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2-5

 今日もリトギルカ軍総司令部からの命令を受けた大佐殿と俺は、アビュースタ軍の前線基地を目指していた。別に俺の力が当てにされている訳じゃない。


ゲルリンガー少佐は、俺に監視役かんしやくを買わせた気になっているようだがこっちにそのつもりはない。


小さな大佐殿の副官として行動を共にしているだけだ。


 ところが。ここのところの大佐殿は別の意味で目を離せない状態にあった。作戦行動中はそばを離れないようにして、彼の行動に注意を払うようにしている。


それは大佐殿が振るう力に巻き込まれる危険があるということであり、敵の攻撃の中心に立つということでもある。


高いリスクを承知で自分の得にならないことをするなんてのは俺らしくない。


副官としての責任を感じているのだとしたら馬鹿なことだ。


馬鹿なことだとわかってはいるが、、、アンジェリカのこともある。



 今回の任務のターゲット、アビュースタ軍の前線基地は小規模なもので、ざっと見たところ特別用心しなければならないような装備はない。


それでもここが重要な戦略的拠点というのであれば、複数のミュウディアンが手ぐすね引いて待ち構えているはずだ。


それなのに。大佐殿は作戦を練るどころか相手の出方をうかがうことすらしない。ミュウディアンの位置を確認することもなく正面から突っ込んでいく。


敵をなめているとか、自分の力を過信しているというのならまだましだ。そうじゃないから困り果てているんだ。


 盛大な一斉いっせい攻撃が始まった。大佐殿は雨のように降り注ぐ弾丸をシールドで防ぎ一気に基地までたどり着くと、迎撃用自動兵器をひとつひとつつぶしていく。


今回の任務には基地の建物はなるべく破壊しないようにとの注文がついているため、まるごとガレキにすることはできない。


無駄な軍事費の削減さくげんには賛成だ。それに、大佐殿に余計な殺生せっしょうをさせなくてすむ。


 セイラガム相手にこんな攻撃が役にたたないことは敵にもわかっているはずだ。これは時間稼ぎとみるべきだ。


今頃ミュウディアンたちは大佐殿を迎え撃つための準備を整えていることだろう。


どんな能力を持ったミュウディアンが配置されているのかといった情報はない。油断は禁物だ。


俺は警戒しようとしない大佐殿の代わりに、アンテナをはりめぐらせて周囲の様子を探りながらついていく。



 基地の内部に侵入しても行く手をはばむのは自動兵器だけで兵士の姿はない。が、無人ではない。


俺の感応テレパスは複数のひとの気配を感じ取っている。大佐殿には人数までわかっているとはずだ。


 わなを用意して待ち構え我々をそちらへ誘導しようとしていることは間違いない。俺はどんな異変も見逃さないようゆっくり進もうとするのに、大佐殿は構わず先を急ぐ。


「これは罠だ。もっと慎重にいけ!」


再三にわたる俺の忠告も完全無視だ。


こんちくしょう! 人の気も知らないで。どうなっても知らないぞっ!!


