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1-5

 静まりかえった室内に聞こえるのはかすかなルシオンの寝息と時折めくる紙の音だけ。俺は途中で投げ出した誓約書に目を通しながら少年に付きっていた。


「くうっ!」


 小さなうめき声が聞こえた。


おいおい!! 何をやっているんだ、この子は! 


ベッドから立ち上がろうとしてよろめいた少年を支えてやる。

眠っていたんじゃなかったのか。そんな身体でどこへ行くつもりだ?


「まだ無理だ。ベッドに戻れ」


「ヤダ。うちに帰る」


ふらふらのくせにやけに力強くはっきりとした声だった。


 ルシオンは壁につかまりながらドアに向かって歩き出す。が、たどり着かないうちにがっくりとひざをついてしまった。


ほら見ろ! 無理だって言ってるのに。大人の言うことは素直にきくもんだ。


しょうがないなあ。

肩で息をしている少年を抱き上げ、ベッドに運んでやろうとすると思わぬ抵抗にあう。


「おろして!! はやく帰らないとアンジェが・・・・・・」


アンジェとはルシオンと一緒に暮らしているアンジェリカ・マスカーレのことだ。



 なるほどそうゆうことか。だったらその格好はまずいだろ。


「まずは着替えだ。そのまま帰ったりしたら質問攻めにされるぞ」


「あ。」


 自分の姿に視線を落としたルシオンは情けない顔をした。薄い病衣を一枚まとっているだけだとやっと気付いたらしい。全身の力が抜けたようにその場に座り込んでしまう。


ひとりではどうにもならないとわかったか。


「甘えられる時は甘えればいい。それが許されるのは子供のうちだけだ」


 手伝ってやりながら着替えをすませると、すっかりおとなしくなったルシオンを連れて部屋を出た。


ゲルリンガー少佐の言葉からすると、ユーシスとしてこれまで通りの生活を続けることに問題はないはずだ。


狂った少佐に何をされるかわからないし、いつまでもこんな所にいる必要はない。



 モータービークルに乗り込んでからルシオンにきいた。


アンジェリカには何も話していないらしい。今日も学校が終わったらバイトに行っていると思っているはずだ。だからいつも通りの時間に帰宅しなくてはならない。


アンジェリカは約束にきびしい。そしてルシオンは、今自分が置かれている状況をアンジェリカに知られたくはないと思っているのだ。


 古いがきちんと手入れされた家の前でモータービークルを停める。助手席のルシオンは変身メタモルフォーゼの能力でユーシスの姿になっている。


身体を成長させたせいで傷口が引きつれてしまったのだろう。胸を押さえ玉の汗が浮いた顔をゆがませている。アンジェリカの前で何でもないように振舞うのは至難しなんわざだ。


「今夜は俺の家に泊れ」


 気をきかせて提案するが返事はない。


「アンジェリカに事情を説明してくる」


ルシオンは不安気に俺の顔を見つめている。


「このウォスレイに任せておけ。うそつきの能力には自信がある」


自分を皮肉ってどうする。だが、ルシオンの心をほぐす効果はあったようだ。


「ん。」


久しぶりに聞いた素直な返事だった。



 アンジェリカは近所の診療所で看護師をしている。セピア色の瞳と萌黄色もえぎいろの髪をした少しばかりキツイ感じの美人だ。


21歳のアンジェリカと16歳のユーシスは、恋人同士と言っても違和感のない歳まわりだが、実際にはユーシスはルシオンであり11歳も年下だ。そんな色っぽい関係じゃない。


世間体せけんていには親のいないユーシスの保護者ということになっている。


 ダナン島生まれ。父親は評議会議員。看護師の資格取得後、アリアーガ島にあるマッカラーズ基地に勤務。


2年程看護師として働いていたが自主退職。


同じ時期に恋人だった基地の訓練生が死亡している。訓練中の事故だった。この辺りに退職の理由がありそうだが詳しいことはわからなかった。


もっとわからないのはルシオンの後を追うように“9”にやって来た理由だ。しかも押しかけるようにして同居を始めている。



 監視を続けていてわかったこともある。


ルシオンはアンジェリカに従順だということだ。彼女の言いつけは必ず守るし、俺が知る限り口ごたえしたことは一度もない。服従と言い換えた方がいいかもしれない。


だがそれは、彼女を恐れているということではない。

アンジェリカを、アンジェリカとの生活を大切にしているからなのだ。

 

