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1-3

 こんなに気が重いドライブは初めてだ。


俺は指定された場所を目指してモータービークルを走らせている。昼下がりの街角に立つユーシスを見つけてますます気が重くなる。溜息ためいきをつくのは何度目だろう。


 ユーシスの前に停車してドアを開ける。助手席に乗り込んだ少年の動きが止まった。運転席の俺を見て。凍り付いたように俺の顔を見つめている。


やめてくれ! そんなに見ないでくれ!!


「どうして・・・・・・」


口数の少ないユーシスは俺を質問攻めにしたりはしない。うそでごまかすことはできる。だが、その場しのぎのうそは余計に傷つけるだけだ。


「ゲルリンガー少佐の命令で迎えに来た。俺はリトギルカ軍人だ」


 ユーシスは聞きたくないと言うようにそっぽを向き、それっきり俺の方を見ようとはしなかった。


だから...やめておけばよかったんだ。必要以上に親しくなるべきじゃないとわかっていたのに。



「おまえさんが怒るのは当然だ」


 今日13本目の煙草たばこに火をつけながらとなりの少年に話しかける。


「でも、俺はあやまらないぞ。おまえさんを監視かんしせよという命令だったんだ」


 気配でユーシスが振り向いたのがわかったが、俺は進行方向から目を離さない。とてもじゃないが顔なんか見られない。


「ぼくを見張っていたんだ」


「そうだ」


「カッセームにいたのもそのためなんだ」


「そうだ」


「みんなのこともだましていたんだ」


「そうだ」


―――――


 長い沈黙ちんもくがあった。


「・・・・・・どうして、違うっていってくれないの?」


「すまん・・・・・・」


「うそつき。あやまらないっていったのに」


「そうだな」



 許してくれた訳ではないだろう。だが、車内の空気は幾分ゆるんでいた。


「俺の名はウォスレイ・シーボルグ。エアトン・ファイクスは偽名だ。ザックウィックで階級は少尉。他にききたいことがあるか」


ユーシスは少し考えてから口を開いた。


「やさしくしてくれたのも監視するため?」


「それは違う。店長に頼まれたんだ。おまえさんの面倒をみてやってくれとな」


「そう」


ユーシスはまた、プイとそっぽを向いてしまう。


「質問はそれだけか。タイムセールだ。今なら何でも答えてやるぞ」 


機嫌きげんを直してもらおうとしたのだが次の質問がくることはなかった。


 ユーシスは窓の外に目を向けたまま。窓ガラスに映る顔に表情はなく、何を思っているのかうかがい知ることはできなかった。



 少佐に指示された行き先は刑務所だった。なんだってこんな所に連れて来させるのだろう?


高いへいに囲まれたその場所には囚人しゅうじん看守かんしゅもいない。すれ違うのは兵士と白衣を着た者ばかりだ。


 所長室のプレートが貼られた部屋にゲルリンガー少佐はいた。


執務机しつむづくえの前に座りヤスリで爪をみがいている。その手を休めることなく、入り口に立っている俺たちに声をかける。


「待っていましたよ。入りなさい」


ユーシスは昨日のような動揺を見せることなく完璧な無表情をつくりだしていた。それはこれから起きるどんなことにも心乱されるものかと身構えているようでもある。


室内に足を踏み入れた少年は少佐を前にしても毅然きぜんとしていた。



「話を始める前に元の姿に戻ってくれませんか。私はルシオンと話がしたいのです」


 ゲルリンガー少佐の要求に従いユーシスの身体が白く光りだす。全身を包む光は次第に輝きを増しまぶしさに正視できなくなる。


すぐに光は薄れ視界が開けるがそこにはもうユーシスの姿はなかった。


俺のとなりに立っているのは、銀色の長い髪と青味がかった緑色の瞳をした少年だ。彼の名はルシオン。ユーシスの真実の姿だ。


10歳のルシオンは16歳のユーシスより当然ながら身体が小さい。今までぴったりだった服がぶかぶかになってしまいことさら幼く見える。


 ルシオンがユーシスの姿になっていた能力は変身メタモルフォーゼと呼ばれている。自分の外見を変えて別人の姿になることができる。非常にめずらしい能力であるためあまり知られていない。


 四六時中監視していた俺は自宅でのルシオンの姿を見ていた。だが、じかに見るのは初めてだ。


もちろんユーシスの姿でも十二分にかわいらしいが、それでもまだ地味でおとなしい方だと言える。


ルシオンは、誰でもひと目見ただけで一生忘れられなくなるであろう印象的な容姿をしているのだ。その衝撃しょうげきを表現できる言葉を俺は知らない。


例えるなら天使。これがいちばんしっくりくる。



「よろしい」


 お望みのルシオン少年を前にしたゲルリンガー少佐は、満足げにうなずきガラス玉のような目を細めた。


ヤスリを机の上に置くと、もったいぶった仕草で立ち上がり少年に歩み寄る。


「1年6か月。好きに生きることはできましたか」


俺のとなりで少年が身体を固くしたのがわかった。


「私の方は大変でしたよ。君は脱走しただけでなくアビュースタに肩入れしましたね。おかげで私は大佐から少佐に降格です」


脱走? アビュースタに肩入れとはどうゆうことだ?


