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目的の海域に着いてみると、状況はさらに悪化していた。
アビュースタ軍に包囲され進むことも退くこともできないメギロス艦隊は、消耗戦を強いられ戦力のほとんどをはぎ取られていた。
もはや敵の関心は反撃する力のひとかけらも残っていないメギロス艦隊にはない。
籠の中の鳥を逃がすためやって来る、リトギルカの援軍を餌食にしようと手ぐすね引いて待っていた。
はっきり言ってそんなところに飛びこむのは気がすすまない。だが、俺に拒否権はない。それは小さな大佐殿も同じだ。
「どう戦うかは君次第です。ただし、私はそう長くは待てません。1時間が限度です」
ゲルリンガー少佐の言葉に俺はあきれた。
とっておきの秘策でも授けてくれるのかと思ったら丸投げだ。この状況でたった10歳の子供にどうしろと言うんだ。
それでもセイラガムの姿をしたルシオンは無言でうなずき唐突に姿を消した。瞬間移動したのだ。
「何をしているのです。早く追わないと見失いますよ」
言われるまでもない。俺は大佐殿の副官だ。だからといって命を捨てるつもりはない。
いざとなったらとっとと逃げてやる。その時はルシオンも一緒だ。
なぁに、責任は少佐が取ってくれるさ。元々無茶なことを押し付けられているんだ。
ルシオンの後を追ってテレポートアウトしたのはメギロス艦隊の旗艦の上だった。大佐殿はブリッジに向かっているようだ。
ギガロックの姿を見たブリッジ要員は一様に驚いた顔をしたが、すぐに安堵の表情に変わった。
「また、君の世話になることになったな。面目ない」
セイラガム(の姿をしたルシオン)に声をかけてきたのは、メギロス艦隊司令官のエンズリー准将だ。
セイラガムに助けられるのは初めてではないらしい。黒ずくめの手を取ってしっかりと握手を交わす。彼に強い信頼を寄せているのだ。
だが、この黒ずくめの男は本物のセイラガムじゃない。本当は10歳の子供だ。ルシオンはどうするつもりなのだろう。
黒ずくめは動かなかった。ただ、両軍の攻防を見守っている。援軍が決死の覚悟で敵の包囲網に切り込んでいく様を。
援軍が前進すれば敵は後退し、包囲網の中に取りこもうとしていることは明らかだ。次第に閉じられていく脱出への道。
援軍は退路を維持することはあきらめ、救助を待つメギロス艦隊の元へたどり着くことに戦力を集中させるようだ。
友軍と合流した後、一か八か、もう一度包囲網に穴を開け脱出を図るつもりなのだろう。
だが、そう上手くいくとはとても思えない。これは包囲網の中に誘い込むための罠に違いない。このままでは援軍もろとも全滅ということにもなりかねない。
エンズリー准将にもそれはわかっているはずだ。それなのに止めようとはしないのはなぜだ?
――――この場にセイラガムがいるから?
だから、安心しているのか。セイラガムがいればどんなに危機的な状況でもひっくり返してくれる。そう信じて疑っていない。本物のセイラガムならそれも可能だろう。
だが、この黒ずくめは偽物だ。
真実を伝えて援軍に引き返すよう忠告すべきだ。そう思った時には、もう手遅れだった。援軍の全艦艇は包囲網の中に飲み込まれ脱出は不可能だ。
こうなったらセイラガムが偽物だとばれる前にルシオンを連れて逃げるしかない。
我々の周囲をぐるりと取り囲んだ敵艦の砲門がいっせいに開かれ哀れな籠の鳥に照準を付ける。砲門が火を吹くと同時にルシオンを連れてテレポートしよう。
今だ!
ズガガガガァアアン! ゴゴゴゴゴウゥンンン!!
凄まじい轟音とほとばしる閃光に聴覚と視覚を奪われるが身体に感じる衝撃はない。
上手くテレポートできたのだと思った。だが、視覚が戻ってみるとそこは元の旗艦の中だ。テレポートできていない!
