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4-3

「ウォスレイ、起キテ下サイ」


 目覚めた俺は眼前のどアップにドギマギしている。まだ慣れていないんだ。ティモシーの新しい顔に。 


涼しげな目元、高すぎず低すぎない鼻、つやっぽい(くちびる)、どういうわけか口元にはホクロまである。それがやけに色っぽい。はっきりいって美人だ。


変わったのは顔だけなのだが、人形のようだったときとはまったくの別物に見える。


 占領軍が壊滅かいめつした直後、ひょっこり親父おやじがやって来た。ティモシーの新しい顔を入れたカバンを持って。親父にはソアレス9で起こっていることなど知るよしもなかったのだ。


混乱の最中、検問にかかることもなければ審査を受けることもなく勝手に上陸したらしい。


“9”の異変に気付いた親父はすぐに引き返すべきだった。だが、そうしなかった。俺のことが気になったのか、それともティモシーか。そんなことはどうでもいい。


とにかく親父は来てくれた。それは俺にとって幸運だった。



 あの日、ソアレス9は住民の手に戻った。


占領軍の残党である俺は“9”にはいられない。フィヨドル・キャニングの助けを借りて脱出することになった。もちろんティモシーも一緒だ。


だがひとつ問題があった。


人形みたいなロボットを連れていたのでは目立って仕方ない。俺にはティモシーを置いて行くという選択肢せんたくしはなかった。


困り果てているところに親父が現れたのだ。新しい顔のティモシーは変装しなくても人間に見えた。おかげで無事に“9”から脱出できた。


 今は、アリアーガ島にいる。しばらくキャニングの住処すみかにかくまってもらい、準備ができたらどこか見知らぬ島で新しい人生の一歩を踏み出すことになっている。


そこから俺は名を変え素性(すじょう)を隠してアビュースタ人として生きていくんだ。もう、ザックウィックじゃない。



「出稼ぎ労働者の多い島だ。誰もよそ者を気にしない。木の葉を隠すなら森の中と言うだろ」


 行先が決まった。機械工業の島ベッヘム。工業用ロボットが活躍している島だ。


ここならティモシーが一緒でも怪しまれないし、修理や部品の調達に苦労することもない。そんなことまで考えてくれたのかと感謝したい気分にもなる。


「何からなにまで世話になりっぱなしだな」


 神妙な面持おももちでキャニングの顔を見る。


「なあに、オレがしてやってる以上のことをあんたはルシオンにしてくれたさ」


見かけによらず義理堅ぎりがたい男らしい。


「それに・・・・・・」


言いかけてキャニングはほおをかく。


「あいつが言うにはオレは世話好きらしい」


 キャニングの住処は“みんなの家”という孤児院だった。子供たちに慕われているのを見れば一目瞭然いちもくりょうぜんだ。


それに、シスターアナに聞いたんだ。キャニングはホームの子供たちのため懸命けんめいに働いているのだと。



 リトギルカには戻れない。恐らく、一生。


“9”で俺がしたことは重大な反逆行為だ。つかまれば極刑は間違いない。幸いなことに、リトギルカには危険を(おか)してまで会いたい家族も友人もいない。


親父なら心配ない。天才科学者を息子の暴挙ぼうきょ処罰しょばつしたりはしないはずだ。ほとぼりが冷めたら居場所を知らせよう。会いたくなれば向こうからやって来るさ。


 俺なら大丈夫。


他人をあざむくことには慣れているし憑依ポゼッションもある。そして、なによりティモシーがいてくれる。どこにいてもひとりじゃない。


ティモシーがいてくれてよかった・・・・・・


何度も思ったことだが今ほど強くそう思ったことはない。


 これから先、死ぬまで逃亡生活を続ける覚悟はできている。


他人と深くかかわることはできないだろう。ひとつの島に長く住むことはできないかもしれない。そうなれば色々な島を転々とすることになる。


それでも、ティモシーさえいてくれればどこでも生きていける。冗談を言っていられる。悲観する必要などないんだ。



 “9”で過ごした日々は今となっては幻のようだ。あまりにも過激で現実離れしていたからそんな気がしてしまうのかもしれない。


三つの姿を持つ少年のことは一生忘れられないだろう。これまでの人生で出会った中で、最も強くて恐ろしく、最も美しくて悲しい人間だったと改めて思う。


そして、願わずにはいられない。少年が静かに暮らしていられるようにと。


憎しみと怒りに凝り固まり殺し合いに明け暮れるこの世界は、絶大な力を持つセイラガムをそっとしておいてはくれないだろう。


それでも俺は願う。彼をひとりの人間として見てくれる者がそばにいることを。


 ルシオンは今どこでどうしているのだろう。


俺が“9”を脱出した時、少年はフリーマン診療所のベッドの上だった。まだ意識が戻っておらず別れのあいさつもできなかった。


キャニングによると、容体が安定したらすぐに脱出させる手筈てはずになっているということだった。


