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3-5

 時に神は、ひとには思いもよらないサプライズを用意していることがある。


ユーシスとの出会いは最高のサプライズだった。だが、逆の場合もある。それを思い知らされることになった出来事は、僕の16年の人生で最悪と断言できるものだった。




 パーティは好きではない。


気分を盛り上げるオーケストラの演奏、芳香ほうこうただよわせる豪華ごうかな料理、美しく着飾った紳士淑女しんししゅくじょ、気のきいたおしゃべり・・・・・・ 


そういった諸々もろもろが華やいで見えて心がおどったのははじめのうちだけだった。回を重ねるうちに色あせてきて、今では好きこのんででかけようとは思わない。


しかし、社交界に身を置くものとしてはすべての招待を断るわけにもいかない。


 今夜はナインズカンパニーCEOの長男の婚約パーティだ。


ナインズカンパニーはレジャー&サービス産業において、ソアレス9のシェアの6割を占めている。そのCEOが開いたパーティにこの僕が出席しないというのは体裁ていさいが悪い。


僕が、ではない。CEOがだ。


特別仕様のモータービークルを迎えによこされたのでは、むげにもできずCEOの顔を立ててやることにした。


いつもなら顔だけだして早々に退散するところなのだが、今夜はエスコート役に専念するつもりだ。


 僕の同伴者はラトリカーティ・コングラート。この世でたったひとりの特別なレディだ。お母様とパーティに出席するのは何か月ぶりだろう。


気が付けば、お母様を人前にだすことに前ほど抵抗がなくなっていた。



 オーケストラの演奏が一旦やんで、ウエディングマーチが流れ始めた。


主役のふたり、婚約したサイモンとナタリーの登場だ。招待客が次々と恋人たちに祝福の言葉をかけていく。3歳程度の知能しかないお母様は状況がよくわからないようだ。


「あのふたりはもうすぐ結婚するんです。だから、みんなでお祝いしているのですよ」


「けっこん?」


「そうですよ。お父様とお母様のようにあのふたりはお互いのことが大好きなんです」


本当は政略結婚だなんてお母様には言いたくはなかったし、説明したところで理解するのはむずかしいだろう。


 僕はお母様の手を引いて主役の前に進み出た。ふたりはお母様を見て微笑ほほえんだ。


「ようこそおいで下さいました」


言葉をかけられたお母様はなぜか首をかしげている。


「うれしい?」


「おふたりに出席して頂けてとてもうれしく思います」


突然の質問に戸惑いながらもサイモンはていねいに言葉を返してくれた。


「ちがう。けっこん、うれしい?」


お母様ったら、突然なにを言いだすのだろう? 恋人たちも戸惑っている。



「うれしい、ですか?」


 サイモンとナタリーはしばらくお互いの目を見交わしていた。


「はい、とても。僕は心からナタリーを愛していますから」


「わたしもうれしいです。こんなに愛した人はサイモンだけですわ」


お母様はニカッと笑ってふたりを抱き寄せた。


「よかったああ! カティもうれしい!!」


本当によかった! お母様が食事をする前で。食事の後だったら主役の衣装がたいへんなことになっていた。


「さあ、お母様。ふたりを解放してあげてください」


 お母様をふたりから引き離そうとすると、か細い声が聞こえてくる。


「もう少し、このままでいさせてください」


哀願あいがんするような声はお母様の胸に抱かれたナタリーのものだった。


「僕からもお願いします」


ナタリーと一緒に抱きしめられているサイモンもそんなことを言っている。


怒っていないのか? お母様のぶしつけな行動を不快に感じているとばかり思っていたのだけれど。



「ありがとう・・・ございます・・・・・・」


 ナタリーが感極かんきわまったようにつぶやいた。驚いたことに涙まで流している。サイモンも目をうるませている。


一体どうしたというのだろう。会場内は静まりかえって恋人たちの様子をうかがっている。


「こんな風に心からのお祝いをしてもらってのは初めてだわ」


ナタリーがささやくとサイモンがうなずく。


「とても温かいね」


 ナタリーとサイモンのやり取りでわかった。


ふたりは本当に愛し合っているのだ。


業界3位の会社社長の令嬢が業界1位の会社CEOの子息にとつぐとなると政略結婚にしかみえない。でも、それは下衆げすかんぐりにすぎなかったらしい。


真剣な愛に従って結婚するのに政略結婚だと陰口をたたかれ、どれだけ傷付いていたことだろう。


ふたりの愛を信じていない者たちがかける祝福の言葉に、どれだけ悲しい思いをしていたことだろう。この僕もむなしい言葉でふたりを傷つけるところだった。


 どうして、お母様はふたりの悲しみに気付くことができたのだろう? 政略結婚という言葉さえ知らないのに。



 お母様から解放されたサイモンはフィアンセを見つめて愛の言葉をささやく。


「愛しているよ。ナタリー

君がどこの誰でも好きになっていた」


涙を流しながらうなずいているナタリーにサイモンはやさしく口づけした。そして、フィアンセの身体をかかげるように抱き上げる。


「みなさん。このひとが僕の最愛のひとです!!」


サイモンが高らかに宣言すると会場内に大きな拍手がわき起こった。


「見てごらん」


 うながされて周囲に顔を向けたナタリーは呆然ぼうぜんと会場内を見まわしている。そこにあるたくさんの顔にさげすんだまなざしや皮肉めいた笑顔はない。


「おめでとう!」


誰かが叫ぶと唱和するように祝福の言葉が恋人たちに贈られる。


「おめでとう!」


「お似合いだよ!!」


「お幸せに!!」・・・・・・


上辺うわべだけでない心からの祝福が。


 ナタリーの笑顔は輝くように美しかった。サイモンもはち切れんばかりの笑顔を浮かべている。



 ああ、そうか。


さっきまでのふたりの笑顔は偽物にせものだったんだ。上辺だけの祝福の言葉と知りながら笑顔を振りまいていたのだから。お母様はそれに気づいたからあんなことを言ったんだ。