それでも無事だったのは、旗艦への着弾がなかったからだ。あの状況で一発の砲弾にも当たらないなんてことがあり得るのか。
何がどうなっている!?
外の状況を確かめようとしてますます訳がわからなくなる。
アビュースタの艦隊が消えた!?
いや、違う!! 位置関係が入れ替わっているんだ!!!
アビュースタ軍に包囲されていたはずが、メギロス艦隊と援軍のすべての艦艇は敵包囲網の外にいる。つまり、我が軍がアビュースタ軍を包囲するかたちになっているのだ。
我々を殲滅したと思ったアビュースタ軍の驚きはどれほどのものだろう。気が付けば立場が逆転していたんだ。パニックは必至だ。
とは言え、数で劣る我が軍の包囲網は完璧じゃない。包囲網の穴から逃げることも可能なはずだがどうやら動けないらしい。これも大佐殿の力なのか。
あとはただの砲台と化した軍艦をひとつひとつ沈めていけばいい。
「一発でも残っていれば一矢報いてやるものを!」
戦闘に加われないエンズリー准将は歯ぎしりして悔しがっている。血気盛んな人物らしい。俺なら命拾いしたとほっと胸をなで下ろすところだ。
それにしても、あの一瞬に何が起きたのか。
「狐につままれたような顔をしているな」
エンズリー准将が俺の顔をのぞき込んで笑っている。
「こんなことは朝飯前だと言ってやれ」
准将が振り返った先にはセイラガムの姿をしたルシオンがいる。
「我々はこれで失礼します」
黒ずくめは准将に敬礼すると来た時と同じように唐突に姿を消した。
ブリッジの全員が敬礼をして見送っている。その顔には揺るぎない信頼と感謝がはっきりと見て取れる。
やはりそうか。。そうなんだな。
ルシオンはセイラガムの姿を借りているんじゃない。ルシオンがセイラガム本人なんだ。
メギロス艦隊と援軍のすべての艦艇を同時にテレポートさせるなんてことが、セイラガム以外の誰にも可能なはずはないのだから。
本当はあの黒ずくめの姿を見たときからわかっていた。ルシオンがセイラガム本人であると。そう考えればすべての謎が解けるし、つじつまが合ってしまうのだ。
ミルネルモス要塞とソアレス9の交換という、どう考えてもアビュースタにしか利がない交渉をリトギルカから持ちかけたのは、“9”ごとセイラガムを手に入れるためだ。
ミルネルモスがどれだけ重要な戦略的拠点であろうが、セイラガムとは比べる価値もない。
要塞を落とすためにどれだけの犠牲を払っていようが、彼さえいれば手放した要塞を再び奪取することもたやすいのだから。
第29戦略戦術研究所なんていう施設をルシオンのためだけに用意したことも、FODチップと人質との二重の足かせで逃げられないようにしていることも、すべてに説明がつく。
間違いない。ルシオンは正真正銘クリュフォウ・ギガロック大佐そのひとなのだ。
もちろん、ノプルクール海戦のセイラガムはルシオンじゃない。
つまり、セイラガムはふたりいるんだ。
俺は知ってはいけないことを知ってしまったんじゃないだろうか。
帰りの高速艇の中で眠ってしまったギガロック大佐は少年の姿に戻っている。久しぶりに巨大な力をふるって疲れてしまったのだろう。
こうしていると天使にも見えるこの子がセイラガムだったとは。。その力を目の当たりにしても信じられない気分だ。
俺はこんなとんでもない秘密と力を持った人物の副官になってしまったのか。保身第一の俺が最も望まない役職だ。
とにかく深入りしないことだ。余計なことに手は出さない。言われたことだけこなしていればいい。
そう自分に言いきかせながらも少年を不憫に思うもうひとりの自分がいる。おいおい、変な気は起こすな。波風立てるようなことはしたくないんだろ?
ところで。大佐殿はあの敬礼を目にしただろうか。もし、見ていなかったなら俺の記憶にある光景を見せてやろう。
あの敬礼もまなざしも彼らを窮地から救ったセイラガムに向けられたものなのだから。