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4-2

 気が付いた時には住民たちに取り囲まれていた。強張こわばった顔。血走った目。人々は何かに取りつかれているかのようだ。


何人かが棒のようなものを手にしている。そうか。弱り切ったセイラガムの姿を目にして憎悪が恐怖に打ち勝ったんだな。俺は自分の顔から血の気が引くのを感じた。


無言で集まって来る群衆は、長年の恨みを、リトギルカに対する憎しみを、恐怖の象徴しょうちょうにぶつけるつもりなんだ。


 逃げることもできなければ、戦うこともできない。


本当にそうか?! 本当に何もないのか?!!



 俺は大佐殿の身体にしがみついた。こんなことをしたって少年を守れないどころか、自分まで滅多打めったうち。一緒に殺されるだけだ。


それでも、見殺しにはできない、できるはずがない。


おかしいなぁ・・・・・・


 俺はこんな人間だったか?


命がけで他人を守ろうとするなんて、とんだお人よしだ。

自分がいちばんだったはずだ。


いつから順位が入れ替わった?


おそらく、“9”に来て極秘任務についてから。

ルシオンと、出会ってから。



 背中に、脇腹に、頭に、激痛が走る度、身体から力が抜けていく。それでも必死に大佐殿にしがみついていた。だが、それも時間の問題だった。


袋だたきにされた俺はとうとう数人がかりで引きはがされてしまった。


 その後はもう!!


「待ってくれっ! 俺の話をきいてくれ!! セイラガムはあんたたちを守るために戦ったんだ。これ以上傷つけないでくれっ!」 


俺の叫びに耳を貸す者などいない。うるさいとばかりになぐられあえなく地面に転がった。目に入った血のせいで視界は真っ赤に染まっている。


「この人殺し!」


「うちの人を返せ!!」


「おまえなんか死んじまえ!!!」


殺せ! 殺せ!! 殺せ!!!



 あたりには憎悪と殺意が渦を巻いていた。その中心にいるはずの大佐殿の姿は見えない。一心不乱に暴行を働く人々の顔には狂喜の色さえ浮かんでいる。


          地獄だ


目がくらむ 頭がガンガンする 吐き気がする


 あんまりだ。。。


命がけで守った人々に感謝されるどころか、罵倒ばとうされ滅多打ちにされ死んでいくのか。セイラガムが背負うごうの結果だとしてもひどすぎる。


大佐殿は、本当は、まだほんの子供なんだ。なにもこんなところでこんな形で報いを受けさせなくてもいいじゃないか!


 どうすることもできない俺は泣いていた。少年の気持ちを思うとたまらない。抑えきれない感情が涙となって勝手にあふれてくる。



 その時だ。唐突に群衆の動きが止まった――――


なぜかはわからない。だがチャンスだ。今なら少年を救い出せる。このまま死なせてなるもんか! 


ところが、俺の身体も動かない。滅多打ちにされたせいかと思ったが、そうじゃない。指一本動かせないのだ。


一体どうなっている? 


全身が悲鳴をあげるのを無視して必死に起き上がろうとすると、ほんの少し腕が浮いた。


どうやらまったく動けない訳ではないらしい。


超スローモーションとでも言ったらいいのか。時間がひどく間延びしたみたいだ。意識と身体とで時間の流れる速度が大きくずれてしまっていた。


 動くことはできる。だがそれは目をそらさずに凝視ぎょうししていなければわからない程度のもので、止まっているようにしか見えないことだろう。ちょうど空を流れる雲のように。


これは特殊能力ヴァイオスによるものだ。近くにこの力を使っている特殊能力者ヴァイオーサーがいる!



 周囲に目をこらすと、時間が止まったような光景の中でひとりだけ普通に歩いている人物がいた。リトギルカ軍の軍服を着ている。あれは、、


ハベス・ゲルリンガー中佐! 


そうか。これは中佐のヴァイオスだったのか。

くそっ、動け! 動いてくれ!! 


いうことをきかない身体にいら立ちあせっている間に、中佐はどんどん近づいて来る。


 俺は、、殺されるな。


他人ごとのように思った。大佐殿に協力して占領軍を壊滅かいめつさせたんだ。中佐の腹の内は煮えくり返っていることだろう。


しかし、暴動の中心にたどり着いた中佐は、起き上がれずにいる俺にはいちべつをくれただけだった。中佐の興味は俺にはない。あるのは・・・・・・


 大佐殿に暴行を働いていた住民たちを払いのけてしゃがみこみ、立ち上がった中佐はルシオン少年を抱きかかえていた。


元の姿に戻っているということは完全に意識を失っているのだ。



 手足がぶらぶらなのは骨が砕けているからだ。内臓にも大きなダメージを受けていることだろう。


意識のないルシオンは今、自分がゲルリンガー中佐に抱かれていることを知らない。


中佐の手に落ちるぐらいなら死んだ方がましだ。俺がルシオンの立場ならそう思う。


死ぬほどの苦痛に耐えてやっと逃げ場のない状況を打ち壊したっていうのに、これじゃ何もかも水の泡だ。また振り出しに戻ってしまう。ルシオンは中佐の狂った欲望の餌食えじきだ。


 中佐はケーキの上のクリームをなめるようにルシオンの顔に付いた血をなめ取っていく。


どこまで無慈悲で残酷なんだ! この世に救いはないのか?!


