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4-1

 本当にこうするしかないのか? 

他にもっといい方法があるんじゃないか?


 憑依ポゼッションで管理センターの様子を探って戻って来ると、小さな大佐殿は壁にもたれて座り込んでいた。


黒ずくめの姿も少しも恐ろしげではない。何もできそうにないからだ。


力なく胸の上に頭を落しあえぐような息をしている。立ち上がることすらできそうにない。本人は大丈夫だと言っているがどこからそんなセリフが出て来るんだか。


 少年の心臓から取り出したFODチップは、マンションに残してきたティモシーが持っている。偽装ぎそう工作をしてもらうためだ。


ルシオンは俺のマンションに泊っていることにして、ティモシーにチップを持たせて学校に行かせる。そうすれば、ゲルリンガー中佐は少年が学校にいると思い込むはずだ。


ルシオンは3日目の学園祭を満喫まんきつした後、マリオッシュに向かうつもりなのだと考えることだろう。


 しかし、急にマリオッシュ攻略の期限を短くしたのはなぜだ? 戦況になんらかの変化があったのか。命令の変更をルシオンにしか伝えなかったことにはどんな意図いとがある? 


それとも、ただの気まぐれなのか。


ああ。きっと、そうだ。中佐は学園祭を精一杯楽しもうとしている少年を苦しめたかったのだ。自分のゆがんだ欲望を満たすためだけにこんなことをしたんだ。


アビュースタ人はセイラガムを悪魔と呼ぶが、本当の悪魔はハベス・ゲルリンガーだ。



 “9”には2個中隊の占領軍が居座っている。当初の計画通り、手術で安全にチップを取り出せていたとしても殲滅せんめつは簡単なことじゃない。


それなのに肝心かなめの大佐殿がこの状態では作戦はすでに破綻はたんしている。それでも決行するのは自殺行為だ。


やはり、止めるべきだ。


 意を決して大佐殿を見つめると、何を勘違いしたのか黒ずくめはすっくと立ち上がった。


心臓に埋まったチップを無理やりほじくり出し大量出血してから、まだ一日もたっていないことを強引に忘れようとしているかのようだ。


「はじめるよ」


静かだが力強い声だった。



 大佐殿が差しだした手を、俺は握らなかった。

いつもならポゼッションで得た情報を正確に伝えるため手を取ってテレパシーを送るのだが。


「止めよう。やっぱり無理だ。上手くいくとは思えない」


俺が送ったのは出鼻をくじく言葉だった。


「そう。」


大佐殿の反応は素っ気ないひと言だけ。その瞬間、俺への期待を断ち切ったのがわかった。俺を視界からはじき出し完璧な無表情で前へ、地獄へと踏み出す。


 俺の言葉には何の力もない。


いや、それ以前に大佐殿の決意はダイヤモンドより固い。どんな障害があっても決して揺らぐことはないのだろう。


そう言えばキャニングがぼやいていた。


「子供のくせしてこいつのがんこさはスペンサーのジジイに負けていない」と。


スペンサーという人物を俺は知らないが、とにかく一度言い出したら引き下がらないと言いたかったらしい。だったら俺にできることはひとつしかない。



 急いで大佐殿の後を追いかけ腕をつかむ。


「待てよ! 副官の俺をおいていくつもりか? どうしてもというのなら仕方ない。付き合ってやるよ。


後でキャニングやアンジェリカに何を言われるかわかったもんじゃないからな」


自分に言い訳しているようなセリフだ。振り返った黒い瞳に複雑な表情をした俺の顔がしっかり映っている。


「ん。」


相変わらず素っ気ないが今のひと言は弾んで聞こえた。


 こうなったらもう、信じるしかない。きっと上手くいく! どんな困難が待ち受けていようと必ず乗り越えて作戦は成功させる。


そして、何がなんでもこの無鉄砲を連れ帰ってやろうじゃないか! いちばん会いたいであろうふたりの元へ。


 俺は握りこぶしをつくって前に突きだした。そこに大佐殿の拳がコツンとぶつかる。


「よし。行こう!」



 管理センター内部はポゼッションで見たとおり静かなものだ。モーター音の他には兵士の話声しかしない。こうも静かだと動きにくい。


ここを完全に奪還だっかんするまでは俺たちの動きを占領軍に察知さっちされるわけにはいかないから、派手な行動はできない。


とりあえずすべての通信機器を使用不能にして、外部との連絡は取れないようにしておいた。ここからが問題だ。ひとりずつ兵士を倒していったのでは時間がかかり過ぎる。


なにか上手い手はないものか。


「あまり時間はかけていられないがどうする?」



 振り返るとセイラガムは静かに目を閉じている。こんな時になんの真似だ? 


