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2-2

 数日後の昼休みのこと、いつものように専用ラウンジでランチをとっていた。


僕が入学した時に用意されたプライベート空間で、たとえ学園長でも許可なく立ち入ることはできない。


自宅にいるときと同等にくつろげるよう内装もインテリアも超一流だ。言うまでもなく調度品も最高級のものを取りそろえてある。


このリビングの他にも3部屋あって全部合わせると一般的な一戸建てより広い。


リビングには大型テレビとビリヤードテーブルも置かれていて、食後の気分転換に役立っている。


 ランチはやしきでシェフが調理したものが運び込まれるようになっている。


味も大事だが最も重要なのは安全であることだ。異物が混入していないか調べた後、シェーファー兄弟が毒見をして問題のなかったものだけが僕の前に並べられる。


16年の人生で異物が入れられていたことは11回。毒物だったり、ガラスの破片や針だったり。世間の注目を浴びるということはそうゆうことなのだ。



 取り巻きの内の4人に僕とランチを共にする幸運が与えられており、大体いつも同じ顔ぶれだ。


ナインズカンパニー重役、トロイ銀行頭取、ヘルベック病院院長、ソアレス9評議会議員。その4人の親族の職業だ。


要するに身内の社会的地位が高い者トップ4ということだ。もちろん、僕を除いて。


この内の誰かが来られない場合にはその下の者が繰り上がってくる。


 断っておくが、これは僕が作ったルールではない。取り巻きの連中が自分たちで決めたことだ。



 この日はピーターとニックがふたりそろって欠席だった。めずらしいこともあるものだ。学校には来ていたから僕と食事をするよりも大事な用事があるということだ。


食事中の4人に“ふたりはどうしたのか”とたずねると、取り巻きたちはお互いの顔を見て申し合わせたように“知りません”と答えた。


何か変だ。彼らは僕に隠し事をしている。


 食事はまだメインディッシュにまでたどり着いていなかったけれど、もはやゆっくりとシェフの腕前を堪能たんのうしている気分ではなかった。


僕のラウンジで僕だけが知らないことがあるなんて! 


少し席をはずす振りをしてとなりの部屋に入り音をたてずに廊下ろうかへでる。


「食事の途中で席を立つのは感心しません」


今のセリフで僕の後を追って来たのがどっちなのかわかった。真面目まじめで口うるさいのはエイムスだ。


「彼らはこの僕にうそをついている。うそなど許さない」


 僕の怒りを知ったエイムスはうやうやしく頭を下げる。


「お供します」



 昼休みの教室は無人のはずだ。生徒たちはカフェテラスや庭のお気に入りの場所で気分転換をしている。ところが、5年A組の方角から声がする。


近づいて中をのぞくと他には誰もいない教室で不可解な行動をとっている者がいた。ピーターとニックだ。


僕とエイムスは開け放たれたドアのかげに身を隠し様子をうかがう。


窓際の前から二番目の席で――――そこはユーシスの席だ。

机の引き出しを開け中のものをつかんでは窓の外に放り投げている。


「お菓子ばっかりだな」


「おお、“ママン・マニ”だぜ。貧乏人のくせに生意気な」


 ピーターが手にした小さな箱には見覚えがある。ユーシスがくれると言ったのに受け取らなかったあの箱だ。


「ボクがもらっといてやるよ」


ニックがブレザーのポケットに突っ込むのを見た瞬間しゅんかん、頭に血がのぼるのを感じた。

どうして今さら。僕はあの時ユーシスの手から小箱をはたき落したのに。


・・・・・・素直に認めよう。それでも、他人の手に渡るのはおもしろくない。あれはユーシスが僕のために用意してくれたものなのだから。



 次にピーターが手にしたのは丸い缶だった。お菓子の缶だろうか。しゃれた模様がプリントされている。だが、中から取りだされたものはガレットでもマカロンでもなかった。


「なんだ、これ?」


あっ、それは!


「そいつも大ジャンプさせてやれ」


ニックの言葉にピーターが悪乗りする。


「今世紀最大のジャンプを見せてくれ!」


窓の外に突きだしたピーターの手から下がっているのは小さなぬいぐるみだった。運命をピーターに握られ頼りなく揺れている。


 その時だ。僕たちの横を何かが走り抜けた。


ユーシス!? いつの間に!


血相けっそうを変えたユーシスは教室に並べられている机に飛びのり、ピーターに向かって突進する。精一杯せいいっぱいに手を伸ばし窓の外のぬいぐるみをつかもうとするが一瞬遅かった。


ゆがんだ笑みを浮かべたピーターがすんでのところで手を放してしまったのだ。


くうをつかんだユーシスはそのままの勢いで窓の外に飛びだした!


なんてことだ!!! ここは5階だぞ!