「でも、もう許してあげましょう。君はこうして私の元に戻って来たのだから」


 少佐はルシオンのあごを真っ赤な爪の先でつまみ上げ、息がかかるほど近くまで顔を近づけた。


「君は私のものです。二度と手放したりはしません」


呪いをかけるようなぞっとする声だった。



「心配することはありません。君をリトギルカに連れ戻そうとは考えていませんから」


 少佐はルシオンから手を放し優しげな声と表情をつくった。いかにも上辺うわべだけの。


「ずっとここにいてもいいのですよ。君が望むのならこれまで通りの生活を続けられるようにしてあげましょう」


ルシオンは黙って聞いている。


「ただ、アルバイト先を変えるだけでいいのです。レストランでのアルバイトをやめて私の元で働きさえすれば何の問題も起きません。もちろん、充分な報酬ほうしゅうは支払います」


 そらきた。こんな子供に何をさせるつもりなのか。


「私の言う通りにしていれば、君の友人にも、“9”の住民にも、不幸が起きることはありません」


卑劣ひれつなやり方だ。

少佐は“9”を人質にしてルシオン少年を自分の言いなりにしようとしていた。



「私に忠誠ちゅうせいちかってくれますね」


 少佐は余裕の笑みを浮かべて返答を求める。もちろん、イエスの。それ以外の返答などハナから受け付けるつもりなんかない。


ルシオンは無言でうなずいた。承諾しょうだくしたと言うよりあきらめたと言う方が正しい。


「もう二度と私の元から逃げたりしないと約束できますか」


少年はもう一度うなずいた。


「よろしい。では、そのあかしを見せてください」


 少佐のくちびるの端がつり上がる。紫色の薄い唇の隙間すきまから先がふたつに割れた舌が出てきそうだ。嫌な予感がする。



 少佐は執務机の引き出しから小さな箱を取り出した。指輪を納めるくらいの大きさだ。ふたを開けて中身を見せる。それが何なのか俺にはすぐにわかった。FODチップだ。


特殊能力者ヴァイオーサーを監視、管理するための道具で対象の身体に埋め込んで使用する。信号を発信することで常に所在地を知らせ続け、特殊能力ヴァイオスを使うと別の信号を発信する。


基本機能はこのふたつで用途に応じて様々な機能を付加することが可能だ。


例えば、能力を使うと電気ショックを与えるとか、興奮こうふん状態になると失神させるといったようなものだ。要するに能力の使用を抑制よくせいするために使われることが多い。


 一時期、俺の左肩にもこいつが埋まっていた。危険な能力を持っていない・・・・・・と判明するまでの半年間、それはずっと俺の身体の中にあった。


今こうして思い出すだけで左肩がうずいてくる。


もし、危険な能力を持っているとわかったなら、ザックウィックのエリートを養成するための施設に収容される。


本人の意志なんか関係ない。より多くのアビュースタ人を殺すための殺人マシンにされるんだ。



「このFODチップは特別製で自爆装置が付いています。それを起爆させるには私が持っている発信機のボタンを押すだけという手軽さです。なかなかのすぐれ物でしょう?」


 なんてものを作ったんだ! この男はっ!! ヴァイオーサーをなんだと思ってやがる!


「ルシオン。これを君の心臓に埋め込むことで私との契約の成立としましょう」


!!!!


こいつは人間なのか!? 俺は声もなくハベス・ベルリンガーという男の顔を見つめた。見かけ通り人間性のかけらもない冷たい生き物だったらしい。


嫌悪の視線に殺意を込めてにらみつける。視線だけで人を殺すことができるなら少佐は死んでいたことだろう。


「なにか言いたい事がありますか」


 狂気の視線が俺の心臓をつらぬいた。背筋に冷たいものが流れ、凍りつきそうな舌をなんとか動かす。


「・・・・・・ありません」



 こいつに逆らうのは危険だ。俺の保身センサーが警鐘けいしょうを鳴らしている。それでもさすがに黙ってはいられない。


「ただ。チップを心臓に埋め込むなど聞いたことがないので驚いただけです」


「私も聞いたことはありませんよ。これが初めての試みになるのかもしれませんね」


こいつぅうう!! 涼しい顔でとんでもないことを言いやがる!


「確かに並みのヴァイオーサーには危険が伴うかもしれません。ですが、この子は特別・・です。その程度で命にかかわる事はありません」


 特別? 特別とはどうゆう意味だ? 


