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11.常識が違う

前回までのあらすじ

医者を犯罪者に仕立て上げ、針のむしろなカヤノに、変わった商人が会いに来た。

「若様、恐れながらその判断は早計かと存じます」


 いち早く、我に返ったのがリオノーラだった。ジェリオンの秘書として長くの付き合いがあり、彼の突飛な発言にもそこそこの耐性があったのだろう。

 浮かれた様子の主人に対して、諫言を用いて場の温度を落ち着かせる。


「何故だ、リオノーラ。銭の匂いがするだろう。カヤノの発想は世界を変えるぞ?」


「そうだぞ、冒険者ギルドの実現はオレの異世界ライフの充実に繋がる」


「異世界ライフ」


「若旦那はそうやって、なんでもキャッチするし。守備範囲が広すぎる」


 一時は沈静化したのだが、カヤノが能天気に口を開けばすぐに混沌に陥る。リオノーラは頭痛でもするように額に手を当てて小さく頭をゆする。


「若様。作る作るとは仰いますが、具体的なものが見えません。一部始終、話は聞かせて頂きましたが、若様が何に熱を上げているかも見当がつきません」


「難しい話ではないのだがなあ」


 ジェリオンは呆れ顔で嘆息すると、ちらりとカヤノに視線をやる。カヤノはきょとんとした表情でリオノーラの方を見つめており、こちらも事態をしっかり把握してないようだった。


「よいか。カヤノの発想の凄い点はだな、労働力に遊びがなくなるというところだ」


 カヤノが、あれっといった表情でジェリオンを見返す。


「適切な場所に適切な労働力をあてがう。コレが最も無駄がない。カヤノが言ったようなモンスター討伐は本来、兵士がやるものだ。つまり、普段は兵を養っておく必要がある。競ってモンスターを狩るならば、これに充てる兵はいらん」


「まて」


「それに在野に広く人材を求めることが出来るようなシステムだ。人材の育成に悩まされることもない。勝手に育ってきた連中を厚く遇すればいい」


「まてまて」


「おまけにランク制度。果ては国一番の英雄も夢ではない。その名声は天下に轟くであろう。人民は阿呆だ。間口は広くとり、誰もに可能性があるとなれば、それだけで人足の補充は容易よな」


「まてまてまて」


「ふむ、思いついた。発注者とギルドの間に上手く潜り込めば、情報を右から左へ流すだけで――」


「だっしゃぁぁぁぁあああああああ。おらぁぁぁぁあああああああんんん!」


 ますます軽快になるジェリオンの口上に、カヤノが激しく吠えて中断させる。ついでに眉毛を引っこ抜いて完全停止に追い込んだ。


「エチゴヤ、オレはそんな風に現代の奴隷船のような鬼状況を再現したくて冒険者ギルドを語った覚えはないぞ。どんだけ曲解して見せるつもりだ」


 あまりの痛みに蹲って唸るジェリオンを足蹴にしながらカヤノが吠える。護衛の男も、リオノーラも唐突なカヤノの残虐な振る舞いに呆気に取られて声が出ない。


「ぐぉぉぉぉおおおお。しかし、この世界で冒険者ギルドを発足するならば、誰でもそういう風に受け取ると考えたまでだ。手前は悪くない」


 ジェリオンが憤然とした様子で言い切ると、その言葉にショックを受けたカヤノが愕然とした様子のまま、サイスに確認の意味を込めて視線を向けた。

 返答はぶんぶんと首を横に振るサイスの姿だった。

 しかし、そこに秘められた思いは否定ではなく巻き込むなという断固とした拒絶だ。サイス自身、宇宙人のような二人の対話に理解が及ばず、まったく口をはさめないのだ。


「ふーむ。しかし、何が気に食わんのだ。冒険者ギルド、つまり胴元をやるのであれば銭の問題に突き当たる。手前はカヤノの画期的なアイデアで成功が約束されておると太鼓判を押しただけなのに」


「なんだろうな。この地獄までの道は善意で舗装されているを地で行く、この男の言動は」


 まったく悪びれないジェリオンに、げんなりした様子でカヤノが悪態をついていた。その目は暗く濁っていて、サイスからも違和感を覚えるほどだ。


「……なんか冒険者ギルドを利用する皆さんが不幸になるような言い回しですね。カヤノさん」


「なんだ。サイス、まだそんなところで引っ掛かっているのか。冒険者ギルドに関わった輩の4割、いや5割、それ以上が地獄を見るぞ」


「は? 5割以上? ギルドですよね?」


「一般のそれとは異なるからの。間口を広くとれるという利点を活かすために徒弟制度が無い。そのせいで、初心者が大体死ぬ。失敗する。誰もノウハウを教えようとはせんからな」