そんな捨て台詞ぜりふをたたきつけて放っておけたなら楽なんだが。



 幅の狭い通路にさしかかったとき、何か嫌な感覚が俺の背中をなでた。


それはほんの一瞬いっしゅんで緊張による錯覚さっかくだと言われればそんな気もする。その程度のものだった。だが、確かに俺のテレパスは何かを感じ取っている。


「待て!!」


声をあげたときにはもう遅かった。躊躇ちゅうちょすることを知らない大佐殿はすでに通路に足を踏み入れ、三歩も進まないうちに罠にはまっていた。


黒ずくめの身体には無数の糸が絡みつき、蜘蛛くもの巣にかかった羽虫のように身動きできなくなっている。


 大佐殿は自分の身体をからめ取った糸を何の感慨かんがいもない顔でながめている。よく見ると美しい光沢を放っているがただの糸であるはずがない。



「動かないほうがいいぞ。身体をバラバラにされたくなければな」


 その声は唐突に姿を現した男のものだった。いつの間にか囲まれている。瞬間移動テレポートしてきたミュウディアンは全部で5人。


「やったぜ! セイラガムを捕らえたぞっ!!」


「ハッ! なにがセイラガムだ。たいしたことないな」


「アギネス、おまえのトラップは最強だ」


アギネスと呼ばれた女は無理に笑っているように見えた。幼さの残る少女のような顔立ちの中に不安とおびえがはっきりと見て取れる。


ミュウディアンになったばかりなのかもしれない。



 おかしい。アギネスの頼りない笑顔がゆがんでいるような気がする。ミュウディアンたちも異変に気付きいぶかしんで声をかける。


「アギネス、どうかしたのか?」


返事の代わりにとんできたのは赤い液体だ。すでにアギネスは口を利くことができなくなっていた。


 たちこめる血臭の中に呆然ぼうぜんと立ちつくすミュウデイアンたち。その表情が見る間に変わっていく。身体の底からきあがってきた感情を形にするように。


涙を浮かべくちびるふるわせる者。歯をくいしばりこぶしをにぎりしめる者。悲しみと怒り、あわれみと憎しみ・・・・・・


彼らが見つめる先、血の海に転がっているいくつかの骨と肉のかたまりはアギネスだったものだ。


 セイラガムを捕らえたと浮かれたミュウディアンたちの気がそれた一瞬のすきに、アギネスは死んだ。


彼女の全身に絡みついた糸が音もなく食い込んでバラバラに解体してしまったのだ。

切り落とされた頭部にはゆがんだ笑顔が張り付いたまま―――



 ミュウディアンたちは顔を上げ、アギネスの亡骸なきがらの向こうにたたずむ大佐殿をにらみつける。激しい憎悪に燃える瞳で。


アギネスの死で糸から解放された大佐殿は、たった今自分が惨殺ざんさつした女のむくろを見降ろしている。何の感情も浮かばない顔で。


仲間を殺されたミュウディアンたちの怒りが臨界点りんかいてんに達した。


 憎悪を叩きつけるような攻撃は、しかしながらかすりもしない。


まずい! まずいぞ。このままじゃあとの4人もアギネスと同じ運命だ。


別に敵の身を案じてなどいない。大佐殿にこれ以上殺させてはいけないと思ったんだ。彼は今正常な精神状態じゃない。



「もういい! 逃げるんだ。あんたらに勝ち目はない」


 俺の叫びにお互いの顔を見合わせたミュウディアンたちの表情がくもる。だが、それはほんの一瞬だった。


「そうはいかない!」


「仲間を殺されたんだぞ。後には引けない!!」


無駄に大きな声も虚勢きょせいを張っているようにしか聞こえない。この状況では勢いだけで襲いかかって来ない分まだましなのかもしれないが。


 距離を取ったまま慎重に大佐殿の周囲をまわるふたりは、攻撃のチャンスをうかがっている。左右からの同時攻撃ではさみ撃ちにしようというのだろう。


だが、それは悪魔に攻撃のいとまを与えることでもあった。


不意に空中にわき出て来た水滴が何なのか、俺にはわからない。雨粒が空中に停止しているかのようだ。ミュウディアンふたりを取り囲んだ水滴がいっせいにふたりに襲いかかる。


「ジジジジジ・・・・・・」


 かすかな音をたて軍服の繊維せんいが溶ける。


「なんだこれ!!?」


ミュウディアンの叫び声は悲鳴のようだった。液体は軍服の下の皮膚まで溶かし始める。なすすべのないふたりは床の上を転げまわった。



 彼らは完全に戦意を失っていた。にもかかわらず、大佐殿はのた打ちまわっているミュウディアンたちに追い打ちをかけるように溶解液を降り注ぐ。


鼻をつく臭気を放ちながら絶叫と共に融けていく人体は、輪郭りんかくを保つことができず徐々にその形を失っていく。


「・・・・・・・助け・・・て・・・・・・」


救いを求めて伸ばした腕からずるりと肉が溶け落ち骨があらわになる。


 仲間に手を差し伸べようとしていたミュウディアンはあわてて後ずさった。腐乱死体の様相をていした仲間の姿に足がすくみ尻もちをつく。


歩み寄る大佐殿の瞳に自分の姿が捕らえられていることに気付くと、引きつった短い悲鳴をあげそれっきり動けなくなってしまった。


徐々にゆがんでいく顔に絶望の文字がくっきりと浮かび上がる。



 これじゃただの虐殺ぎゃくさつだ! 

大佐殿はまだ10歳の子供なんだぞ。我に返ったときどんな思いをすることか。


「もういい! 止めるんだっ!! 彼らに戦う意志はない」


大佐殿の暴走をくい止めようと必死に訴えるが、俺の言葉が響いていないことは明らかだった。


「やめられない。。敵は殺さないと。そうゆう命令だから」


 冷たい声だった。見逃してやる気は微塵みじんもないのだ。俺は死神と化した大佐殿の前に立ちふさがり背後のミュウディアンたちにテレパシーを送る。


『逃げろ!!』


ほんの一瞬でいい。死神の注意をそらすことができれば。


ふたりが上手く逃げてくれることを願って目くらましの閃光せんこうを放つ。



 硬く目を閉じていても網膜もうまくを焼く強烈な光は俺自身の視界をもうばっていた。


ミュウディアンたちが無事に逃げおおせたことを確かめようと、何度もしばたたかせて目をらす。


が、視界に飛び込んできたのは俺が望んだ光景ではなかった。


ミュウディアンたちはまだそこにいた。手足が奇妙な形に折れ曲がっている。何がどうなってこんなことになっているのかさっぱりわからない。


 はっとして視線を巡らすと、両の拳を前に突きだして立っている大佐殿がいた。


何を・・・しているんだ? 


大佐殿が拳を握りしめると同時に悲鳴をあげるミュウデイアンたち。どうゆう訳かふたりの身体がミシミシと音をたててひしゃげていく。


 そうか! これは魔法の手マジックハンドという能力だ。ミュウディアンたちを捕らえているのは見えない大きな手で、それは大佐殿の手と連動している。


つまり、ミュウディアンたちの命は大佐殿の手の中にあって、今まさに握りつぶされようとしているのだ。



「ミシメキミシ・・・・・・」


「パキポキパキ・・・・・・」


 聞き慣れない異様な音をたてて、抵抗するすべのないミュウディアンたちの身体がつぶされていく。トマトを握りつぶしたように赤い液体が四散する。


弛緩しかんしきった身体。生気を失った暗い瞳。すでに絶命していた。


大佐殿の手からは血がしたたり落ちている。あまりにも強く握りしめたため手の平に爪が刺さったのだ。


痛みを感じていないはずはないのに気にする様子もなく、無表情なまま更に固く手を握りしめる。


ちっくしょう!! また、止めることができなかった!


 俺は深く息を吸い込んで荒れ狂う気持ちを押え込み、表面だけはおだやかな声で言葉をかける。


「終わりだ。もう敵はいない」


大佐殿の固く握られた拳に触れるとふっと力が抜けてゆるんでいく。俺に向けられた瞳から緊張の色は消えているが感情は浮かんでこない。


それでいい。こんな現実とまともに向き合う必要はない。そんなことをしたら10歳の未熟な心は壊れてしまう。


 こんなことをいつまで続ければいいのだろう。


毎回、自分の無力さを思い知るだけの俺にはゲルリンガー中佐を呪うことしかできなかった。

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