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09.一夜明けて。検証

前回までのあらすじ

カヤノさん情報その1、ヤンデレにちょっとしたトラウマを抱えている。

カヤノさん情報その2、褒められ慣れていない。ちょろい。

 翌日、サイスが雑多な作業を終えて宿のある『院』に戻ると、1階にある食堂スペースで談笑する少女、それに成人男性二人の姿を見つけた。


 サイスが見つけるのとほぼ同時だったのか、視線があう形で少女が気づいて大きく手を振った。


「おう、サイスくん。メシは先に食ったぞ」


「食べたって……、お金は?」


「支払ったぞ、これが」


 これと言いながら指さしたのはカヤノの向かいに掛けた男性だ。この村で施療院を任されている医者で、名をダスティンという。

 気まずそうにサイスが視線を向けると、これをダスティンは朗らかに笑いながら鷹揚に迎える。


「構わないよ。私も偶には若い子とも話したいからね。ご老人の相手も嫌いな訳じゃないが」


 カヤノも調子に乗って、相手にしてやってたなどとうそぶき、サイスの頭をさらに悩ませる。そんな風にサイスが渋い表情を浮かべていると、とんとんと背中を打ち付けられた。


「良いではありませんか。昨晩の一件で恐ろしい目にあったでしょうに。あんな風に顔を隠して。それでも気丈に振舞っておるのです。兄として支えてやってください」


 帯剣し、武装した男がサイスの耳元でささやく。ギルバートといって、この村で警備を買って出ている若者で、昨夜の門番の暴走を気にして、今朝からカヤノの護衛役として張り付いてる。


 サイスはギルバートに生返事を返しながら、ちらりとカヤノを見た。


 椅子に浅く腰掛け、精一杯背もたれにからだを預けた状態で、向かいに座るダスティンに軽口を叩いている。態度が悪く、好印象を抱かれる要素は皆無だった。


 ただ、昨日とは違い、薄いクリーム色のフードで頭をすっぽりと覆って、顔半分がすっかり隠れてしまっている。これは屋内では異様な出で立ちだが、門番に襲われたという事件が周囲にそれを受け入れるだけの説得力を与えていた。それだけに留まらず、村では勝手に想像した挙句、可哀想なカヤノをチヤホヤしようという流れになっている。


「なあ、サイスくん。この村の連中も気のいい奴ばっかだぞ。なんか知らんが甘いもんくれたりするし。物も色々貰ったしな」


 カヤノが上機嫌にからからと笑う。卓上に目を向ければ、アメや焼き菓子の他に、アクセサリーやお守りなど、様々なものが置いてある。


 サイスは言葉に詰まって、助けを求めるように視線を他の二人に向ける。しかし、二人とも咎める素振りもなく、カヤノの行為を許容していた。二人はカヤノにすっかり騙されている。


「で、だ。ちょっとこいこい」


「はあ……」


 サイスが戸惑っていると、カヤノが手招きして呼び寄せる。疑いもせず迂闊に近寄ったところで、カヤノがサイスの胸元をつかんで、ぐいと引き寄せた。


「こいつらは『魅了』されてないか? 他の連中も大丈夫だろうな? きちんと会話してコミュニケーションを取った後だ。オレの呪いは発動しているか?」


 カヤノがサイスの耳元でささやく。さっきまでけらけら笑っていたとはとても思えない冷徹で低い声だ。ぎょっとしてカヤノの顔を見返す。フードで目元が隠れているせいで、酷く神秘的な印象を受けた。


「……ええっと、ないですね。念のためぐるっと見回ってきましたけど、そういう人はいなかったです」


 さらに漏れは無かったかとサイスが記憶の中を探っていると、視線を感じてそちらに目を向ける。ダスティンが目を細めて、何か目踏みするようにこちらを観察していた。


 サイスが気まずげに視線を逸らすのと、カヤノがサイスの胸板をどんと叩くのはほぼ同時だった。虚を突かれてサイスが硬直している間に、カヤノが口を開く。


「なーに、気になる女でも探してこいと、命令していたんだ。この通り、オレにべったりで煩わしいったらありゃしない。シスコンを卒業してちょっとは他にも目を向けてほしいもんだ」