「おう。しかも成功例だけはしっかり宣伝するつもりだ、この悪党は」


「されど、手前は運と実力さえあれば簡単に成り上がれる、この形を崩したつもりはないぞ。むしろ軸にしておる。推奨し、冒険者とやらの心意気の見本にしておる。カヤノ、なにが不満だ?」


 心底不思議と唸るジェリオンが、カヤノにさっきとは逆の眉毛をむしられた。

 うぉん、と嘆くジェリオンを尻目に、サイスはようやく話が理解でき始めたところだった。それはリオノーラも同じで、主人の惨事には目もくれず、自分の世界に閉じこもっている。


「揚げ足取られてる気分だ。心底腹が立つ。サイスくんも友達選んだ方がいいぞ」


「何を言う。手前と分かりあえる時点で同類ではないか。同じ穴の狢よ。手前としてはこんな風に擦れた思考を、こんな幼子が解するという方が気になるが」


「おさな……? ああ、そうか。そういう設定だった」


「設定」


「まったく、隙あらば懐に潜り込もうとするし、面倒くさい奴だな。お前は」


 値踏みするように、じいと見つめてくるので、カヤノはうんざりしたように吐き捨てて、ぐいっとフードを引っ張って目深にかぶる。カヤノの完全拒絶の体勢にジェリオンは残念そうに息を吐いた。


「すっかり機嫌を損ねてしまったな。では、残りの話はサイスにしておこう」


「僕ですか?」


「ああ、そうだ。先に報酬の話だが……。カヤノは灰の集落の子であるよな?」


 鋭く細められた目で射貫かれ、サイスは誤魔化しも取り繕いも忘れてこくんと頷く。


「ならば、フリーのマギカポケットを一つ進呈しよう。100万マギカほど入れておく。リオノーラ、手続きを頼む。通行証の類はサイスのものに合わせておけばよかろう」


「マギカポケット?」


「ああ、カヤノさんには説明してなかったですね。これです」


 そういってサイスがカヤノに見せたのは門番や宿の受付に見せていた例の金属プレートだった。よく見れば表面に幾何学的な線が何本も走っており、機械的で緻密な様は牧歌的なファンタジー世界には酷く似付かわしくない。


「例のクレカ擬きか。そうするとマギカは通貨の単位だな。マギカ――、きんのイメージの欠片もない。ひょっとしてこの世界は金地金本位制度を敷いてないのか?」


「金?」


「あ、やっぱいい。面倒くさいのいるし、機会があればまた話すことにしよう」


 カヤノが自分を見るギラギラした視線にうんざりするようにため息をつく。ただ、サイスの持つマギカポケットは気になるようで、視線はずっとそれを捉えたままだ。


「……若様、それでは手続きをして参りますので、少し席を外します。ただ、冒険者ギルドの件はこれ以上、ことを進めぬようお願いします。私もそこそこ危険視しておりますので」


「あい、わかった。特別に何か決めるようなことはしない」


「……くれぐれもよろしくお願いしますね。グレイ」


 リオノーラはジェリオンの目を真っすぐに受け止め、小さく頷くと、ずっと沈黙を守り続ける護衛の男に一声かけてこの場から離れた。


「むむむ。手前は雇い主なんだが……」


 その対応にジェリオンが憤慨して地団駄を踏むのだが、誰も彼に優しい言葉をかけない。カヤノなんかは、むしろ当然だとバカにしている。


「ええい、話を戻すぞ。つまりサイスよ、頼みごとの話だ。カヤノと共に冒険者とやらの真似事をやってほしい。やり方は任せる。しかし、なるべく噂になるような派手か、聞こえのいいものがよい」


「こいつ、秘書っ子の話を何一つ聞いてなかったぞ。冒険者関連の話はやめろって言われてただろうに」


「や、まあ。そういうのも考慮済みなんじゃないですかね。いなくても平気な内容って感じで、若旦那の中では線を引いてるし、リオノーラさんもそういうバランス感覚を信頼してるというか」


「手前、結構太っ腹な額を報酬に用意したんだが……。扱いが思った以上に酷い。しくしく」


「ガキの話を真に受けてる風に見せて油断誘ってるんじゃねーよ。サイスくんもちゃんとエチゴヤの意図を明らかにしておけ。気づけば手が血に染まってる可能性だってあるぞ」


 カヤノの脅しを真に受けて、サイスが口を真一文字にキュッと結んで表情を引き締めた。ジェリオンが何か言いたげに眉間に皺を寄せているが、結局は特に何も指摘しなかった。


「若旦那が他人を罠にハメるほど切羽詰まってるとは思いませんけど、割と突拍子もない依頼ですよね。しかも若旦那が得る利益なんて0でしょう?」


「なに、撒き餌のようなものだ。手前もそうだが、この世界の人間は冒険者を知らん。ここにいる者はカヤノの話を聞いて便利そうだとくらいは考えたかもしれんがそこまでだ。民はそれ以上に知らん」