 そして、アンジェリカはルシオンに対してとても厳しく、逃げや手抜きを許さない。突き放すような言葉や傷付けるような言葉をよく口にする。


そのくせ、かいがいしく世話をやくのだ。


強く育てるため子供を厳しい環境に追い込む島があるらしいが、彼女が育ったダナン島にそんな風習はない。


このふたりの関係は謎だ。



 さて。どんなストーリーならアンジェリカを納得させられるだろうか。上手くうそをつくコツは真実にうそを混ぜることだ。


ユーシスがカッセームをめて俺の知人ところで働くことになった。これから送別会で帰りが遅くなりそうなので俺の家に泊めることにした。


うそは“送別会で帰りが遅くなる”の部分だけ。我ながら上等の出来だ。


 話を聞いたアンジェリカはモータービークルに歩み寄りユーシスに言葉をかける。


「お酒をすすめられても絶対に飲んではだめよ。それくらいのこと、当然わかっているわよね」


ルシオンは一緒に住んではいてもアンジェリカは家族ではないと言っていた。だからと言ってただの同居人というわけでもなさそうだ。


言い方は冷たいが少年のことを心配していることには違いないのだから。




「コレハドウ言ウ事デスカ?」


 玄関先で仁王立におうだちになったティモシーは俺をにらみつけている。ように見える。実際には彼女はまゆひとつ動かしちゃいないのだが。


つまりは、俺の方がにらまれるようなことをしていると自覚しているからそう見えてしまうのだろう。


 原因ははっきりしている。ティモシーは俺の任務が変更になったことをまだ知らない。


監視しているはずのターゲットを連れ帰ったりしたら混乱するのは当然だ。しかも俺の腕の中に抱かれているとなれば。


「ちゃんと説明するから。その前にこの子を休ませたい。ケガをしているんだ」


「ワカリマシタ」


しぶしぶな声に聞こえたのは気のせいだろうか。



 とりあえずルシオンを俺のベッドに寝かせてから事情を説明した。


さすがロボット。状況を飲み込むのは早いし、細かい質問を浴びせて俺を悩ませることもない。きかれたのはひとつだけ。


「私ハルシオンニドノヨウニ接スレバ良イノデスカ? コノヨウナケースノデータガ有リマセン」


それもそうだ。母親 姉 恋人 友達・・・・・・ う~ん、どれも違う。


「となりの家のお姉さん」


 これだ! 我ながらいいことを思いついた。


「少シ待ッテ下サイ。データヲ検索シマス。・・・・・・ 有リマシタ。保存サレテイルデータハ一件ダケデス。コレダケデハ正確トハ言エマセン」


「そういうことは正確でなくてもいいんだ。そのデータのとなりの家のお姉さんで構わない」


疲れていた俺は早くティモシーから解放されたくて、つい適当なことを言ってしまった。



 いい加減な返事のつけは翌朝にまわってきた。


「ネエ、坊ヤ。私キレイカシラ?」


なまめかしいポーズをとりつやっぽい声をだすティモシーに、俺は火のついた煙草たばこを落としてしまった。


坊やと呼ばれたルシオンは、食事の手を止めておかしなことを口走るロボットを見つめている。


「なんの真似だ!! 子供に色気を振りまいてどうする!」


「ルシオンニハ隣ノ家ノオ姉サンノ様ニ接スルヨウニト、ウォスレイガ言イマシタ」


 あ。。思い出した。


ティモシーが毎回欠かさずにみていたドラマの中に、ハイスクールに通う少年がとなりの家のお姉さんに色仕掛けで迫られるというのがあった。


彼女はこのドラマを手本にしているのだ。


「となりのお姉さんはやめだ! 俺と同じでいい。俺と同じようにルシオンにも接すればいい」


「ソレハデキマセン」


なにぃいい!?



「ウォスレイトルシオンハ同ジデハ有リマセン」


 はあぁぁあ? そんなこと当たり前じゃないか。


「ウォスレイトハ20年間一緒ニ居マスガ、ルシオントハ会ッタバカリデス。ウォスレイハ大人デスガルシオンハ子供デス。ウォスレイハ軍人デスガルシオンハ学生デス。


ウォスレイハ・・・・・・」


どうしたというのだろう。まるで怒っているみたいじゃないか。


「わかった、わかった! だったら母親だ」


「ワカリマシタ。母親ノデータハ129件有リマス」


 ティモシーは早速ちまたの母親のように口うるさくなった。


「モット沢山食ベナクテハ体力ハ回復シマセンヨ」


「口ノ回リガ汚レテイマス」


すまん、ルシオン。犠牲ぎせいになってくれ。これでやっと落ち着いて煙草が吸える。


 この日は休日だったためルシオンはうちで預かることにした。


ゲルリンガー中佐にえぐられた胸の傷ははやくもふさがり始めている。FODチップを心臓に抱いたまま・・・・・・



 ティモシーとルシオンはすっかり打ち解けた様子だった。


ままごとのように母親と子供の役を演じている。かいがいしく世話を焼く母親と素直に言うことをきく子供。絵に描いたような母子像だ。


10歳のルシオンにとってティモシーは格好かっこう好奇心こうきしんの的なのだろう。彼女の動きをずっと目で追っている。


「ドウシテズット私ヲ見テ居ルノデスカ?」


「気になるから」


「私ガロボットダカラデスカ?」


「ん。ヤだったらやめる」


「ロボットニ気ヲ使ウ必要ハ有リマセン」


「でも、やめる」


「アリガトウ。貴方ハ優シイ子デスネ」


 あたかもひとの心を理解しているかのような物言いだ。


言っておくが、ティモシーはただのロボットじゃない。俺が20年間育ててきた特別な人工知能なんだ。


もしかしたら、本当にひとの心を理解しているのかもしれない。なんてことを考えるのは馬鹿げているだろうか。

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