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01.どうやら大事なものを落としたらしい

どうぞ、よろしくお願いします。

 ぱちぱちと、木の爆ぜる音がした。

 気温は高く、普段なら焚火のいらないような季節だった。けれど、その熱は不快ではなく、むしろ心地よく感じるくらいだった。

 ぼんやりと目を開くと、ゆらゆらと炎が揺れていた。こめかみに疼痛を覚えながら口元をへしゃぐ。うすく声が漏れるのを知覚するも、その次の行動へと移れない。


「目が覚めた?」


 視線が声を追う。まるで春の日差しのような柔らかな声だった。こちらが沼のような思考と悪戦苦闘をしていると、声の主は呆れたように息を漏らして、目の前に円筒を、コップらしきものをチラつかせる。


「起きられそう? 怪我はなかったけれど、ひどく消耗していたようだったから」


 起きられるとも。

 仰向けになったからだはひどく貧弱で、そのまま体を起こすことは出来ずに、横になって手の力を借りたけれど。


「大丈夫そうだね。はい、どうぞ」


 突き出された取ってのないコップ、湯飲みではない何か。それを受取ろうと手を伸ばしてギョッとする。その手はとても小さくて、腕は折れそうなくらい細い。決して記憶にあった馴染み深いものではない。これではまるで子供のソレだ。


「なにか?」


 反射的に目の前の男を睨んだ。ターバンのように紫色の布を頭に巻いた姿が某ゲームの商人を彷彿とさせる。困惑した表情でこちらを見ているが。


「おい、しょーにん……!?」


 慌てて自分の喉元に手をあてがう。そこは滑らかでかつてのようなでっぱりはない。それにいま飛び出た声は酷く高い。本当に子どものようで。


「ええと、僕はサイスと言います。あなたに危害を与えるつもりはありません」


「……これは夢か? まだ夢の続きか?」


「たぶん、どっちも現実なんじゃないかなーって」


 目の前の商人風の男、サイスがまなじりを下げて困ったように笑う。その表情にオレの怒りは行き場を失って、言葉に詰まった。そのまま額に手を当てて天を仰ぎ見る。


「ああ……」


 どうやら、オレは体をどこかに落としてきたらしい。


「えーと、大丈夫ですか?」


「貸せッ!」


 おずおずと声をかけてくるサイスからコップを奪うと、そのまま中身を飲み干す。冷たくて清涼な水だった。悪くない味覚だ。


「……よし、なんかもう、一周回って面白いわ。オレの名前は茅野誠司な。よろしく、現地人」


 現状を理解することを諦めて、ありのまま受け入れることにした。

 ニカリと笑顔を浮かべて、ぽかーんとしたまま固まっているサイスにちいさくなった自分の手を差し出す。当然、反応はないので、そのまま無理やり相手の手を取りがっちり握手。

 ぐっぐ、と上下に揺らして欧米式挨拶完了。相手の髪色も瞳の色も紫で黒じゃない。少なくとも日本人ではないようだから対応はきっと間違っていない……はず。


「んんっ!? こちらこそ、よろしくお願いします? いや、そうじゃない。家名を持ってるっていうことはどこかの偉い人? 重要なのはそこじゃない。いや、でも、まぁ」


「家名なんざ珍しくないだろう。茅野様と呼んでくれていいぞ」


「はぁ、カヤノ様?」


「やっぱ、様はいいや。男に言われるのはなんか違う感じがする」


「うーん、この」


 渋い顔を作るサイスの額をぴしゃりと叩くと、彼は「あいた」と声を漏らす。なんだかそれがとても懐かしくて笑いを誘った。


「や、カヤノ……さん? 寝起きからだいぶ飛ばしてきましたけど、そろそろじっくり落ち着いて話をしませんか? 話したところで何か解決するような気はしないですけど」


 サイスの言うことも一理ある。何も解決する気はしないが、現状、お互いにまともな自己紹介すら終えていない。納得して、何から話そうかと腕を組んで、おや、と首をかしげる。


 随分と肌同士の接着部分がダイレクトに感触を伝えてくる。


「あと、なんか着た方がいいと思うんですよね。全身血だらけで、どれも汚れていて、かぶれるといけないから全部脱がしてしまったんです」


「気にするな、男同士だろう」


「……」


 鷹揚に笑うオレにサイスが真顔を突きつける。


「いやいやいや、まさか、そんな」


 オヤクソク。


「マジか」


「マジです」


 サイスが沈鬱な面持ちで宣告する。


 どうやらオレはからだを落としてきたどころか、性別すらも落としてきたようだ。


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