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クリュフォウ・ギガロック復活のニュースは瞬く間に世界中に知れ渡った。リトギルカ軍が大々的に宣伝したためだ。
セイラガムの戦線復帰はそれだけでリトギルカ軍の士気を高める効果があったし、アビュースタ軍を動揺させることもできる。宣伝しない手はない。
ゲルリンガー少佐はめでたく中佐に昇任した。大佐に返り咲くのにそう時間はかからないだろう。あの狂人は小さな大佐殿を利用して更に上を狙うつもりだ。
ルシオンはセイラガムとして戦場に赴くことが増えてきており、そうなると当然ユーシスとしての生活に支障をきたすようになる。
学校を早退や欠席しなければならないことも度々で、まあ、そっちの方はなんとか理由をつけてごまかすことはできたが、問題はアンジェリカだ。
感の鋭い彼女が疑いを持たずに納得する理由を考えるのはなかなかに骨が折れた。
いっそのことルシオンが俺の家に住んでくれれば何かと便利だし、アンジェリカに気をつかう必要もない。そう考えて家を出たらどうかと勧めてみたがあっさり断られてしまった。
ルシオンとアンジェリカの関係はいまだによくわからない。
他人同士のふたりがどうしてひとつ屋根の下で暮らしているのかと、アンジェリカにたずねてみたことがある。
帰ってきた答えは「ルシオンが何をなすのか見届けるため」
その時の彼女の厳しい表情は、ふたりの間に横たわっている何か深い因縁のようなものを感じさせるものだった。
敗色の濃い戦場に勝利をもたらす切り札として便利に使われる大佐殿には、ひっきりなしにお呼びがかかる。
その日もとある戦場に向かっていた。もちろん副官の俺も同行している。
目的地はリトギルカ圏にもアビュースタ圏にも属さない海域だ。最近になってこの海域にある島に豊かな鉱物資源の存在が確認された。
島の所有を巡って戦端が開かれたのが1週間前で、3日前からは一進一退の膠着状態に陥っている。この状況を打開するため大佐殿が呼ばれたのだ。
要するに手っ取り早く片付けたいというのが上層部の本音だろう。
このままダラダラと戦闘を続けたんじゃ、得られる鉱物資源より多くのものを消費してしまうことにもなりかねない。
現地の指揮官に着任の報告をすませて早速作戦開始だ。最小限の戦力で最大限の効果をあげる。戦略の基本だ。我々は敵の頭を切り落とす作戦をとることにした。
手っ取り早く敵の旗艦内部にテレポートできればいいのだがそうもいかない。
その場所の様子を頭の中にイメージできなくては飛ぶことはできない、というテレポートの条件は大佐殿と言えども他の特殊能力者と同じだ。
とりあえず旗艦のそばまで行くしかない。普通に船で目的の場所まで向かうことにした。
我々が乗っているスピード優先の高速艇にたいした装備はない。が、そんなことはどうでもいいことだ。
大佐殿のシールドで守られた船は一直線に旗艦を目指す。目的地との最短ルート上にある障害物は、避ける間もなく高速艇の体当たりをくらうことになる。
それが小型の船なら木端微塵。大型なら船体に穴を開けられ沈没。運がなかったとあきらめてもらうしかない。
旗艦にたどり着くと装甲を突き破って内部に侵入、すぐさま戦闘状態になった。まるで、ここに来ることがわかっていたかのような対応の早さだ。
しかしながら、どんな備えも大佐殿相手に無意味なことはいつも通り。圧倒的な力の前に死体の山を築いていくのはアビュースタ軍の兵士たちだ。
「お久しぶりね、クリュフォウ・ギガロック」
柔らかな女の声にセイラガムの動きが止まった。
辺りには阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっているというのに空気が変わっている。ピーンと張りつめていた極限の緊張がゆるんだような。。
唐突にその場に現れたのはふたり。
ひとりは30手前くらいの柔らかな空気をまとったなかなかの美人で、もうひとりは口ひげをたくわえた中年の男だ。ふたりともミュウディアンの軍服を着込んでいる。
予想していなかった人物との再会なのだろう。大佐殿の黒い顔に身体の奥深くに沈めていた感情が浮かび上がっている。驚きと戸惑いと・・・・・・
「やはりこうなりますか。当然というべきですかね」
口ひげ男が味方の惨状をながめて苦々しげにつぶやき、もうひとりが大佐殿に視線を戻して毅然と語りかける。
「これ以上損害をだすわけにはいかないわ。このまま帰ってくれないかしら。それとも私たちと戦ってみる?」
何を馬鹿なことを! そんな言葉ひとつで大佐殿の戦意をくじくことができるものか。
と思ったら、おいっ!! なんだってそんなに動揺しているんだ!
いつもの無表情はどうした?!
大佐殿の心をかき乱すこの美女は何者だ?
「馬鹿な質問をしてしまったわね。私はミュウディアン、あなたはザックウィック。戦場で出会ったからには戦うしかないのにね」
大佐殿にかけられた言葉はなぜかやさしく聞こえた。
大佐殿はおびえたように首を振り後ずさる。明らかに彼女たちと戦うことを拒んでいる。
もしかしたら親しい間柄なのだろうか。ザックウィックとミュウディアンなのに?
