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1-1

「ウォスレイ。ネエ、ウォスレイ。ハヤク起キテヨ」


 うたた寝から目を覚ますと、眼前にどアップの顔! 


驚いてはね起きたもんだから正面衝突しょうとつだ。ゴツッという鈍い音をたてて衝撃しょうげきを吸収したのは俺のひたいの方だった。


「目ガ覚メマシタカ?」


 頭を抱えてうなっている俺に声をかけた女は平然としている。


美人、といっていいのかどうかわからない。子供ならかわいいと言うのだろうが。


まるで人形のようなパッチリお目々に小さな鼻、愛らしい口元。すべてが大げさだ。

そのうえ、まばたきもしなければ口を動かすこともない。なぜなら、彼女はロボットなのだ。



「・・・・・・ティモシー。こんな起こし方・・・どこで覚えた?・・・・・・」


「スターライトテレビノ“愛ノ劇場”ト言ウ番組デス」


「そうか・・・・・・わかった。その番組はこんりんざい、二度と、絶対に見るなっ!!」


「ドウシテデスカ?」


「おまえのような大人の女にはふさわしくない番組だからだ」


「デシタラ、マズ私ノ名前ヲ変エルベキデス。ティモシーハ大人ノ女性ニフサワシイ名前デハ有リマセン」


 またか。俺は大きな溜息ためいきをつき、目覚ましの一服に火をつけた。


「その話なら何度もしたろ。おまえはティモシーだ。他の名前は考えられない」


「ウォスレイノ、イ・ケ・ズ」


俺は吸い込んだ煙にむせて咳き込んだ。ティモシーの仕草が妙になまめかしかったせいだ。


「今度は何の番組だ!?」



 ティモシーは傷が付きにくい超合金のボディに人工知能を積んだロボットだ。科学者である俺の父親が作った。


すらりと長い手足と細身のボディ、そしてこの人形のような顔も親父おやじの趣味ということになる。我が親ながらセンスの欠片かけらもない。


 ティモシーというのは男の名前だ。女性体のロボットに似合う名前じゃないのはわかっている。だが、ティモシーはティモシーだから仕方がない。


 最初のティモシーは犬型ロボットだった。親元を離れてりょうに入った俺に親父がプレゼントしてくれたのだ。そいつに俺はティモシーと名付けた。


寮を出てひとり暮らしを始めた時に、ティモシーはヒューマンタイプのロボットになった。犬型ロボットの人工知能をそのまま移し替えたのだ。


つまり入れ物は変わってもティモシーはティモシーだ。名前を変える必要はない。そう何度説明しても納得しないこいつは壊れているんじゃないのか?