どこがどう特別なのかは知らないがまだほんの子供なんだ。いくらヴァイオーサーが強い生命力を持っているからといって平気なはずがない。


俺はこの身体にチップを入れられた時の痛みと屈辱くつじょくを今でも忘れちゃいない。まだ少年だった俺の心についた傷は一生消えることはないだろう。



「強制はしません。君が自分で決めなさい」


 少佐の言葉はルシオンの意思を尊重しているように聞こえるが俺はだまされない。“9”を人質に取っているんだ。拒否権はとっくの昔に取り上げてるじゃないか。


「ルシオン、君はこのチップを心臓に埋め込むことを受け入れますか」


まるで神聖な儀式のように少佐の声が重々しくひびいた。ルシオンは初めからまったく変わらぬ無表情で口だけを動かす。


「はい」


 何だ、この展開は! ふたりとも頭がおかしいんじゃないのか。


止めるべきだ。今止めなければこの冷血動物は嬉々ききとして実行してしまうことだろう。


そして、あらがうことのできないルシオン、怖がりのルシオンはそんな素振りは見せなくても内心ではおびえているはずなんだ。


 抗議の声をあげようとした。だが、できなかった。少佐の不気味な色の目に射すくめられ俺の保身機能がフル回転していた。


「よろしい」


少年を支配下に置いた少佐の笑みはいびつにゆがんでいた。



 後になってふざけた契約を阻止できなかったことで激しく後悔する事態になるのだが、この時の俺は別のことで頭が一杯になっていた。


少佐がとんでもない話を持ち出して来たからだ。


「ウォスレイ・シーボルグ少尉に辞令がでています。君は中尉に昇任しました。おめでとう」


昇任だと? 俺が中尉? そんな馬鹿な!!


どうして俺が昇任なんかしなくちゃならないんだ。そんなヘマ・・をした覚えはない。誰が中尉になんぞなるもんかっ!!


「待って下さい! どうして何の功績こうせきもあげていない自分が昇任なのですか? 納得できません!!」


 少佐は驚いて、いや、面白がって俺の顔を見る。


「昇任に抗議する者がいるとは思いませんでした」


そして更に俺を混乱させる言葉が追い打ちをかける。


「君には昇任と同時に新しい役職が与えられています。たった今から彼の副官です」



 彼とは誰のことだ? 確認するまでもなく今この部屋にいるのは3人だけだ。俺と少佐とルシオン少年。他には誰もいない。ということは・・・・・・  


ルシオン??? そんな馬鹿なっ!! 


これはジョークだ。少佐は俺をからかっているんだ。きっとそうだ。


 目の前の冷血動物がジョークを飛ばすところなど想像できなかったが、念のためたずねてみる。


「冗談ですよね?」


「大佐の副官を務められるのは中尉以上の者と定められています。少尉のままでは都合が悪いのですよ」


それが理由か!? そんなくだらないことで


・・・・・・ちょっと待て! 大佐って? ルシオンが? 

10歳の子供だぞ。一体全体どうなっているんだ!!! とにかく


「副官の話は辞退します。他のれっきとした中尉殿を副官にしてください」


「そうはいきません。すでに決定したことです」


上官の命令は絶対だ。しかも正式の辞令が下りてしまった後に白紙撤回てっかいはありえない。


くそ! くそ!! くそ――――っ!!!

今までの苦労が水の泡じゃないか。



 それにしても・・・・・・我がリトギルカ軍は一体どうなっているんだ?

こんな子供が大佐とは! 


そもそも軍隊に入隊できるのは18歳以上という大原則がある。これはリトギルカ、アビュースタ間で結ばれた条約に明記されており、誰でも知っていることだ。


 その昔、最前線で戦う未成年が増え、しかも低年齢化していることが問題になった。あまりにも若くして命を落とす子供たちの惨状に人権保護団体が黙ってはいなかった。


それまでになく異常に高まった反戦運動に手を焼いた両国家が、事態を鎮静化ちんせいかするために条約を結んだという経緯けいいがある。


以来、未成年は訓練を受けることはできても、正式に入隊できるのは18歳の誕生日を迎えてからというルールは守られているはずだ。


 我軍は条約を破っているということなのだろうか。だとすれば大問題だ。



 いや、ちょっと待て。ルシオンにはメタモルフォーゼという能力がある。


10歳の少年の姿は仮のもので実は大人なんじゃないか。もしかしたら俺よりも年上なのかもしれない。


 それはない、、か。外見を自由に変えられたとしても中身はそうはいかない。精神年齢はごまかせないはずだ。


ルシオンの言動はどうみても子供のものだ。半年間監視を続けてきた俺にはわかる。


 どういうことなのか説明して欲しい所だがどうも危険な臭いがする。あえて地雷を踏む気はない。“必要のないことまで知ろうとしない” それが保身の鉄則だ。

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