俺は生まれてはじめて、世界を呪った。



 立とうとしているのにまだ起き上がることすらできずにいる俺を尻目に、ゲルリンガー中佐はモータービークルに向かって歩き出す。


待てえええぇ!! その子を連れて行くな!!!


大声で叫びたいのに声にもならない。


 中佐がいなくなれば身体は自由を取り戻すだろう。だが、そのときにはもう、ルシオンは連れ去られた後だ。


はやくしろ! 手遅れになるぞ!


気持ちがいくらあせっていても、身体は恐ろしくノロノロとしか動かない。ギャップに気が変になりそうだ。



 何だ?!


今、、何かが動いた。


ゲルリンガー中佐の背後に白いものが近づいて行く。それは真っ白なドレスを着たシャルロットだった。


中佐以外の誰もが超スローモーションでしか動けなくなっている中で、彼女だけは正常な時間軸にいるかのようだ。


中佐も自分のヴァイオスの影響下で自由に動ける者がいるとは、夢にも思っていないのだろう。シャルロットには気付いていない。


 追いついた白い少女が、手を伸ばして中佐のうなじに触れる。その途端、俺の身体は自由を取り戻した。


止まっていた群衆も動き出しているから、時間の流れが正常に戻ったということだ。


チャンスだ! しばらく動けずにいたおかげで少しばかり体力が戻っている。今のうちにルシオンを取り戻すんだ。



 なんとか上半身を起こしてボリュックを作り、軌道を与える。俺の手を離れたエネルギーのかたまりは群衆にまぎれてゲルリンガー中佐の背後に迫る。


うまくいった! 


気配を感じて振り返ろうとしていた中佐の背中に命中。ぐらりと傾いて腕の中のルシオンを取り落とすが、足を踏ん張ってこらえ倒れはしない。


充分にエネルギーを練り込めていないボリュックでは、それほど大きなダメージは与えられなかったのだ。


顔を上げて俺をにらみつける中佐の目は怒りに燃えている。立つこともできない俺に次の手はない。今度こそ、られる!