その時、視界の端で何か赤いものがちらつくのが見えた。火だ。壁をなめていた火は油に触れたように爆発的に燃え上がり一気に大きな炎と化した。


「火事だ!!」


あちらこちらから悲鳴と叫び声が聞こえてくる。建物全体に火の手が上がっているらしい。



 むきだしの顔を焼く炎の熱をさえぎろうと手をかざす。このままでは俺たちも焼かれてしまう。


「ここはひとまず逃げよう」


大佐殿は首を振る。


「よく見て」


どういうことだ? 考えてみればこのタイミングで火事が起きるなど都合がよすぎる。もしかするとこれは・・・・・・


 目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。


熱くない! 燃え盛る炎を見て勝手に熱いと思いこんでいただけなのか。これは、大佐殿が作りだした幻覚だ!!


それでも炎の効果は絶大だった。センター内にいた兵士の大半は泡を食って逃げ出した。


「みんな落ち着け! 火元は確認したのか」


不自然さに違和感を感じたのであろう何人かがわめいている。だが、混乱の中で耳を傾ける者はいない。


管理センターは落ちた。



 これで終わった訳ではない。ここからが本当の時間との勝負だ。


ほどなくセンターが奪還されたことはゲルリンガー中佐の知るところとなるだろう。手段を選ばない中佐がどんな手を打ってくるか。


ユーシスの友人に危害を加えるぐらいのことはためらいもなくやらかしそうだ。そうでなくても“9”の住民をたてに取られたら身動きできなくなってしまう。


そうなる前に司令部を押さえなくてはならない。


 次のターゲットは占領軍司令部とゲルリンガー中佐だ。だが、そこに中佐はいなかった。どこにいるのかわからない中佐を探して無駄にする時間はない。


当初の計画では、司令部を落した後、各地に散らばっている占領軍の拠点をひとつずつつぶしていく手筈てはずになっていた。しかし、今のセイラガムにそれだけの体力はない。


だったら、向こうから来てもらおうじゃないか。俺たちはここで占領軍を迎え撃てばいい。


「司令部が武装した住民の集団に襲撃しゅうげきを受けている。至急応援を乞う!」


ニセの要請を各地の占領軍に送りつけてやった。



 次々に集まってくる占領軍兵士を片っ端からたたき潰していく大佐殿。彼にとってはたいしたことのない単純作業だ。


いつもなら。


今日の大佐殿は途切れそうになる意識をなんとかつなぎ止めている状態だ。重症を負ってまだ一日もたっていないのだ。傷がえるひまもなかった。


その上、身体を休めるどころか、こんな無謀な戦いに身を投じては目に見えて衰弱していく。


それでもなんとか敵を排除できているのは強大な特殊能力ヴァイオスがあればこそ。それすらもいつ底を突いてしまうかと気がきではない。


弱りきった身体から絞りだすように力を振るう姿には鬼気迫るものがあった。


 俺にできるのは、自分の身を守ることにまで気をまわす余裕のない大佐殿を守ることだけだ。占領軍兵士の攻撃や飛んでくるがれきから。



 どれだけの時間が過ぎたのだろう。とてつもなく長い時間に感じたが実際には1時間も経ってはいなかった。


司令部を奪還しようと向かってくる者はもういない。周囲を取り囲み突入のチャンスをうかがっていた兵士はすべて、死体になっている。


同僚どうりょう亡骸なきがらで埋めつくされた光景に胸が痛まないといったらうそになる。


俺はもう二度とリトギルカに戻ることはできない。わかっていたことだがこの光景に改めて思い知らされる。これからはアビュースタで素性すじょうを隠して生きていくしかない。