ありえないと思えることでも可能性はゼロじゃないと、つい最近知ったばかりだ。
「さあ、戦いなさい。私たちに戦う理由があるようにあなたにもそうしなければならない理由があるのでしょう。だったらその意志を貫きなさい」
言い放つとミュウディアンたちは身構えて臨戦態勢に入った。まるで戦うことを拒む大佐殿をけしかけているようだ。
「・・・いや・・・だ・・・・・・いやだ・・・・・・」
力なく首を振り続ける姿はあのセイラガムのものとは思えない。
黒ずくめの姿がこんなにも弱々しく見えたのは初めてだ。本当はたった10歳の子供なのだとわかってはいても、その圧倒的な存在感はやはり頼もしい。
ところが今、帰り道を見失った小さな子供のように哀れで頼りないちっぽけな存在になり下がっている。
いや、そうじゃない。元々こっちが本当の姿なんだ。強大な特殊能力で鎧い畏れをまとって強く大きく見せているだけだ。
それらを取っ払ってしまえばただのか弱い子供に過ぎない。頼むからこれ以上彼を追い詰めないでやってくれ。
俺だってできることなら大佐殿にこれ以上の返り血を浴びせたくはない。とは言えそうはいかない事情がある。
大佐殿はこの海域からアビュースタ軍を排除せよとの命令を受けている。そして、その命令は確実に遂行しなくてはならない。彼自身の命と“9”の住民を守るために。
床をけったミュウディアンふたりは見失ったと思った次の瞬間にはもう、大佐殿に肉薄している。それなのに大佐殿は動こうとしない。
俺はすんでのところで大佐殿のまわりにシールドを展開するも、ふたりがかりの強烈な攻撃に耐えきれず弾けとぶ。
「しっかりしろっ! こうなったら戦うしかない」
目を覚まさせようと大佐殿の肩をつかんで激しく揺さぶるが、黒い瞳には困惑と恐怖が居座っている。
「・・・できない・・・・・・できない・・・・・・」
そんなことを言ってる場合かっ!
「向こうは本気だ。このままだと殺られるぞ!」
なんとか自分の身を守るくらいのことはしろと言ったつもりだったのだが。
「そのほうが・・・いい」
なにぃいい?!!
「馬鹿なことを言うなっ!!」
そんな気になるのもわからなくはないが、俺の目の前で子供が殺されるのを黙って見てられるか!
恐らくセイラガムに対抗するために送り込まれたミュウディアンなのだろう。かなりの使い手だ。ふたりがかりの攻撃から大佐殿を守るだけで精一杯だ。
俺は、勘違いをしていた。。
しまった!と思ったときにはもう遅い。
女の攻撃を避け、大佐殿を連れて跳んだその先にあらぬ方角から光の矢が飛んで来る。
もうひとりいたのか! 千載一遇のチャンスを狙って隠れていたんだ。
ミュウディアンはふたりだけだと思い込んでいた俺のミスだ。
生体エネルギーを凝縮し細長く練り上げたアローは、攻撃範囲は狭くなるが破壊力は格段にアップする。俺のシールドでは防げない。
大佐殿だけでも助けるんだ! 俺はとっさに大佐殿を突き飛ばした。
なにっ!! まっすぐに飛んでいたはずのアローが、、進路を変えただと?!
アローに追尾機能があるなんて、聞いてないぞ!
防御態勢をとろうともしない大佐殿の身体をアローが貫く様を思い描いた瞬間、頭が割れるような耳鳴りに襲われた。
「リアンクール中佐あああああ!!!」
耳鳴りが収まって聞こえてきたのは、艦内にコダマする口ひげ男の叫び声だった。
床に倒れている女にすがりつこうとして躊躇する男。女の胸から腹にかけての身体の大部分がなくなっている。
そうか。。力を使ったんだな。
俺が使ったヴァイオスは交換。
自分の未来を他人の未来とを入れ替えるヴァイオスだ。
と言っても、ほんの数秒先の未来だ。
数秒先とは言え、確定していない他人の未来を自分のものにするのには大きなリスクが伴う。数秒先に死亡する相手とエクスチェンジしてしまえば俺は確実に死ぬ。
俺はあの時、大佐殿の死に様を見たくないと思いながら口ひげ男を見た。だから、男と俺の未来が入れ替わったんだ。
男の未来が変わるということは男の周囲の未来も変わるということ。その過程で女の未来も変わったのだ。
エクスチェンジを使った瞬間に起こった事は俺にはわからない。激しい耳鳴りに何も聞こえず、何も見えてはいなかったから。
だが、力を使わなければどうなっていたかはわかる。俺は、己の無力さに打ちのめされ、失うものの大きさにおびえていたことだろう。
今まさに、口ひげ男がそうであるのと寸分たがわず。
「ち・・・がう・・・・・・」
背後の声に振り返ると、大佐殿が今死にかけている女よりもひどい顔色で呆然と立ち尽くしている。
違う? 何が?
「中佐、しっかりして下さいっ!!」
『そんなに大きな声をださなくても聞こえているわ』
口ひげ男の呼びかけに答える、リアンクール中佐と呼ばれた女のテレパシーはか細く不安定だ。
『あなたは無事?』
「はい」
中佐は安心したように息をついた。
『そこのあなた・・・・・・』
俺を呼んでいるのか?
『あなたみたいなひとがいてくれてよかった。これからもその子の力になってあげてね』
「こんな時に、あなたってひとは他人の心配ですか」
口ひげ男は泣きながら微笑んでいる。
『ごめんなさいね、クラーク。あなたには、本当に最期・・・ま・・・で・・・・・・』
それっきりテレパシーは途切れてしまった。
「中佐・・・ リアンクール中佐あああああああ!!!!」
クラークと呼ばれた男の、のどを裂くような叫び声がいつまでも響いていた。