愛の殺戮兵器 Ⅰ
私はただ寝ぼけていただけではなかろうか。
先程まで自分の名前しか記憶がなかったはずなのに、時間の経過と比例して記憶も徐々に鮮明に思い出される。
「名前が浅川奏、歳が16、お母さんがいて、友達がいて……」
口から溢れる言葉が懐かしく感じるのは気のせいだろうか。原因はわからないが、どうも時間の感覚が掴めない。
それと、分からないことがまた一つあった。
「……なんで病院にいるんだろう」
パソコンのシャットダウン終了と同時に、ガチャという音を耳にした。それが部屋の扉の鍵が開いたということを理解するまでに多くの時間はかからなかった。
部屋を出ると、先程の部屋とは雰囲気の違う、簡単に言えば気味悪い廊下がそこにはあった。
床は「穴を開けてください」と言わんばかりの腐りに腐りきった木材。そこらじゅうに埃が舞っており、煙たい。これがもっと前だったら、木の匂いのした、さぞ綺麗な廊下だっただろう。
蛍光灯はもはや光源としての意味を成していない。光を発しない蛍光灯など誰が必要とするのだ。装飾として使う人もいるのでは、と一瞬考えたが趣味が悪すぎるのでやめた。
ミシミシと鈍い音を立てて廊下を進むと、「手術室」と記されている看板が視界に入った。看板とは何らかの物事を宣伝するために用いる道具である。よって、この部屋の先は手術室なのだろうと予測できた。
ここで一つ、分からないことが浮上した。
「手術室ってことはここは病院なのかな……」
いや、そうだろう。確実にそうだろう。何が分からないことだ馬鹿者め。
考えてみろ。もしも自宅に手術室なんか設置されていたらどうする。
……怪しい。怪しすぎる。
手術室だけではない。こんな世紀末を表したような廊下も自宅にあっては生活に支障をきたすだろう。
と、そんなことがあったのがほんの10分前だ。
いや、果たして本当に10分前なのかは自分でも分からない。自分の体内時計がそう言うならば、10分前なのだろう。頼れるのは自分のみなのだから。
とは言ったが、正直何故病院にいるのかは全く心当たりがない。棚の中の記憶を探ってみるも、持病を持っていた理由でもなく、極めて健康だったようだ。
病気でないとすればつまり考えられることは一つである。
「そう、カナデは事故に巻き込まれたんだ。僕達も知らない、謎に包まれた事故に。」
声のする方へ視線を送ると、そこには懐かしい匂いのする背丈の高い女性が直立していた。
「……サノ? サノなの?」
「ああ、3年振りだな、カナデ。」
暗闇の中でよく見えなかったが、上下ジャージ姿にツインテールに結んである髪。女性なのに男性のような特徴ある話し方。
そんなサノは、私と同い年で、幼なじみだ。
が、私はその話し方や髪型ではなく、彼女の大人びた凛々しい顔に焦点を合わせた。
「え? …サノってこんなに大人だったっけ? もっと子供っぽかったイメージあるけど…まだ16歳だよね?」
サノは一瞬キョトンとまぬけな表情を見せたが、状況を把握したのか、すぐにもとのキリッとした真面目な表情に戻った。
「ああ、そうか。もう3年も経つのか。そりゃあそういう印象持つよな。」