2-3
決めた。
このセイスタリアス・コングラートが、いつまでも晴れない心をかかえたままでいるべきではない。
「でかける」
授業が終わって帰宅したものの、結局何も手に付かずシェーファー兄弟に告げた。
「モータービークルを玄関にまわします」
ライトナがインターホンを取ろうとする。
「その必要はない。歩いて行く」
「散歩ですか」
楽しそうなライトナの後でエイムスがじっと僕を見ている。歩いてでかけることなど滅多にないから何事かと思っているのだろう。
廊下を歩いていると向こうから近づいて来る女性が3人。
しまった!
今の時間は自室でくつろいでいるとばかり思っていた。お母様のドレス、朝と違っている。きっとシャワーを浴びて着替えたのだ。だからお茶の時間がずれ込んで・・・・・・
「セスー!」
僕に気付くと急にかけだし抱きついてきた。1週間ぶりに会ったみたいな喜びようだ。
「どこいくの?」
お母様には3歳程度の知能しかなくても、僕がかぶっている帽子の意味はわかっている。
「ちょっとでかけて来ます。すぐに帰りますよ」
「カティもいく!」
「だめです!!」
小さくなったお母様に胸が痛む。つい強く言いすぎてしまった。落ち着いてできるだけ優しい声をしぼりだす。
「ああ、お母様。僕はこれから大切な用事があってでかけるのです。だから、お母様を一緒に連れては行けません。そうだ。お土産を買って来ます。楽しみにしていてください」
しょんぼりしたお母様を置き去りに、僕たちは足早に邸を後にした。
お母様が邸の外にでることは滅多にない。必要なものはすべて邸内にそろっている。専属の教師や医者、美容師が付いていて、いつでも最高のサービスが受けられる。
カティの庭と名付けられた庭園には、ブランコや花畑があって太陽の下で遊ぶこともできる。
池やプールがないのはお父様が心配性だからだ。お父様はお母様のこととなると急に心配性になるのだ。
それでもお母様は邸の外に行きたがる。小さな子供みたいに好奇心いっぱいでいつでも新しいものを吸収しようとしている。
僕は―――そんなお母様を小さな世界に閉じ込めている。
わかっているんだ。みんなお母様の素晴らしさを知らないだけだと。それでもお母様が笑われるのは耐えられない。僕自身が笑われているような気分になる。
僕はセイスタリアス・コングラート。誰にもお母様を、僕を、笑わせはしない。
僕は―――自分のプライドを守るためお母様の自由を奪っている。
「大切な用事とは何ですか?」
しばらく歩いたところでライトナがきいてきた。物事をあまり深く考えない彼は思ったことをすぐ口にする。それがいい時もあれば悪い時もある。今回は悪い方だ。
「教えない」
「セイスタリアスさまあ!」
ライトナが調子はずれの声をあげる横でエイムスはじっと僕を見ている。
「どちらに行かれるのですか。それだけは教えてください」
エイムスはかんづいている。そう思った。
「断る」
「行き先がわかっていた方が警護しやすくなります」
うっ。正論だ。じいやみたいなエイムスの言うことには反論できない。それでもやっぱり言いたくない。
「付いて行けばわかるさ。僕たちは警護のプロなんだしどこでもしっかりお守りします」
ライトナ、ナイスフォローだ。エイムスはそれ以上追及できなくなった。
繫華街で最もにぎわっているシャンプレー通りに入ると、まず、しゃれた雑貨店でお母様へのお土産を探した。
店ごと買うことだってできるけれどそんな無粋なことはしない。相手のことを思ってそのひとにふさわしいものを選ぶのがお土産だ。
「それ、かわいいですね。ラトリカーティ様にぴったりだ」
僕が手に取ったものを見たライトナの感想だ。彼の意見は正直だから参考になる。
それは裏側にウサギのレリーフがある手鏡だった。本物のウサギの毛が使われていてフカフカだ。
「お土産はもう充分なのではありませんか」
ブティックや玩具店など5軒をまわったところでエイムスが口をはさんできた。注文したあれやこれは今日中に邸に届けられる。
「大分近づいてきましたね」
ライトナに聞こえないように耳打ちしてきたことではっきりした。やっぱりエイムスには僕がどこに行こうとしているのかお見通しなんだ。
買い物をしながら目的地に近づいていたことをエイムスに言い当てられてしまった。はずかしかったけれど、これでもう後には引けなくなった。
散歩している風にゆっくりと歩きながら、やっとその場所にたどり着いた。
派手な電飾で作られた看板の文字を確かめる。ここで間違いない。ライトナの手前、偶然でくわしたようなふりをする。
「なんだ。こんなところにあったのか」
「はい。ここが “カッセーム”です」
わけ知り顔のエイムスが大げさに店名を披露すると、ライトナもやっと気が付いたようだ。僕が本当に来たかった場所はここなのだと。
しかしながらその目的まではわかっていないらしい。
「セイスタリアス様は何の用があってこんなところに・・・・・・」
ライトナがパンと手の平を合わせた。
「シャルロット嬢が来ているか見てきます」
は?