「しすこん」


 ダスティンは小首をかしげてあごに手を添える。聞きなれない言葉だったらしく、少し興味を抱いたようだった。


「サイスくんが外の様子を探ってる風に見えたからアレが怪しんでるじゃねえか。もうちょっと小声で話せ」


 カヤノがサイスの肩に手を回す。ダスティンとギルバートに背を向けるように方向転換すると、頭が密着するような勢いで距離を縮めて声量を極小にする。

 そうしてちらりと二人の方を見やって、不機嫌そうに回した腕に力を込める。


「しかし、そうなると呪い自体が偶々で、昨日のが真性のロリコンだった可能性も捨てきれないな。それにやってみて気付いたが、フードをずっと被ってるというのは結構ストレスだ。安全なら脱ぎたい」


「それはまずいですよ、呪いテロが起きます」


 サイスが慌ててこれを突っぱねる。カヤノもこれは想定通りなのか、一度舌打ちしただけで流す。


「わかった。なら試そう」


「試す」


「二人の内、どちらかの前でフードを取ろう。これで呪いの有無とフードの効果の有無を実証できる。ちなみにオレはさわやかイケメンがむかつくのでアレを生贄――、違った。アレで確認したい」


 カヤノが視線を向けるのは、少し困惑した様子でこちらを見ているダスティンの方だった。確かにギルバートは彼に比べれば垢抜けておらず、もっさりしてる。


「何か問題だろうか。私が邪魔であればお暇するが?」


 サイスがダスティンに視線を向けていたからだろうか、彼が空気を読んでが腰を浮かす。それを見て、カヤノが舌打ちをして、サイスにごつりと頭をぶつける。


「あー、待て。昨日のことで少し話をしていたんだ。難しい問題だから相談に乗ってもらえないか?」


「私に?」


「アンタ、センセイなんだろ? サイスくんじゃ、ちょっと頼りないか、足りないんだ」


 ダスティンが改めて座りなおし、癖なのかあごに手を添えてカヤノをじいと観察する。

 カヤノは視線から逃れるようにフードを引っ張って顔を隠す。それは後ろめたさからの本能的な行動で、どうやらダスティンを実験台にすることに抵抗がないわけでもないようだ。


「やはり、リンジャーの奴。こんな子供に」


 横で話を聞いていたギルバートが何故か激昂していた。何も知らず、傍から見れば、異性の視線に怯えるように見えるカヤノの姿に何かを想像したらしかった。


「いいでしょう。ここではダメだろうね。私の仕事場でいいだろうか? カヤノ嬢の部屋に知らぬ男が足を踏み入れるのは、余計な負担をかけそうだ」


 カヤノが机の下で拳をぐっと握る。サイスは良心の呵責から謝りそうになるのを必死で堪え、勝手に盛り上がる二人を気の毒そうにただ眺める。


「さあ、こちらに」


 ダスティンが立ち上がり、建物内の一角にある部屋の入口へとカヤノ達を誘導する。


「ギルバートは席を外してくれ」


「了解です。先生、どうか少女の心を救ってください」


 建物の1階にある一部屋の前で、戸に手をかけながらダスティンが命じる。ギルバートは深く頷いて、フードに手をかけたまま俯く少女を心配そうに見やる。


 サイスはフードからこぼれるカヤノの邪悪な笑みを視界に納め、ひどく憂鬱な気分のまま、ダスティンとカヤノに続いて戸口を跨ぐ。入り口で頭を下げた状態で微動だにしないギルバートの姿も痛ましい。