監視対象かんしたいしょうガ出テ来マシタ」


 ティモシーの言葉で任務を思い出し窓から外を見降ろす。


正面にある学校の校門から生徒の群れが吐き出されている。


学校行事のため午後の授業はカットされ、いつもより早い下校になることは前もって調べてあるからあわてることはない。


 いた。ターゲットの少年だ。


寝ぐせのついた空色の短い髪にパープルの瞳。小柄で華奢きゃしゃな身体つき。端正な顔立ちをしており周囲の女生徒には人気がある。


女っ気のない人生を送っている俺にはうらやましい限りだ。


少年の名はユーシス・ロイエリング。ローゼンストック学園の5年生。


俺の任務はかの少年を監視すること。


日中はずっとここに缶詰だ。少年が通う学校の前に建つマンション。その5階にある一室は自宅兼仕事場ということになる。住んでいるのは俺とティモシーだけ。



 極秘任務を言い渡されたのは半年程前のことだった。その任務というのが、ユーシス・ロイエリングを監視し日々の行動のすべてを報告するというものだったのだ。


危険を伴わない楽な仕事だ。少尉の身分にふさわしい仕事と言い換えてもいい。


俺は軍人だ。好きで軍人になった訳じゃない。リトギルカではそこそこの特殊能力ヴァイオスを持つ者は強制的にザックウィックにされるんだ。


 少尉はザックウィックとしては最低の階級だ。だが、俺は満足している。というより少尉のままがいい。昇任を喜ぶヤツは馬鹿だ。


階級が上がれば上がるほど危険な戦場に送り込まれる確率が高くなるのだから。


 俺がヴァイオスに目覚めたのは5歳のときだった。


戦争の道具になんぞなりたくなかったからひたすら能力を隠し続けていたのだが、8歳の時とうとうリトギルカ軍にバレてしまった。


そして、特殊能力者ヴァイオーサーをザックウィックに仕立てるための施設に強制収容され、訓練を受けるはめになった。


10年後、18歳の誕生日に卒業して同時に少尉になった。その後の10年間、俺は少尉のままだ。


 使いどころのない名ばかりのザックウィックとして部隊を転々としていた。そんな俺の元に転がり込んだのが今回の極秘任務だった。


早速ソアレス9=監視対象が住む島へ渡った。“9”はアビュースタの人工島だから敵の勢力圏内せいりょくけんないに潜入することになる。


なぁに、他人をあざむくのには慣れているさ。



「今日ハ一人デハ有リマセンネ」


「そうだな。どこかに寄り道するかもしれないな」


 数人の生徒と連れだって歩くユーシスが、校門前の横断歩道を渡って真っすぐに進んでいくのを確認したところで玄関へ向かう。


テレポートすれば簡単なのだが人に見られると厄介やっかいだ。ヴァイオーサーだとバレないようにするため極力能力は使わないようにしている。


「早ク帰ッテ来テネ」


 まるで新妻にいづまみたいなセリフじゃないか。わざとか?


ティモシーの顔に答えを見つけようとするがロボットに表情はない。当然だ。


「ドウカシマシタカ?」


「いや、なんでもない」


外に出ると背中に声がとんでくる。


「イッテラッシャイ」


俺は振り返らずにターゲットの元に急いだ。



 この日のユーシスの同伴者は少年と少女がふたりずつ。最近はこの4人と一緒にいるところをよく見かける。


仲良しグループの5人はにぎやかに会話しながら、ぎりぎり俺の視界にとらえられる前方を歩いて行く。


 5人から少し離れた場所には乗馬服の男がふたり、一定の距離を保ったまま同じ速度で移動している。グループのひとり、セイスタリアス・コングラートのボディガードだ。


コングラートコンツェルン総帥そうすい御曹司おんぞうしであるセイスタリアスには、常にこのふたりが張り付いている。こいつらにも気付かれないようにしなければならないから骨が折れる。


