10.ちょっとした着想がチート
前回までのあらすじ
呪いのせいで舌と歯茎フェチになったわけではないと思う。
「なんか居心地わるいな」
カヤノは木皿に盛り付けられたサラダを箸でいじりながら腹立たし気にぼやいた。ダスティンという医者をハメてから丸一日、カヤノの村での評判は地に落ちていた。
「言い方はアレですけど、村で一人の医者と旅人。どちらが村にとって重要かって話ですよ。ギルバートさんのおかげで相手が悪いって事になりましたけど、逆に僕らが捕まる可能性だってありましたからね」
「最悪だな、村社会」
「そういうことを言いたかったわけじゃないんですけど……」
サイスの言葉には耳も貸さず、カヤノはこれで話は終わりだと言わんばかりにそっぽを向く。ブスッとした横顔は見るからに不機嫌で、不況を買うのも悪手だとサイスは話題を変えることにした。
「そういえば、今日あたり面白い人に会える予定なんです。カヤノさんのことも紹介しますね。僕と違って賢い人なのでいい刺激になると思いますよ」
「そんなのいーよ。とっとと海見に行こうぜ。シーズン終わっちまうよ」
「まあまあ。仕事の都合で村を出るわけにもいかないんです。少しくらいは我慢しましょうよ」
「そうは言うが、これのおかげで風呂もおちおち入れないんだぞ。せっかくの女湯だっていうのに誰もいない時を狙わないとダメとか、ちくしょう。ちくしょう」
カヤノがフードごと頭を抱えて項垂れる。
カヤノは束縛と略奪を焚きつける艶髪という呪いのせいで、迂闊に他人に髪を見せることが出来ない。普段はフードを被ってやり過ごしているが、入浴ともなるとそれも難しい。色々と工夫が必要だった。カヤノが文句を付けているのはその工夫の仕方だ。
「村中がピリピリしてるんですから、もうすこし自重しましょ? 大人ですよねぇ?」
「馬鹿野郎。いくつになろうが辛いものは辛いし、悲しいことは悲しい。それを表に出さないだけだ。ちなみにサイスくんには特別に愚痴ってやってる。普段はもっと大人するぞ?」
「そんな配慮いらない……」
サイスがげんなりして視線を逸らす。ちょうど建物に誰か入ってくるところだった。しかもその人影はサイスに見覚えのあるものだった。
人影はサイスの姿を確認すると、まっすぐこちらへ向かってくる。サイスもただ座っている訳にもいかず、席を立ってそれを迎える。
「やーやー、サイス。飯のタネは探してるかい? 店から連絡を受けて予定変更して会いに来たぞー」
「お久しぶりです、若旦那。お忙しいのにわざわざありがとうございます」
気さくに声をかけてきた恰幅の良い男にサイスがぺこぺこと頭を下げた。男の後ろにはがっしりした体つきの男が控えている。
「おい、サイスくん。誰だコイツ。胡散臭い」
「ははは。サイスが一人じゃないとは珍しい。可愛らしいお嬢さん、手前はジェリオンだ。仲間内には若旦那などと呼ばれている。好きに呼ぶといい」
「じゃーエチゴヤって呼ぶ」
「エチゴヤ」
「それでサイスくんに何の用だ? わざわざ出向くような立場じゃなかろーに」
突飛な愛称に目を丸くしていたジェリオンだが、その質問に改めて体ごと向き直り、カヤノのことをじいと見下ろした。
「……まるで立場が逆よの。さておき、サイスにはそこそこの才能があるのだ。いい目を持っておる。世界に隠された秘密を暴く目だ。もっとも、それが商いに役立つかどうかは手前の手腕になるが」
カヤノは思い当たることがあるように納得顔になる。麻疹だとなんだと、馬鹿にしていたが束縛と略奪を焚きつける艶髪とその呪いを明らかにしたのはサイスがいたからこそだ。
「それ故、手前はわっぱのことも評価している。あのサイスが連れるような子供だ。まともなはずがない、とな。どうだ、わっぱはまともか?」
ジェリオンが試すようにカヤノの顔を覗き込んだ。カヤノが気圧されてからだを仰け反る。僅かにひらいた距離を詰めるようにジェリオンがじりと足を摺り寄せる。
プレッシャーでごくりと喉を鳴らすカヤノを救ったのは間に割って入ったサイスだった。
「そのくらいで勘弁してくださいよ、若旦那」
「ふむ、そうか。そうくるならば、サイス。飯のタネを話せ。別になくても構わん。なにせ、渾名を貰ったからな。エチゴヤとは聞かぬ言葉だ」
「はあ。ほんと、何投げてもキャッチしちゃう人だなー、若旦那」
サイスがやれやれと肩をすくめる。
「さて、若旦那に聞かせる話となると……。そういえば灰の集落に行ってました」
「灰か」
それを聞いたジェリオンが顔をしかめる。周囲の人間もあまりいい顔はしない。ただ一人、カヤノをのぞき、だ。
「なあ、サイスくん。麻疹を再発したのか? それとも何かの固有名称か、灰?」
カヤノが眉をひそめたまま、ちょいちょいとサイスの服を引っ張る。
「麻疹って……。灰は魔術の素養がまったく無い人のことです。つまるところは差別用語ですよ。由来は知りませんけど」
「我々は生活を送る上で魔術に頼らないことがない。衣服ですら、だ。魔術なしとなると、生活様式が違い過ぎてな。言葉が通じるだけの獣と変わらん」