「私の仕事場だが、ここなら誰かに話を聞かれることも、見られることもないだろう」


 ギルバートと別れてから、もう一度戸口を抜けた先の部屋だった。寝台と大きめの机が部屋の大部分を占有しており、実際よりも狭く感じられるレイアウトだ。


「誰も来ないのか?」


「助手がいるが、今日は帰してある。よほどのことがない限りは誰も来ない。着たとしてもギルバートが通さないだろう」


「ギルバ?」


「カヤノさんの護衛するって朝から付いて回ってくれてる人ですよ」


 サイスが呆れ顔でフォローすると、カヤノは曖昧な返事をしながら首をひねった。


「まあ、どうでもいいか。さて、センセイとやら。ちょっくら相談に乗ってくれ」


 そう言ってカヤノがフードを脱ぐ。その拍子に束ねていた髪がほつれてパッと広がった。

 カヤノはふるふると顔を振って髪を慣らすと、挑戦的な目つきでダスティンを見る。


「……見たところ、怪我は見当たらないようだが? 詳しく診た方がいいだろうか?」


 ダスティンがカヤノの素振りに疑問を覚えながら寝台を指さす。

 カヤノはサイスの方に振り返り、抗議の視線をぶつけるが、サイスも分からないといったように首を振る。カヤノは一度だけ舌打ちして、素直に寝台に腰かけた。


「手を出して。すこし触るが我慢して貰えるだろうか」


「……ああ。ところでアンタはこの髪を見て何か感じたか?」


「髪? 見事なブロンドだな、くらいかな。異常なし、と」


 ダスティンが素直にカヤノの手を放す。再び、カヤノがサイスに向けて抗議の視線を送るが、サイスも要領を得ないと首をかしげるばかりだ。


「髪に何かされたのだろうか? カヤノ嬢が口にしづらいようであれば無理にとは言わないが」


「うーん、された、された……。されたと言えなくもない、でもギリで避けたし」


「……なるほど。念のため顔の方も診ましょう」


 カヤノが言葉を濁していると、唐突にダスティンが真剣な表情で、カヤノの顔を両手でしっかりとつかんだ。


「痛みは? 口を開けて。舌を」


 ダスティンが早口でまくしたてる。無遠慮な手つきでカヤノの顔を撫でまわしはじめる。


「な、やめ、やめひょ」


「さあ、もっと口を開いて。診察が進まないよ。悪い子だ、カヤノ嬢は悪い子だなぁ。もっと相談してくれてもいい。私が塗りつぶしてあげよう」


 ダスティンがカヤノの口内に親指をねじ込む。ぐにぃと口端を引っ張られ、カヤノがダスティンの顔に爪を突き立て抵抗するが、怯む様子もない。


「もっと、もっとよく診ないと。カヤノ嬢の中を見なきゃ。綺麗なピンクをみせておくれ――」


 カヤノがダスティンの顔に全力でフックを入れる。ダスティンの目がぐるりと上を向き、カヤノを拘束する力もすっと抜け落ちた。


「ギルティ」


「ああ、もう。もう」


 僅かに遅れてサイスが二人の間に割って入る。ダスティンはラッキーパンチが綺麗に決まり、そのまま目を回して床に仰向けに倒れる。


「サイスくん、縛り上げろ」


「魅了されてるみたいですけど、話は通じそうな雰囲気でしたよ」


「ヤンデレに言葉が通じるわけ無いだろ。それにノータイムで歯茎と舌を狙ってくるようなド変態だぞ。放置したら貞操以前に人の形でいられるかも怪しいっつーの」


 大事になるのを避けたいサイスが抵抗するも、カヤノに強く出られ、しぶしぶといった形で倒れたダスティンの傍に腰を落とす。


「しかし……束縛と略奪(フェイタル)()焚きつける艶髪(スタンピード)、健在ですね」


「呪いなぁ。出来ればサイスくんの妄言であってほしかった」


 カヤノがフードを被りなおそうとして、広がった髪がうまく収まらないことに気付く。


「サイスくん、かーみー」


「わかった、わかりましたから」


 カヤノが口をとがらせサイスの背中を蹴りつけた。


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