 もうひとりの背の高い少年がリッガルト・ディックルで、となりの少女が妹のテュテュリン・ディックル。そして、最後のひとりがシャルロット・リデルハーツ。


この3人は同じマンションに住んでいて、いつも行動を共にしている。


3人兄妹のようにも見えるが、シャルロットとは親戚しんせきでもなんでもない。それでも一緒にいる理由を俺は知らない。



 ショッピングモールに着くと5人はファストフード店に入った。そういえば腹がなっている。午後1時を過ぎたところだ。


俺も他の客にまぎれて店に入り昼食をとることにしよう。離れた場所に席を取ってもにぎやかな子供らの話声はよく聞こえる。


 どうやら学園祭の話題で盛り上がっているようだ。ユーシスのクラスでは学園祭にミュージカルを上演することになっている。


今日はそのための衣装を調達する予定らしい。テュテュリンが衣装を担当しているのでその仕事をみんなで手伝おうというのだ。


 食事を終えた少年少女はダンスウェアや舞台衣装を扱っている店に入った。


ファストフード店と違って店内は狭い。中に入ったら間違いなく見つかってしまう。彼らとは顔見知りだから他人のふりはできない。アレを使うしかないか。


 通りに置かれたベンチに腰かけて腕を組み身体がぐらつかないよう安定した姿勢をとる。次に、精神を集中してさっきのぞいた衣装店の店員の顔を思い浮かべる。


気が付くと俺は衣装店の中にいた。レジカウンターの中に立ち広いとは言えない店内全体を見渡している。俺の意識は店員の中にあった。



―――――憑依ポゼッション


 自分の意識を他人に移す能力だ。憑依ひょういした対象が見たり聞いたりしたことを直接自分の目や耳で見聞きしたように感受できる。


要するに、ターゲットの近くにいる者に憑依することで監視カメラの役目をになってもらうことができるのだ。


ただし、感覚を共有するだけで憑依した相手の意思や身体をあやつることはできない。


欠点はこの能力を使っている間、意識は他人の中にあるため自分の身体は無防備な状態になることだ。安全が確保された状態でなければ使用できない。


更に、憑依する対象との距離が離れているほど高い集中力が必要になる。


 だが、それで充分だ。真面目に任務を遂行すいこうしようなんてことはこれっぽっちも考えちゃいない。俺は落ちこぼれのザックウィックだ。


そもそもポゼッションなんぞ持っていないことになっている。完璧な仕事をしたら能力を隠しているとバレるかもしれない。


 ザックウィックとしての俺の評価はぎりぎり不可にならないといったところだ。


ヴァイオーサーならたいがいの者が持っている能力のいくつかはあるが、どれもこれも弱い力だ。他に希少価値のある能力を持っている訳でもない。ということにしてある。


本当の能力を発揮したほうびが最前線送りじゃ割に合わない。使えないヤツと思わせておいた方が利口というものだろ?



 俺が憑依した店員の視線は5人の少年少女の間を行ったり来たりしている。彼らの行動が気になるらしい。


ターゲットは、、、ゆっくりと歩きながら陳列ちんれつされた商品をながめている。


しばらくすると店内を物色していた4人がユーシスの元に集まって来た。


それぞれの手には衣装やウイッグなんかが握られており試着してみるようにと迫る。ユーシスは嫌がったがみんなに説得されしぶしぶ承諾しょうだくした。


 どんな美少女に変身することやら。きれいな顔立ちと華奢な身体つきをしているから絶対に似合うはずなんだ。


おおっ! これは想像以上だ!!


フィッティングルームから出て来た絶世の美女を見て4人の少年少女と店員は声もない。


細いウエストと大きくふくらんだスカートのゴージャスなロココ調ドレスに身を包み、巻き毛のウイッグをつけ、白い羽の付いた大きな扇子せんすを手にしている。


まるで絵画の中から抜け出したかのようだ。


 これでにっこり微笑ほほえみかければどんな相手もとりこにしてしまいそうだが、友人たちの反応に困惑した顔をしている。



 食い入るように見つめる視線に居心地悪そうに身じろぎしたユーシスは、まわれ右をしてフィッティングルームの鏡を見る。


「やっぱり変だ」


「そんなことないぞ」


とリッガルト。同感だ。

ふたりの少女も大きくうなずいている。


「自信を持ちたまえ。どこからみても立派な伯爵令嬢はくしゃくれいじょうだ」


セイスタリアスが太鼓判たいこばんを押すと、ユーシスはぼそりとつぶやく。


「ぼくは男だよ」


 ユーシスはミュージカルでヒロインの役を演じることになっている。配役を決めたヤツをほめてやりたい。俺には監視の任務があるし観に行くしかないよな。


 ひとしきり大騒ぎした後、一行は何も買わずに店を出た。何しに来たんだ?