「ユーシス―――っ!!!」


 急いで窓にかけ寄り下をのぞく。だめだ。枝葉を茂らせた大きな木がじゃまをして下まで見通せない。


それにしてもこの高さだ。ここから落ちて無事ですむはずはない。


「ボクじゃない。ボクは関係ない・・・・・・」


ニックがふるえる声でつぶやくと、顔を引きつらせたピーターが叫ぶ。


「何言ってるんだ! ニックだっておもしろがっていたじゃないか!!」


「いやだ。人殺しにはなりたくない。なりたくない・・・・・・」


ニックの言葉が僕の頭の中で反響はんきょうする。


 まさか、そんなっ!!


枝葉の隙間すきまからちらっとでも見えやしないかともう一度見降ろした時、何かが動いたような気がした。と、木の陰からでて来たものがある。


ユーシスだ!


「な・・・なんだ・・・・・・ ちゃんと生きてるじゃないか。おどかすなよ」


ピーターの声はかすれていた。かたわらのニックは声もなく涙を流している。



「木の枝がクッション代わりになって衝撃しょうげきをやわらげたのでしょう」


 エイムスの言葉に心底あんどした。体中の力が抜けてその場にへたり込んでしまいそうになり精一杯の憎まれ口をきく。


「そんなことはわかっている! わざわざ説明してもらう必要はない」


「余計なことを申しました」


 エイムスの目は笑っている。何か言い返したいところだが、それよりも確かめなくては。


ここからでは遠くてよく見えないけれど、ユーシスが手にしているぬいぐるみは緑色をしている。あの小さなカエルに違いない。


キャプラをもらったお礼に僕があげたものだ。以前お母様にプレゼントして好評だったのと同じものだ。


中等部なのにぬいぐるみなんて、とも思ったが、お母様と似たところのあるユーシスなら喜んでくれそうな気がしたのだ。


 僕はユーシスからの贈り物を受け取りもしなかったのに、彼はあんなちっぽけなカエルをとても大切にしてくれていた。お菓子の空き缶にしまうなんてユーシスらしい。


5階の窓から飛び降りるのは、どう見てもやりすぎだけれど、やっぱりうれしい。




 ユーシス・ロイエリングは本当に変わっている。


予想もしないような行動で僕をおどろかせてばかりだ。ユーシスに常識が欠けているからということだけが原因ではない。


ひと言でいうと何も考えていないのだ。自分の行動の結果を考えていない。直情的とか自由奔放じゆうほんぽうという言葉が思い浮かぶけれどそれとは違う気がする。


 ひとは誰でも未来を予測して今の行動を決める。わかりやすく説明すると、9時には学校に着いていなければならないから8時半には家をでるというようなことだ。


それは人間関係も同じで、渡した時の喜ぶ顔を想像してプレゼントを選んだりする。


それがすぎると下心とかけ引きとか形容されるものになるのだ。ビジネスの世界にあふれている僕の大きらいな言葉だ。


 ユーシスにはそれがない。後のことなんて考えていない。だから周囲の人間は彼の行動を異常に感じたり、誤解ごかいしたりするのだろう。僕もそうだった。



 考えてみれば孤児院訪問のボランティアだってそうだ。いきさつはシャルロットから聞いた。


誰かに頼まれたのでも誘われたのでもないのに、いつの間にかメンバーに加わっていたのだ。ユーシスはアルバイトでいそがしいはずなに。


ローゼンストック学園の生徒は全員ボランティアに参加しなくてはならない。種類はたくさんあるから、時間がないのなら簡単ですぐ終わるものしておけばいい。


歩道のゴミ拾いやご老人の買い物代行などがそれにあたる。勉強やスポーツ、恋に忙しいクラスメイトたちはみんなそうしている。

 

 ユーシスはアルバイトをしながら勉強や学校のイベントにも手を抜いてはいない。とても時間があるとは言えないはずだ。それでもボランティアには積極的だ。


正式訪問に参加できないことも多いが、そんな時はひとりで孤児院を訪れている。しかも、ひとり訪問は正式訪問よりもずっと多いらしい。


「ここの出身者よりもまめに来てくれるってシスターが笑ってた」


そう教えてくれたシャルロットも笑っていた。


 僕が孤児院訪問のメンバーになったのは社会勉強のためだ。決して、シャルロットが代表を務めているからという理由ではない。


ユーシスもシャルロット目当てではない。孤児院に行きたいから行っているのだ。



 ユーシスを見習いたいと思う。僕も孤児院訪問のメンバーでありながら、あまり参加できていないのが心苦しい。


僕はコングラートコンツェルン総帥そうすい後継者こうけいしゃとしてふさわしい人間になるため、学校が終わってからも家庭教師について学んでいる。


一般的な教養はもちろん、ヴァイオリンや乗馬、社交術や経営のノウハウまで。


その上、様々なイベントに招待され、断れないことも多い。イベントの主催者しゅさいしゃは、コングラートコンツェルン総帥の後継者を飾っておきたいだけだとわかっていても。