なあに、他人の目をあざむくことには慣れている。なんとかなるさ。。


 とにかく、これで“9”の安全をおびやかすものはなくなった。すぐに平和な日常が戻ってくることだろう。


ゲルリンガー中佐の所在しょざいが知れないことは気にかかるが、動かす兵がなくては占領軍の司令官といえども何もできはしない。


「終わったな」



 俺の言葉で緊張の糸が切れてしまったのか大佐殿の身体がぐらりと傾いた。あわてて抱きかかえ肩に背負う。


無理もない。気力だけで戦っていたのだから。青ざめた顔には汗でぬれた髪が貼り付き、酸素をむさぼるように荒い呼吸を繰り返している。


「見られたら面倒めんどうだ。さっさと退散しよう」


あれだけ派手な戦闘を繰り広げたのだ。異変に気付いた住民が集まって来ていた。遠巻きに司令部の様子をうかがっている。


「ローゼンストック賞はどうなったかな」


 大佐殿のつぶやきにほおがゆるむ。なんだ。そんなことを気にしていたのか。中身だけ先にユーシスに戻っているらしい。


「後でティモシーに聞けばいい」


ユーシスの代わりに学園祭を満喫したティモシーが、そろそろマンションに帰って来るはずだ。



 俺たちはすっかり気がゆるんでいた。作戦を成し遂げて何もかも終わったつもりでいた。もう周囲に敵はいないと確信していた。


そんなすきを悪魔は待ち望んでいたとも知らずに―――― 


 大佐殿がルシオンになるところを人に見られる訳にはいかない。テレポートできれば簡単なのだが、疲れ果てた俺に誰かを連れてとぶだけの力は残っていない。


大佐殿を支えながら人気のない路地を歩いていた時のことだ。

4人の男女と出くわしてしまった! それもよく知る4人だ。


シャルロットとディックル兄妹。そしてもうひとり。クレープ売りのおばさんも一緒だ。


学園祭が終わって帰るところなのだろう。あるいは、打ち上げパーティーに出かけるところなのかもしれない。学生たちは制服ではなく私服だ。しかも少しばかりめかし込んでいる。


「あんた。カッセームの」


 リッガルトは俺を覚えていたらしい。それから、俺の肩を借りてやっと立っている黒ずくめに目をやり顔色を変える。


「その男。・・・・・・まさか!」


気付かれた!!


リッガルトの反応で他の3人も俺のとなりに立つ男が誰なのかわかったようだ。そりゃそうだ。この黒ずくめ姿が誰のものなのか知らないはずがない。


どうする?! この4人を傷つけることはできない。ルシオンはこの人たちをこそ守りたいのだ。


やめてくれ!! 憎しみで呪い殺すような目でこの男を見ないでくれ!



 黒ずくめの姿を食い入るように見つめていたおばさんがのろのろと近づいて来た。大佐殿の正面で立ち止まると黒い顔を見上げる。


「・・・・・・ローエンは・・・・・・ ローエンはいい子だったんだ」


おばさんの声はしゃがれていた。


「母ちゃんに楽をさせてやるって軍隊に入って、毎月欠かさず仕送りをしてくれたんだ。あたしはお金なんていらなかった。ローエンさえ生きていてくれれば・・・・・・」


おばさんの暗い炎を宿した瞳から涙があふれる。この人もまた深い悲しみを抱えて生きていたんだ。


「ローエンを返せ。あんたはなんだってできるんだろ。だったらローエンを生き返らせておくれよ、セイラガムー!!!」


おばさんの叫びは周囲の騒音を切り裂いてひびいた。


 まずい! まずい!! まずい!!! まずいぞ!


何人かの住人がこっちを見ている。息を殺して黒ずくめを見つめる人々の顔には恐怖と同量の憎悪が浮かんでいる。


セイラガムはアビュースタ人にとっては憎むべき敵、死神のような存在だ。


いくら“9”を占領軍の手から解放するために戦っていると言っても、連中には仲間割れをしているようにしか見えていないだろう。



 はやくここから離れるんだ。手遅れになる前に!


「行かせないよ。あたしからローエンを奪ったむくいを受けるんだ」


大佐殿の腰に抱き付いたおばさんの目には悲しみと同じ深さの憎しみが居座っている。俺は強引に立ち去ろうとした。


だが、大佐殿にぶら下がるようにしているおばさんごと運ぶことは容易じゃない。


 シャルロットとディックル兄妹は、どしたらいいのかわからないという顔で立ちつくしている。


いつもやさしく笑っていたおばさんが見せる激しい憎悪に、たじろいでいるのは大佐殿も同じだ。


俺にはもうヴァイオスを使う力は残っていない。ぼろぼろの大佐殿も同じだろう。


くそっ!


「放してくれ!(この男はあんたもよく知っているユーシスなんだ!!)」


言いたくても言えないことがもどかしい。


「死んでも放すもんか!!」


憎しみをほとばしらせながら大佐殿にしがみつくおばさんは、真実を知ったらどんな顔をするのだろう。。                        

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