 次に入ったのはハンドメイドの材料を扱っている店だ。ここでもポゼッションを使って監視を続ける。


 少年少女は各々おのおの、生地やパーツをみつくろっている。なるほど、そういうことか。さっきの衣装店で見たものを参考に手作りするつもりらしい。


完成品を買ってしまえば簡単にすむところだが、学園祭の予算として割り当てられた金額を大幅に超えてしまうのは明らかだ。そうならないための工夫という訳だ。


大富豪の息子であるセイスタリアスに頼めばふたつ返事でポケットマネーを出してくれそうだが、そうしない姿勢には好感が持てる。


 知恵を出し合い協力し合い、みんなで作り上げていくのが学園祭だ。と言うとオヤジ臭いだろうか。



 買い物がすむと5人は公園に向かって歩き出した。今日はこれで解散するらしい。


公園のキッチンカーでクレープを食べてから家路いえじにつく、というのがいつものコースなのだ。


見通しのいい公園の中にまでついていくことはできない。今日3度目のポゼッションを使う。


「おばさん、こんにちは!」


 俺の前には5人の少年少女が並んでいる。


「いらっしゃい。今日は勢ぞろいだね」


俺の意識はクレープ売りの中にあった。


憑依した対象の心の中を読むことはできないが、何度も身体を借りて善良な人だということは知っている。それに子供好きだ。常に広場にいる子供たちに目を配っている。



 おや。小さな子供が泣いている。ひとりのようだが親はどこだ?


「ちょっと、ごめんよ」


おばさんは5人の常連に断ってすぐに子供の元に駆けつける。


「はいはい、そんなに泣かないでおくれ。もう大丈夫だから」


泣きじゃくる子供をひざにのせ背中をさすってやるといくらか落ち着いてきた。


「坊や、クレープは好きかい?」


子供は大きくうなずく。


 両手で持ったクレープにかぶりつく子供は、ひとりぼっちの不安をひと時忘れているらしい。それでも母親が迎えに来ると、思い出したようにワッと泣きだした。


母親は何度も頭を下げながら子供の手を引いて去って行く。


「バイバイ」


まだ涙が残る顔で満面の笑みを見せる子供におばさんもうれしそうだ。


「バイバイ。もう手を離しちゃだめだよ」



 母子の姿が見えなくなるまで見送ったおばさんは安堵あんどした様子で振り返る。


「悪かったね。子守をさせて」


こんなときに限って客足が途切れず、子供の相手ができないおばさんの代わりを少年少女が引き受けてくれたのだ。


「あやまることないよ。おばさんはいいことしたんだから」


「あの子、かわいかったし」


シャルロットとテュテュリンは顔を見合わせて笑った。それを見ておばさんのほおもゆるむ。


「ありがとね。お礼に今日はサービスにさせとくれ」


 おばさんの言葉にセイスタリアスが胸を張る。御曹司はいつでも誰に対しても偉そうだ。


「それにはおよばばない。代わりに我々のミュージカルを観に来てくれたまえ」


差し出されたのは学園祭の招待券だった。


いつも持ち歩いては顔見知りに配っているのだ。中にはしっかり、5-Aのミュージカルが上演される日時と場所が書き込まれている。


「学園祭なんて何年ぶりだろうね」


おばさんはなつかしそうにつぶやいた。



「ユーシスも出るんだよ。すっごくきれいだから絶対観に来て」


「それは面白そうだ。ぜひ行かせてもらうよ。ユーシスは何の役をやるんだい?」


 おばさんにきかれるもユーシスは答えない。


「こいつは乗り気じゃないのさ」


他人事のようなリッガルトのセリフ。実際、上級生でクラスの違うリッガルトには関係ないのだが。


「それなら当日のお楽しみってことにしておくよ」


 おばさんはユーシスが注文したバナナクレープに、いつもより多めのクリームを入れて形を整え、サービスのチョコチップをたっぷりトッピングして差し出す。


「これを食べればやる気になるさ」


目の前のひとまわり大きなクレープにユーシスの目が輝く。この子は大の甘党なのだ。


「ありがとう」


そして、素直だ。



 クレープを食べ終わると、セイスタリアスはボディガードのふたりと共に迎えのモータービークルに乗り込んだ。いかにも大富豪らしい黒塗りの高級車だ。


シャルロットとディックル兄妹は連れ立って歩きだす。少女たちが買い物を続けたいとねだるので、リッガルトはやれやれと言いながらも付き合ってやるようだ。気の毒に。


 俺はひとりで歩いて行くユーシスの後をつける。この時間だとアルバイト先に向かうはずだ。

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