「どこに逃がすつもりなのか」とたずねてみたが「知らない方がいい」と教えてはくれなかった。少年にとって最も安全な場所だと胸を張っていたから間違いはないだろう。


「目を覚ましたらびっくりするだろうなぁ」といたずらっぽく笑っていたのが気にかかる。何かサプライズが用意されているらしい。



 考えてみれば俺はルシオンと同じ境遇になったわけだ。リトギルカ人でありながら祖国に帰ることはできず、アビュースタで素性を隠しひっそりと生きていかなくてはならない。


本当なら他人と深く関わることなく孤独に耐えることを強いられるのだろうが、ルシオンには心許せるアビュースタ人がいる。キャニングやアンジェリカのような。


もしかすると他にもいるのかもしれない。そう考えると人間も捨てたもんじゃないと思えてくる。


 俺にもいつか、リトギルカ人であると知りながら受け入れてくれるアビュースタ人が現れるのだろうか。


そうなればいいなとは思うが別に切実な願いじゃない。俺にはティモシーがいる。


 ティモシーが人間だったらよかったのに・・・・・・ 


ティモシーがヒューマンタイプになったときから、そんな馬鹿げたことを繰り返し夢想してきた。


だが、ロボットはロボットだ。どんなに人間に近づいても人間になることはない。人間と見分けがつかない外見になろうとも、人間の感情を理解しているような言動をとったとしても。



 ティモシーは孤児院の庭先で洗濯物を干している。子供服がほとんどとはいえ量が尋常じんじょうじゃない。人間には重労働でもロボットにそれはないから適任だ。


俺はキャニングの手作りベンチに座って山盛りのホクラの皮をむきながら、黙々と働くティモシーをながめている。研究熱心なティモシーの動きは人間となんら変わらない。


それでもロボットなんだと自分に言い聞かせながら後ろ姿に話しかける。


「ティモシー。おまえ名前を変えて欲しいって言っていただろ。顔も変わったことだし、ちょうどいい機会だから新しい名前を考えてみたんだ」


 かごの中の洗濯物を取ろうとしたティモシーの手が止まる。


「ティモシーに似せてティモーネというのはどうだろう」


「ティモーネ ティモーネ ティモーネ・・・・・・」

 

ティモシーは何度も繰り返してその名の響きを確かめているようだ。



「素敵ナ名前デスネ。デモ、名前ハ変エマセン」


 は? あんなに名前を変えてくれって騒いでいたのに。どうしたんだ? 

ティモシーの顔を見ても表情は変わりようがないから何も読み取れない。


「気に入らないのならそう言ってくれ。他にも候補は考えてあるんだ。おまえの好きなのを選べばいい。アリー カンナ ルース ティアラ・・・・・・」


「ソウデハアリマセン」


まだまだ続くはずだったのだがティモシーにさえぎられてしまった。


「私ハ“ティモシー”ガ良イノデス」


「ヘ?」


 俺は思わず間抜けな声をあげてしまった。だってそうだろう。新しい名前が欲しかったんじゃないのか?


「ワガママヲ言ッテゴメンナサイ。デモ、名前ハ変エマセン」


「だって、おまえ。なんで・・・・・・」



 訳がわからずに戸惑う俺に向き合うティモシーの顔は真剣に見える。


「私ハ貴方ノ、貴方ダケノティモシーデ居タイノデス。コレカラモ、ズット」


「な、何言ってるんだ! ロボットのくせに・・・・・・」


相手は人間じゃないんだと自分に言い聞かせながらも、胸の内に込み上げてくるものを否定することはできない。泣きそうにうれしいんだ!


 わかっている。わかっているとも。


ティモシーはロボットだ。ロボットの言葉はその場に最も相応ふさわしい言葉であると人工知能が算出した答えにすぎない。そこに心は介在しない。そんなことはわかっている。。


それでもやっぱりうれしいんだ! どうしようもなく!!

俺を喜ばせようと計算して言った言葉だとしたら大成功だ。やられたよ、まったく!



 あ れ ? 


ちょっと待てよ。


それだとティモシーは俺を喜ばせようとしているということにならないか。


もちろん、持ち主の俺に奉仕するようプログラムされてはいるが、喜ばせるというような曖昧あいまいなオーダーはしていないしできない。


そもそも喜びという感情を理解しているはずはないのだが・・・・・・


ますます泣きたい気分になってくる。


 もう、どっちだってかまうもんか! ロボットでも人間でもいい。


重要なのはティモシーに心があるのかということじゃない。俺があいつをどう思うかなんだ。


ティモシーはロボットだ。だからなんだ。ロボットで何が悪い! 


ロボットでもティモシーはティモシーだ。俺だけのティモシーだ。欠けがえのない存在なんだ。



 こんなこと本人の前では口がけても言えないが、いまわのきわには言ってやってもいいと思っている。


――――おまえは最高のパートナーだったと。

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