「そうじゃない!」
かん違いを訂正する間もなくライトナは店の中に消えてしまった。
ほどなくでてきたライトナは申しわけなさそうな顔をしている。
「残念ながらシャルロット嬢の姿はありませんでした」
だからちっとも残念なんかじゃないんだ。別に彼女に会いたくてここまで来たわけではないのだから。と言えないのがもどかしい。
「いかがなさいますか。店内でシャルロット嬢を待たれますか。お見えになるという保証はありませんが」
よく言うよ。エイムスにはシャルロットに会いに来たのではないとわかっているくせに。 僕をからかっているのか、それともライトナに気付かれないよう話を合わせているのか。
たぶん両方だ。
どうしよう。いても立ってもいられなくてこんなところまで来てしまったけれど。
このドアの向こうにユーシスがいる。今中に入ったらきっと僕に気付くはずだ。そうしたらどんな顔をするのだろう。驚いて、それからうれしそうな顔になるに違いない。
「どうしてこんなところにいるの?」
そうきかれた何と答えよう。
店の前で行ったり来たりしていると、、ドアが開いた。
「うおっ!」
でて来た女性の顔を見てのけぞってしまったのは自然な反応だ。
何しろお母様が大事にしている人形のような顔をしていたのだから。大きすぎる目とふつり合いな小さな鼻と口。長すぎるまつ毛とピンクのほほ。何もかもがわざとらしい。
「アラ、ゴメンナサイ」
そのヒトは口を動かさずにそう言った。目も動かなければまばたきもしない。
ヒューマノイド=人間に姿を似せたロボットなのだ。自動兵器の延長線上で兵員不足を補うために開発されたものだ。
ところが、簡単にコントロールを失う上に莫大な維持費がかかるため製造を中止する企業が相次いだ。
幼い頃、軍から流れて来たヒューマノイドを街中でも見かけたが、今ではスクラップ置き場にしかないと思っていた。
「いやー、申しわけない。びっくりしたろ?」
突然声をかけられてとびあがるほど驚いた。シェーファー兄弟も動揺した顔をしている。ヒューマノイドに気を取られて僕に近づく者に気付いていなかったらしい。
いつの間にかそこに立っていたエプロン姿の男は、確か、エアトン・ファイクス。以前みたビデオの中でユーシスと親しく話していた。
「外に出る時には帽子をかぶれって、いつも言ってるだろ」
ファイクスは持っていたつば広の帽子をヒューマノイドに渡した。
「忘レテイマシタ」
「うそをつくな。おまえに忘れるなんてことがあるか」
「ゴメンナサイ。デモ、私ノ顔ハソンナニ見苦シイデスカ?」
え。ヒューマノイドはそう言いながら僕を見た。僕を巻き込むな!
「見慣れないから少し驚いただけだ」
僕の答えに満足したのかどうか表情の変わりようのない顔ではわからない。
「ホラ!」
「ほらじゃない! そんなのお世辞に決まってるだろ」
「オ世辞ナノデスカ?」
だから僕を巻き込むな!
「セイスタリアス・コングラートがお世辞など言うものか」
「わかった、わかった! 誰もおまえが不細工だとは言ってない。ただ第一印象が強すぎる。だから帽子をかぶるんだ」
「ソウ言ウ事デシタラ言ワレタ通リニシマス」
あれ? 声がやわらかくなったような気がした。そんなはずはないのに。
「驚カセテゴメンナサイ」
ヒューマノイドはていねいに僕たちにあやまって帽子を頭にのせた。
「忘れ物を届けてくれてありがとな。気を付けて帰れ。寄り道はするなよ」
「まるで子供だな」
帰って行くヒューマノイドの後姿を見送りながらつぶやいた僕のひとり言を、ファイクスがきいていたらしい。
「ああそうさ。ティモシーは俺が育てた最高のヒューマノイドだ。作ったのは俺じゃないがな」
確かに、人間のようにウソをつくヒューマノイドがあったという話は聞いたことがない。人工知能がそこまで成長する前に壊れてしまったからだ。
ティモシーとやらはレアなケースなのだろう。とても興味深い。
僕がお父様の後を継いでコングラートコンツェルンの総帥になったら、もう一度ヒューマノイドの開発に乗りだしてもいいかもしれない。
莫大な費用がかかる事業こそ大企業が担うべきだ。
それに、きっとお母様も喜ぶと思うから。
「ちょっと待っていてくれ」
そう言って店内に入って戻って来たファイクスは紙切れを差し出した。
「サービス券だ。よかったら食事して行ってくれ。殿方も歓迎するよ」
そう言えば“カッセーム”の客は女性ばかりだった。顔が赤くなるのが自分でもわかる。
「別に食事をしにきたわけではない!」
「だったらこんなところで何をしていたんだ?」
「うっ・・・・・・」
「それは、シャル」
僕が答えられずにいると、ライトナが余計なことをしゃべりそうになりあわてて彼の口をふさいだ。
「ああ、そうか! ユーシスに用があるんだな」
いきなり図星を指されて一瞬固まってしまう。内心のあせりを見透かされないよう落ち着いた声でたずねる。
「どうしてそう思うのかね」
「その制服。ユーシスと同じローゼンストック学園だ。友達なんだろ?」
「同じ学校だからといって友達とは限らない」
「友達でもないのにわざわざ訪ねて来たのかい?」
「今はまだ、ただのクラスメイトだ」
「つまり、これから友達になる予定ってことなんだな」
思わず、「そうそう」と言いそうになってあわてた。
「違う! たまたま通りかかっただけだ。わざわざユーシスに会うためだけにここまで来たわけではない。だいたいこんな下品な店はこのセイスタリアス・コングラートにふさわしくない。
エイムス、ライトナ、帰るぞ!」
あうううう!!
一体僕は何を言っているんだ。素直に店に入ればユーシスに会えるのにいいいいい!!!
店に背を向けて歩きながら僕は自分のプライドの高さを呪い続けていた。