「撒き餌」


「旨味を知らねばならん。中毒性を覚えて貰わねばならん。出来れば生活するのに必須だと誤解してもらいたい。そのために一度、民に食わさねばならん。冒険者の旨味を」


「試供品みたいなもんか。それかガチャゲーのチュートリアル」


「ガチャゲー」


「ああ、もう。ちょっと油断したら面倒くさいオッサンだな」


「手前、まだ三十路前なのだが……」


「うるせー。加齢臭っぽいのがにじみ出てるからオッサンだ」


 ジェリオンは目の前のカヤノではなく、彼女を通して別の誰かを感じて泣いていた。言葉もそうだが、年端も行かない娘に邪険にされるのが非常に堪えるようだった。


「うーん。いまいち要領を得ないのですが、カヤノさんはやることだいたい分かってそう?」


「それがこの世界にマッチするかどうかはやってみなくちゃ分からんがな。オレの知ってる世界と比べて色々違い過ぎる」


「ああ、そういう感じの不安はついて回りますよね」


「あとはエチゴヤの依頼通り、派手に噂が飛び交うようなでかい仕事をやってやればいい」


「ほうほう。なるほど、若旦那。その依頼お受けいたします。別に期限とかを設けたりはしないんですよね?」


「せんよ。ただ、面白い話が手前の耳に届けば、相応に報酬を出す。クエストをこなして報酬を貰うのが冒険者であろう。手前もその流儀に倣う」


「初クエストだな、楽しみだ」


 珂珂と声を上げて笑うジェリオンに、カヤノは付き合うように口をほころばせた。




 少し時間を挟んで、リオノーラが手続きを済ませてジェリオンの元に戻ってきた。

 リオノーラがこの場を離れたときとは違い、サイスとジェリオンがいつものような掘り出し物の情報を共有し合っていた。


「若様、さきほど頼まれていた品です」


「うん、ご苦労。これはカヤノに渡せばよいか?」


 それまで、暇そうに虚空を見つめていたカヤノが、名前を呼ばれてジェリオンの方へ振り向いた。

 ちょいちょいと手招きされ、マギカポケットを手渡されると、カヤノは困惑したようにマギカポケットとジェリオンを交互に見る。


「渡されたはいいが、使い方を知らんのだが?」


「えーっとですね。まずは本人登録からですね。魔力を込めてください」


 サイスがフォローすると、周囲が疑惑のまなざしをカヤノに向けた。不穏な空気を感じて、カヤノは僅かに首をかしげたが、さらに催促するサイスに押し負けて言われた通り魔力を込める。


 途端、マギカポケットが発光し始めてプレート表面に文字が浮かび上がった。疑惑のまなざしもまた、驚きと納得、半々のものに変わった。


「おお、クレカかとおもったらスマホだった」


「あとはさせたいことを思い浮かべれば、だいたいのことは感覚でやってくれるはずですよ」


 言われて、カヤノがマギカポケットの表面に様々な模様を呼び出す。


「時計みたいなのは出るが、方角は無理なのか。そーなるとナビも無理そう――」


「さーて、カヤノさん。そろそろ村を出ますか!」


 サイスが不自然に声をあげる。既にギラギラとした視線を向けるジェリオンからかばうように間に入ると、マギカポケットに熱を上げるカヤノの腕を取った。


「さ、次の村に行きましょう」


「え、別に急ぐ旅でもないだろう?」


 困り顔のカヤノに、サイスがちらりと視線を誘導させる。カヤノがそれに気づいて、慌てて立ち上がった。


「いきましょう!」


「おー、そーだなー」


「まて」


 ジェリオンが伸ばした手をサイスは軽やかにかわす。カヤノが舌打ちして、視線を背後にいるリオノーラへと飛ばす。


「さきほど、カヤノが口走ったことが気になる。つまり、飯のタネの匂いだ。む、ええい。放せ、リオノーラ。主人に対してその態度はなんだ?」


「若様を、あの少女とこれ以上一緒にいさせるのは世界が危険と判断しました。サイス様、とっととお逃げくださいませ」


 その隙にカヤノとサイスは逃げ出した。

 背後でジェリオンの抵抗する声が聞こえるが、それもすぐに消える。


「スポンサー相手にああいう態度をとって大丈夫なのか?」


「いつも酔い潰して逃げているので」


「いつも通りか」


 ふふは、とカヤノが笑う。


「それで、次はどこに向かうんだ?」


「南に。そこそこ大きな村があったはずです」


 村の入口を駆け抜ける。

 しょぼくれ顔のギルバートがぎょっとして間抜けな声を上げた。


 まだ日の高い、夏のある日の出来事だった。







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