 だが、またしても中佐は俺になんぞ興味はないというように視線をはずした。中佐が見ているのはかたわらに立つシャルロットだ。


「これは君の仕業しわざですね?」


白い少女は身体をびくんと震わせた。


「何をしたのですか?」


中佐の冷たい声がシャルロットを追い詰める。おびえきった少女はそれでも中佐から目をそらさなかった。挑むようににらみ付けている。



 ゲルリンガー中佐のヴァイオスを無力化したのはシャルロットだ。少女はヴァイオーサーで、それも、かなり特殊なヴァイオスを持っていた。


初めてその能力を目にしたときは驚いた。シャルロットはヴァイオーサーの身体に触れるだけでヴァイオスを使えなくできるのだ。その能力を不能イナビリティと呼んでいる。


 そんなヴァイオスはリトギルカでは聞いたことがないし、おそらくアビュースタでも稀少きしょうなものだろう。もしかすると世界にひとりしかいないのかもしれない。


だからこそ、その貴重なヴァイオスを守るため、アビュースタ軍はディックル兄妹を少女のそばに置いているのだ。


ヴァイオスの影響を受けないということは知らなかったが、イナビリティ以外の能力は一切使えなかったはずだ。物理的な攻撃を防ぐ手立ては持っていない。



 人間性を感じさせないガラス玉のような目でシャルロットを見据えたまま、ゲルリンガー中佐の手が動く。


「やめろ――っ!!」


リッガルトの叫び声が聞こえたのと同時だった。中佐の真っ赤な爪が空を切ったように見えた。


何が起きたのかわからないという表情を浮かべたままの、シャルロットの頭部が胴体からすべり落ちる。


地面に転がり空を見上げた少女の顔に、頭を失った首から噴き出した鮮血が降り注ぐ。


 リッガルトは   間に合わなかった。


神はテレポートの一瞬を待ってはくれなかったのだ。力なくひざを着き、血まみれのシャルロットの頭部を抱きかかえて空を仰ぐ。


「うおおおおおおおおおおおお!!!」


リッガルトは吠えた。獣のように。


 テュテュリンは全身の力が抜けたようにその場に座り込み、クレープ売りのおばさんはほうけた顔で立ちつくしている。



 シャルロットの頭部を静かに下ろして立ち上がったリッガルトは、涙を拭いもせずゲルリンガー中佐に向き直った。


いつもの彼なら冷めた態度で何を考えているのかわからない。だが、今その顔には憎悪と怒りがはっきりと見て取れた。


全身から蒸気が立ち上り服の下の筋肉がピクピク動いているのがわかる。


膨張ぼうちょうした筋肉でひとまわり大きくなったリッガルトは、はち切れんばかりの殺意をまとって中佐ににじり寄る。


「この私に近づくことは許しません」


中佐の声などリッガルトには聞こえていない。


 中佐はエネルギーを練るような手の動きをしたがボリュックを作ることはできなかった。イナビリティの効力はすぐには消えないのだ。


慌ててハンドガンを抜き連射するも弾丸はすべて筋肉のよろいにはじかれてしまう。


役立たずのハンドガンを投げ捨てた中佐はきびすを返して走り出した。逃げるのか。テレポートを使えなければすぐに追いつかれるのに。


中佐はそれほど冷静さを失ってはいなかったらしい。近くに停めてあった軽装甲車に乗り込むとエンジンをふかして走り出す。ひき殺す気だ。


 リッガルトは動かない。猛スピードで突っ込んでくる軽装甲車を見据えている。いくら筋肉の鎧を着ていても無事ではすまないぞ!



「ドン!!!」


 鈍い音がして軽装甲車は止まった。壁にぶち当たったように前に進めなくなっている。エンジンはうなり、タイヤは煙を上げているがまるで動かない。


軽装甲車を押しとどめているのはリッガルトだ。全身の筋肉が限界を超えてふくらみ血を吹く。


「兄さん!!」


テュテュリンが叫んだ。


 それでも構わずにリッガルトは軽装甲車をがっしり抱えて、、、どうするつもりだ?


おい。ちょっと待て。。そいつの重量は5000ボドム、普通車の5倍もあるんだぞ!!! 


信じられないことに軽装甲車は地面から浮き上がっていた。


雄叫びと共に宙を舞った軽装甲車は真っ逆さまに落下する。地面をえぐるほどの衝撃しょうげきだったが、大きなダメージはない。わずかにゆがんだだけだ。


だからと言って運転手も無傷という訳にはいかない。


ゲルリンガー中佐にはシートベルトをつける時間はなかったはずだ。しばらくしてドアが開き、い出して来た中佐は頭から血を流していた。



 シャルロットの鮮血を浴び血まみれで歩み寄るリッガルトの姿は、ゲルリンガー中佐の目にどう映っているのだろうか。


引きつった声をあげた中佐は立ち上がろうとするも、平衡へいこう感覚を失ったように転んでしまう。何度試しても上手くいかずとうとうあきらめて這いずり始めた。


追いついたリッガルトが背中を踏みつける。力を入れているようには見えないが中佐は動けないらしい。地面をかきむしるようにもがいている。


足をゆるめると「しめた!」とばかりに逃げようとする中佐。


その時、わずかに浮いた中佐の身体の下にリッガルトの足が入り込み勢いよくけり上げた。仰向けに転がされた中佐は再びリッガルトの足に抑え込まれている。


「その汚い足をどけなさい!! 私はいずれリトギルカ軍のトップに君臨くんりんする男です。元帥げんすいも夢ではないんだ!」


 屈辱的くつじょくてきな扱いを受けた中佐は大声でわめき散らした。そんな言葉に感銘かんめいを受ける訳もなく、中佐の胸にのっているリッガルトの足は少しずつ沈んでいく。


「何を・・・するつもりですか・・・・・・」


赤い顔は色を失っていく。



「や、やめなさい!」


中佐の声はひきつっていた。胸を押さえつけるリッガルトの足をつかんで渾身こんしんの力をこめるがびくともしない。


肋骨ろっこつがきしむ音を聞いた中佐は、自由に動く手足をばたつかせてなんとか逃れようとしたが無駄なことだった。


肋骨がへし折られ悲鳴をあげる中佐。リッガルトの足は止まらない。折れた肋骨が肺に刺さったのだろう。血を吐きながらもがく中佐は絶望に顔をゆがめている。


「この私が、、こんな所で終わるはずはないんだ!!!」


それが中佐の最期さいごの言葉になった。


 胸を踏み抜かれた身体は手足をけいれんさせている。


リッガルトは足の上げ下ろしを繰り返した。何度も何度も。完全につぶされた中佐のまわりは血の海だ。それでもリッガルトは足を止めない。


返り血を浴びて自らを赤く染めながら足を振り下ろす。壊れた機械のように。この子は正気を失っているのかもしれない。


「やめて!!! もういいの! もう、いいんだよ!!」


テュテュリンの声にリッガルトは動きを止めた。前かがみになって中佐の頭に手をかけ力任せに引きちぎる。



 ハベス・ゲルリンガーは死んだ。


そして、この日、少年少女の日常も死んだ。


いつまでも続いていくものではない。時の流れとともに変わっていくことはわかっていた。だが、こんな形で唐突に断ち切られるとは誰も思っていなかったに違いない。


楽しかった学園生活がはやくも思い出に変わってしまった瞬間だった。


ディックル兄妹とセイスタリアス、ユーシス、それに、シャルロットの5人で、クレープを食べることは、もう、ないのだ。


失われて初めて、あの何気ない時間が宝石のように輝いていたことに気付くことだろう。


 俺にしてやれることはない。誰にも死者を生き返らせることはできないのだから。

たとえそれが、セイラガムと呼ばれる男であったとしても。

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