 毎日分刻みのスケジュールをこなすのに精いっぱいで、お母様とすごす時間を少ししか取れないのが悩みだ。


僕はもっと自分の気持ちに正直になってもいいのではないのだろうか。ユーシスを見ているとそう思えてくる。


 シャルロットがユーシスに特別な感情を抱いていることも今ならうなずける。彼の容姿にひかれたわけではない。


シャルロットも僕と同じ、ユーシスの素直で正直で裏表のない純粋さをまぶしいと感じているのだ。


胸の内で渦を巻いていた黒いもやが晴れていく。こんなに清々すがすがしい気分になったのは久しぶりだ。



 ユーシスのことをもっとちゃんと知りたい。


強い思いが僕の中でどんどん大きくなっていく。誰かにこんなに強く興味きょうみを引かれたのはふたり目だ。ひとり目はシャルロット・リデルハーツだった。


どんなことでもいいから知りたい。得意なスポーツ、苦手な教科、好きな色、きらいな野菜、・・・・・・ 靴のサイズまでも知りたいと思う。


まるで恋しているかのようにそんな欲望にかりたてられる。


 シェーファー兄弟にひと言命令すれば知りたい情報はすべて手に入るはずだ。


でも。。なんだか気はずかしくてユーシスの名を口にだせない。だから自分で調べることにした。といっても取り巻き連中にやらせるだけのことだけれど。


 

 その日のうちに、僕の手元にはユーシスがローゼンストック学園に転入して来た時の書類の写しが届いていた。ところが、そこに書いてあることには明らかなうそがあった。


キャニングの助手をしていたと本人が言っていたのだから、ソアレス9に来る前はアリアーガ島に住んでいたはずなのにその記録がない。


そうなると、ここに書いてある出身地や家族構成も本当なのか疑わしい。


思いついてアリアーガの住民台帳も調べさせてみたがそこにユーシスの名前はなかった。


 ユーシスを審査なしで“9”に入れるように頼んできたのはキャニングだ。もしかすると、キャニングがユーシスの過去を消してしまったのかもしれない。


でも、どうして、そんなことをしなければならなかったのだろう?


 

 ユーシスのことを知ろうとしてかえって謎と疑問が増えてしまった。おかげでますます気になって、寝ても覚めてもユーシスのことばかり考えている。


 正直に言おう。


僕はユーシス・ロイエリングと友達になりたい。友達の振りをする取り巻きなどではない、対等の、本当の、友達に。


 ああ、でも。ユーシスは許してくれるだろうか。



 今回の件ではっきりした。ユーシスに対するいじめを扇動せんどうしていたのはピーターとニックを中心とする僕の取り巻きたちだ。


彼らは女子生徒たちにちやほやされる転入生をこころよく思っていなかったのだろう。以前からそうではないかと疑ってはいた。


だが、現場を目撃もくげきしたことはなく確信が持てずにいた。


いや、違うな。それは言いわけだ。


問い詰めてききだすこともできたのにそうしなかったのだから。犯人を知っていながら止めさせなければいじめに加担したのと同じだ。それは僕のプライドが許さない。


かと言って、本気で止めさせたいとも思わない。だから、知らないままでいることを選んだのだ。それなのに、フットボールではピーターの誘いに乗ってしまっている。


卑怯者ひきょうもの。それは僕のことだ。


 僕の中にもみにくい心はあるのだと思い知らされた。負の感情が邪魔じゃまをして正しい判断を下すことができなかった。そのためユーシスは陰湿いんしつないじめに耐えなければならなかったのだ。


すべては僕の責任なのに、こんな僕にユーシスの友達になる資格があるのだろうか。


 そういえば、ユーシスが僕の悪口を言っていると聞かされたたことがあったけれど、今ならわかる。


あれは取り巻きたちが僕にユーシスをきらいになるよう仕向けるためのうそだったのだ。それなのに、すっかりだまされて。なんとおろかだったのだろう。



――――すまなかった


 たったひと言がいえないまま時間だけがすぎていく。


思いだしてみるまでもなく、この僕、セイスタリアス・コングラートが他人に頭を下げたことなどただの一度もない。どんなシチュエーションでどう切りだせばいいのかわからない。


それに、あやまったところで許してはもらえないのではないだろうか、という不安が僕を臆病おくびょうにしていた。


そもそもあんなひどいことをしておきながら、今さら“すまなかった”のひと言だけですべてを水に流せるはずもない。


 できることならもう一度、出会いからやり直したい。

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