カヤノは下腹部を手で押さえ、納得顔で頷いた。サイスからもらった下着類はゴムやワイヤー部分を魔術で代用しており、魔術が使えなければそれらを利用できない。
つまり、パンツがはけないということであり、ひどく文化的ではない。
「灰、灰ね。確かに共同生活するのは厳しそうだ」
ふむふむと頷くカヤノを何か言いたそうにサイスが見つめる。だが、結局何も言わずに、サイスはジェリオンの方へ向き直った。
「若旦那の言う通り、生活様式は随分違いますからね。色んな事を教えてもらえましたよ。縄のきつい縛り方とか家畜の捌き方とか」
「ふむ」
「それから鍛冶。これは僕らの扱うそれとはまったく別ものでした。鉄があんな風に自由に形を変えるなんて知りませんでした」
「ほう」
「いや、普通じゃね? うちのシマじゃ何万回も折り返して鉄をぶった切る変態すらいたぞ?」
「ほう!」
「若旦那……」
びびっときたのか、ジェニオンが再びカヤノをロックする。カヤノは予期してなかったのか鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっている。
「しかし、サイスの話から察するに、お嬢さんは灰の子じゃろ? もっと面白い話が聞けそうではないか」
「うーん、カヤノさんは違うというか……。あ、やっぱなし。ノーコメント。若旦那には話さない」
「別に構わんぞ。本人に聞くからな。ほれ、カヤノ。自由になる金はいらんか? それとも甘い菓子や綺麗な服がいいか?」
「ほう」
好々爺とした笑みを浮かべるジェリオンにカヤノが興味深そうに食いつく。サイスが止めようにも、本人から相手の懐に飛び込んでいる始末だ。思わず顔を手で覆い、せめて酷くならないようにと祈る。
「まあ、くれるっていうなら貰う。それよりもちーとばかし聞きたいことがあるんだ。アンタはサイスくんよりずっと商売に詳しいだろ。だからつまり、商売の話だ」
「ほう、商売」
「エチゴヤ、アンタは冒険者ギルドを知っているか?」
「ギルド。察するに冒険者は職人もしくはそれに近い言葉。手前には聞いたことのないギルドよな。リオノーラ、聞き覚えは?」
ジェリオンが背後に控えていた女に声をかける。リオノーラと呼ばれた女は目を伏せたまま静かに首を横に振った。
「そっかー。知らんか。じゃーこの世界には無いんだな」
ジェリオンのやり取りを観察していたカヤノが詰まらなさそうに吐き捨てる。主人を馬鹿にされたとむっとするリオノーラをジェリオンは手で制し、とても興味深そうにカヤノをみつめた。
「カヤノよ。ここはひとつ、手前に冒険者ギルドとやらを詳しく話してみんか。手前はサイスの知人であるから貴様、カヤノを買っておる。期待しておる。手前を商人と見込んで訊ねてきた直感を評価しておる。きっと面白いことになるぞ、と興奮しておる」
「ガキの戯言に随分な評価だな。まー悪い気はしないし、話してやるよ。いーか、冒険者ギルドっていうのはモンスター退治や薬草を集めてくるクエストを発行する場所だ」
「ほう」
「それだけじゃないぞ。冒険者、ギルドに所属する連中を実績に合わせてランク付けをする。それが社会にも通用して、民衆共の憧れにもなる。さらにランクが高いだけで国力バランスにも影響を与える」
「ふむ」
「そういうのがあれば、オレも分かりやすく上を目指すんだがなー」
「なるほど」
無いんだよな。と静かにぼやくカヤノをジェリオンが真剣に見つめていた。
サイスもリオノーラ、それに護衛の大男もカヤノの話を絵空事だと端から相手にしていない。カヤノの話が続くにつれ、理解できない、想像がつかないと真面目に聞くのを諦めている。
「なあ、カヤノ。その冒険者ギルドというのは誰でも参加できるものか?」
「ん、ああ。もちろんだ。出自も経歴も関係ない、ただクエストをこなせる運と実力が備わっていれば冒険者になれる。そうじゃなきゃ、民衆が簡単に憧れたりするものかよ」
「ではクエストというのは誰が用意するのだ? 聞くに、仕事をさせるのだろう。報酬が必要だ」
「クエストはクエストだろ。困ってる奴か、力のない奴が金を用意して依頼するんだ。依頼者には制限ない。偉いヤツ、国王とかが依頼したりするクエストだって当然ある」
「面白い。さしずめ。冒険者ギルドとはその依頼者と冒険者を引き合わせる役割といったところか」
「おー、分かってきたじゃないか。さすがエチゴヤ。呑み込みが早い。当然、ランク付けは冒険者ギルドがやるし、国が相手でも対等に振舞うぞ。独立機関だ」
カヤノがフハハハと高笑いする。周囲は何故カヤノが機嫌良く笑っているのか、ジェリオンとの会話をずっと聞いていたにもかかわらず、理解できないでいた。ただ、ジェリオンが何か企んでる風にニヤリと口元を緩ませている。
「独立。御上の干渉も退ける実力。面白い、それを裏付けるのが草の根活動か。荒唐無稽ながら筋は通っておる。頭ごなしに否定できんな」
ジェリオンはぶつぶつと声を漏らしながら時折、こらえ切れないと頬を緩める。噴き出す疑念を丁寧に処理しているのだ。
「決めたぞ、サイス。カヤノのいう冒険者ギルド、これを手前が作ろう。商いの時間だ」
筋道が整ったのか、唐突に叫んだジェリオンに周囲はアッと驚いた。