お母様の純粋さ、素直さ、正直さ、そういったものが不幸な恋人たちを救った。これはお母様にしかできないことだ。お母様だからこそできたことだ。


僕は今、このひとが母親であることを誇りに思う。


 サイモンとナタリーがやってきてお母様に感謝の言葉を伝えた。


けれども、お母様には何の事だかさっぱりわからない。それはそうだろう。お母様は他の客たちと同じことをしただけのつもりなのだ。


ふたりが困っている。助けてやるとしよう。


「今度、うちに遊びにきてください。母は遊び相手を欲しがっています」


話し相手とするべきだったかな。


「喜んで! 必ずうかがいます」


問題なかったようだ。恋人たちの声ははずんでいた。




 こういったパーティでいつも手を焼くのはまとわりついてくるレディたちだ。彼女たちはあの手この手で僕の気を引こうと迫ってくる。


レディたちがこの僕に好意を持つのは当然だ。眉目秀麗びもくしゅうれい頭脳明晰ずのうめいせき


しかも、次期コングラートコンツェルン総帥。輝かしい将来を約束されたこの僕と結ばれたいと願うのは至極しごく自然な欲求だ。


 しか~し! 僕にも好みがある。相性というものがある。


そんなことにはお構いなしに、僕のふところに入りこもうとあの手この手で迫ってくるから気が抜けない。うっかり気のある素振りを見せないようにあしらうのも骨が折れる。



 今夜はそんなわずらわしさのないパーティを楽しめている。


僕のかたわらには至上最高のレディ、お母様がいる。そのお母様のまわりには老若男女を問わずひとが集まってくる。


そのため僕の気を引きたいレディたちは近寄って来れないのだ。第一、僕には彼女たちの相手をしているひまなどない。


さっきの出来事でみんながお母様の素晴らしさに気付いたのだ。言っておくがいちばん最初に気付いたのはお父様で次は僕だ。


誰も彼もがお母様の純粋さ、温かさに触れたくて声をかけてくる。僕はそんな者たちとお母様との間を取り持つのに忙しい。


 こんなパーティならまた出席してやってもいいと思う。お母様と一緒ならどんなパーティだってきっと楽しいはずだ。


にぎやかなことが大好きなお母様は終始ご機嫌で、そんなお母様を見ていると僕もうれしくなってくる。



 オーケストラの演奏と共にダンスが始まり、パーティはこれから盛り上がっていくという時のことだ。


なんの前ぶれもなく会場のドアがいっせいに開け放たれ、この場には似つかわしくない身なりの男たちがなだれこんで来た。


「なんだね、君たちは!」


「なぜ、そんなものを持っているんだ?」


無粋ぶすいではないかね」


 どよめきと悲鳴とでパーティ会場は騒然そうぜんとなり、何が起きているのかを把握はあくする間もなく状況は激変していた。


場をわきまえない20人ほどの乱入者たちによって、会場内にいたすべての人間が中央に集められ周囲をすっかり取り囲まれていたのだ。


乱入者たちの手には無骨ぶこつで不格好でセンスのかけらもないものが握られている。自動小銃だ。


ひとを殺傷するための道具は恐怖でひとの意志と尊厳そんげんをねじ伏せてしまう。銃口を向けられるのははじめてではないが、慣れることはないしやはり恐ろしい。


 身体がすくまずにすんでいるのは僕のシェーファー兄弟が両脇についているからだ。今の今まで僕の視界の外にいたはずなのに、いつの間に。


それに背中にはお母様がしがみついている。僕が震えていたのではお母様をもっと不安にさせてしまう。


僕を守ってくれる者と僕が守らなくてはならない者。このふたつの存在が恐怖で冷静さを失いそうな心をなんとか支えてくれていた。



「お楽しみのところを申し訳ないがパーティはお開きです。おとなしく我々の指示に従ってください。そうすればお互いに不快なおもいをしなくてすみます」


 前に進み出た男は感情のないガラス玉のような目をしていた。薄いくちびるは紫色でおよそ体温というものを感じさせない。


軍服のようなものを着込んでいるが、あれはアビュースタ軍のものではない。


「な、なにが不快のおもいをしなくてすむだ。もう充分不愉快だ! だ、だいたい君は何者かね」


