くカヤノに耐えかねて、老人が助けを請うようにサイスへまなざしを向ける。
サイスもさすがにカヤノの蛮行が目に余ったのか、ぐいぐいと手を引いて老人から引きはがす。そして不服そうに見上げるカヤノをなだめすかしながら、これ以上機嫌を損ねないような言葉選びに頭を悩ませる。
「はあ、話だけなら……。僕らで手に余りそうなら、というか絶対手に余ると思うんですけど」
老人は気を取り直して、身内で諍い合うカヤノとサイスをみた。フードを被った子供と、頭に布を巻き付けた軽装の男だ。見るからに頼りない。
「お、じーさん。いまがっかりしたな? 見る目のない奴め。領民と金を天秤にかけて、金を取るような連中に比べれば、よっぽど役に立つぞ。何より、失敗したところで何の後腐れもない」
ふふは、と笑うカヤノをみて、老人が瞳を揺らした。
カヤノの外見と異なる熾烈な物言いに、得体のしれない恐怖を感じたようだ。
「あまり真に受けない方がよいかと……。それで、モンスターですよね。建物に被害はないようですが、いったいどういう状態なんでしょう?」
サイスに促されて、老人はぽつりぽつりと、村の状況について話し出す。
老人の話はこうだった。
最初にモンスターが確認されたのは三ヶ月ほど前だった。村から半日ほど歩いた場所にある北の森、そこにモンスターがいるのを狩人が見つけたらしい。この辺りを担当する守備隊に一報を入れたが相手にされることは無かった。
けれど、時が経つにつれ、モンスターの目撃報告が場所、数ともに急増する。一カ月前には、ついに村を包囲するほどのモンスターが押し寄せた。一応、被害は無かったが、村人も身の危険を覚え始めた。
スタンピードを恐れた村人は慌てて避難を始め、今では長旅を耐えれそうにない病人と老人しか、この村には残っていない。
「スタンピードって?」
「モンスターは稀に大移動するんです。けど、その経路に人里なんかがあると、大抵は滅茶苦茶にされて……。その一連をまとめてスタンピード、と。一応、前兆はないとされてますけど……」
多数のモンスターに村を囲まれれば、途方もない何かが起きると勘違いしてもおかしくはない。
サイスは最後まで口にはせず、語尾を曖昧に濁す。
「村の近くまで出張ってきたのが、総数の3割程度って考えると……。おい、じーさん。この村を囲んだモンスターの数は? だいたいでいい」
「100はおらんかったと……」
「なるほど、んじゃ総勢300体ほどのモンスターを狩り尽くすのは現実的じゃないな」
カヤノの予想に老人は声を失う。
「ちなみに、どっからそういう数字が出てくるんでしょうか?」
「異世界の知識だ。もっとも人間相手の数字だし、鵜呑みに出来るわけじゃない。でも、サイスくんだって、村を囲んだモンスターで全部、なんて甘いこと考えていないだろ?」
ふいっと視線を逸らすサイスを見て、カヤノは盛大に息を吐いた。
老人もあの様子では、サイスと同様に、村を囲んだモンスター100体が眼前の脅威と思い込んでいたと考えるのが自然だった。
「よし、とりあえずは北の森とやらに行ってみるか」
「おやめください。変に刺激してスタンピードでも起こしたら……」
「どのみち、夏場に農作業を放棄してる時点で村としては終わってるだろ。巻き返しが効くのはどのくらいだ? じーさん、目に見える終わりしか見えてないようだが、この村を終わらせるのに別にモンスターもスタンピードも必要ないぞ?」
老人が激高して鼻の穴を大きく膨らませる。そんなになっても、カヤノには一言も言い返せない。カヤノのあまりに自信に満ちた物言いには説得力があった。
そんな顔を真っ赤にして唸る老人を見かねて、サイスが思わず口を挟む。
「ええと、心配でしたら村の方に同行してもらうのは? 僕らが無茶な行動に出ないよう、身内の方が見張るのであれば、お爺さんも安心するかと」
「可愛い子、限定な」
ふんぞり返るカヤノに老人が不機嫌そうに鼻を鳴らす。こめかみに指をあてて、うんうんと悩むサイスを尻目に、カヤノの横暴ぶりは留まるところを知らない。
「いまから出発する。食料なんかはそっち持ちで。サイスくんはじーさんと細かい部分を決めておいてくれ。オレは同行する子を見繕ってくる」
「え、そういうのって地元の狩人とかそういうのに頼むのが普通じゃ……」
サイスのか細い反論など当然聞こえるわけもなく、カヤノはずんずんと村の奥へと一人進んでいった。
カヤノが人の気配を求めて村をうろうろしていると、黒髪を背中に垂らした女の子の後姿を発見した。大岩に腰かけたまま、物思いにふけっているようだった。
「美人さんはっけーん。おーひーまー?」
高笑いをしながら、カヤノが黒髪少女に突撃する。そして、何事かと振り返った少女の姿を見て、カヤノは次の言葉を紡げないほどの衝撃を受けて固まった。
「あら、女の子? こんなところに一人? お母さんとはぐれたの?」
呆けるカヤノに黒髪少女が優しく声をかける。しかし、カヤノはある一点を見つめたまま、固まっていた。黒髪少女もその視線に気づいたのか、己の頭に手をやって、照れくさそうに笑う。
「これ? 私は狼の星憑きだから。作りものじゃないよ?」
「けも」
聞こえない、と黒髪少女が首をかしげる。
「ケモミミっこだ、これー!?」
カヤノがあらん限りの声で叫んだ。
黒髪少女は頭にツンととんがった三角形の獣耳を乗せていた。年頃はサイスと同じくらいで十分に若い。背丈もサイスと同じくらいあり、からだの発育も十分に恵まれていた。
「オレは茅野誠司。君は?」
「あら、お貴族様なのかしら?」
「その流れはもうやった。カヤノでいーよ。それより名前」
「私はサク。ひょっとしてカヤノちゃんはお父さんしかいなかったりする? そんなふうな言葉遣いだし」
「うん? まあ、そんな感じ。サクちゃんだな」
「そう。私と同じだね。もっとも、私のお父さんは生きているのか死んでいるのか……」
サクががっくりと肩を落とす。ついでに獣耳もへなりとしおれる。
カヤノが訝し気に眉をひそめると、サクは慌てて表情を取り繕って笑顔を浮かべた。
「そんなわけで、この村は危険だから、お父さんに早くここを出るように伝えてあげて」
「ふむ」
「もし迷ったなら、お姉ちゃんが一緒にお父さんを探してあげるからさ」
サクが大岩から飛び降り、カヤノに向けて手を差し出す。しかし、カヤノは一向にその手を取らず、熱心にある一点を見つめていた。
「どうしたの?」
「しっぽ」
「ああ、星憑きだからね。そりゃ尻尾だって生えてる――ひゃん!」
ぴこりと揺れる尾てい骨から垂れた毛づやのいい尻尾をカヤノががっと掴む。
突然の行動に驚いたサクが嬌声をあげ、反射的にカヤノを突き飛ばした。
「あ、ごめん。驚いて……。大丈夫?」
「うーむ」
突き飛ばされたとはいえ、わずかによろめく程度だった。カヤノは特に気にもせず、サクを上から下へと嘗め回すようにじっくりと観察する。
サクは童女が宿すには邪まなソレに気圧され、気恥ずかしそうに身じろぐ。
「よーし、合格!」
「なにがっ!?」
サクが悲鳴をあげた。
「気にするな。それよりも北の森に続く村の出口に案内してくれ」
「北の……? そっちはあぶないよ?」
サクは乗り気ではない。
でも、そんなのはお構いなし、と言わんばかりにカヤノが彼女の手を取って歩き始める。サクの抗議の声もカヤノは無視するし、持ち前の人の良さから、道を訊ねられれば、つい答えてしまう。気づけばサクは北の森側の出口に立っていた。
「モンスターが村の近くまで来るの。危ないから、ね?」
「だから、そいつを何とかするのがオレの仕事だといっておろーが。サクちゃんは大船に乗ったつもりで安心するがいい」
相変わらず、カヤノは聞く耳を持たない。ふふは、と笑って自信に満ち溢れている。目的地についてもカヤノは手を放すつもりもないようで、サクはすっかり困り果ててぺたんと獣耳をたおす。
「はー。カヤノちゃんのお父さんはどこかしら? きちんと叱ってもらわないと」
サクが泣き言をこぼしていると、村の方から人影が近づいてきた。
こちらの姿を捉えると、小さく手をあげて反応している。
「サイスくん、おっそーい」
「ええ……。待ち合わせ場所すら聞いてなかった僕に、その第一声は酷くないですか」
サイスがげんなりした様子で声のトーンを落とした。
対するカヤノはドヤ顔でサクから手を放すと、彼女の腰に抱き着いた。子供の振る舞いを邪険には出来ず、サクは困惑顔を浮かべるだけだ。
「オレはちゃんと村の協力者を見つけてきたというのに、たるんどーる」
「うっわ。なんかすみません……」
「あー、いえ。気にしては……」
ぺこぺこと頭を下げるサイスも、まあまあとなだめるサクも、互いの顔を確認してピタリと動きを止めた。
んー、とカヤノが二人の顔を行き来する。
「サクだ……」
「サイス?」
んー、とカヤノが面白くないといった様子で頬を膨らませた。