 大声をはりあげるナインズカンパニーCEOが、精一杯の虚勢きょせいを張っているのは誰の目にもはっきりと見て取れた。


お父様だったらもっと堂々と構えて客を不安にさせることなどないだろうに。


「これは失礼。あいさつが遅れました。私はリトギルカ軍研究開発局少佐、ハベス・ゲルリンガーと申します。


今後あなた方の生命と財産は私の管理下に置かれることになりますのでお見知りおきを」


「な、なんだと!!!」


「どういうことだ!?」


驚きと怒りと不安とがパーティ会場にコダマした。



 この男は何を言っている?


そもそもどうしてリトギルカの軍人がこんなところにいるのだろう。 

ここはソアレス9だ。最前線ではない。


管理下に置く?

どういう意味だ?


一体何がどうなっているんだ!!!


「セイスタリアス・コングラート。コングラートコンツェルン総帥のご令息れいそくはどちらですかな」


 ゲルリンガー少佐の呼びかけに僕の心臓が大きくはねた。混乱し熱くなっていた僕は一気に凍りつく。


この僕になんの用だ。足が震えているのは恐ろしいからではない。ずっと立ちっぱなしで疲れただけだ。


「この中にいることはわかっています。ヴァイオレットの髪、金色の瞳。なかなかの美男子だ」


少佐は僕の外見の特徴とくちょうを並べ立てる。手に持っているのは僕の写真に違いない。


 どうして見ず知らずのリトギルカ軍人が僕を探しているのだろう? 僕の立場を利用するつもりか。不快感が全身にからみつくようだ。


「名乗り出ていただけないのならやむを得ません。ひとりひとり改めるとしましょう」


「その必要はない! 僕がセイスタリアス・コングラートだ」



 思わず叫んでいた。


僕の前の人垣ひとがきが割れて少佐と向き合う形になる。ゆっくりと歩み寄って来るリトギルカ軍将校に気圧けおされないようこぶしを固く握りしめる。


シェーファー兄弟が僕をかばって前にでようとするのを目で合図して止めた。僕なら大丈夫。背中にしがみついているお母様の温もりがある限り。


「僕に何の用だ」


よかった。声は上ずっていない。


「美男子な上に勇敢ゆうかんだ。さぞご友人も多いことでしょう」


 この男、何が言いたいんだ?


「ユーシス・ロイエリングもその中のひとりですかな?」


「?!」


なぜここでユーシスの名前が出てくる? 

まさか!! 心臓が一瞬止まる。


「ユーシスを傷つけるようなことがあれば、このセイスタリアス・コングラートが絶対に許さないっ!!!」


少佐は薄い唇の両端を上げて笑ったが、その微笑は背筋が凍るほど不気味なものだった。



 毒気どくけに当てられた僕が動けずにいると、少佐は興味をなくしたのか部下たちに指示を与えに戻った。


張りつめていた緊張が解けて一気に全身の力が抜けてしまった。無様な姿をさらさずにすんだのは、さりげなく身体を支えてくれたシェーファー兄弟のおかげだ。


「ご立派でしたよ。さすがセイスタリアス様です!」


あきれたやつだ。こんな状況だというのにライトナは興奮こうふんしている。エイムスはと顔を見れば微笑んでいる。


及第点きゅうだいてんです」


この僕もライトナと同類だ。こんな状況だというのにうれしくなってしまう。いつも口うるさいエイムスが僕の振舞いを認めてくれた!


「それにしても妙ですね。どうしてラトリカーティ様ではなくユーシス様なのでしょう?」


 それについては僕も引っかかっている。


人質を取って僕に言うことをきかせたいのならお母様を利用すればいい。目の前にお母様がいるのにあえてユーシスの名をだしたのはなぜだろう。


僕のことならなんでも知っていると証明して僕を精神的に追い込もうという魂胆こんたんだろうか。



 答えを求めて少佐の姿を追いかける僕の目がとまった。


赤い・・・・・・

血のように赤い


手袋をはずしたゲルリンガー少佐は、ひとを喰った魔女のような真っ赤の爪をしていた。

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