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いつからだ? いつからこんな状態になってしまったのだ?
ユーシスとシャルロットのことだ。
一緒にいても口をきくどころか目を合わせることもない。お互い気まずそうに顔を背けてしまう。以前はあんなに仲がよかったのに。
(ふたりが恋人同士だったという意味ではない。念のため)
何かあったのだ。ふたりが仲たがいするような出来事が。
当人たちにたずねてみても困った顔をして口を閉ざしてしまう。
それならばと、ひとりでいたテュテュリンにきこうとしたが取り込み中だった。イスのシートのすき間にスカートのすそがはさまって取れなくなったらしい。
どうしたらそんなことになるんだか。
テュテュリン・ディックルはわりとよく災難にあう。そんな時のために兄のリッガルトはバックパックを持ち歩いているのだ。
あの大きなバックパックには、テュテュリンのトラブルを解決するためのありとあらゆる道具が入っている。
こんな時にいないのではとんだ役立たずだけれど。
仕方ない。この僕が手を貸してやろう。
スカートのすそをつかんで力いっぱい引っぱると、布の裂ける音がした。
「あ。。気にしないで。兄さんがソーイングセットを持っているはずだから探してくるね。助けてくれたことには感謝してる。本当にありがとう!」
早口でまくし立てたテュテュリンはどこかへ行ってしまった。
僕は感謝されてもいいのか?
振り返るとシェーファー兄弟が必死に笑いをこらえていた。
こうなったらやむを得ない。あの男に頼りたくはないが他に事情を知っていそうな者に心当たりはない。そう思ったから教えてほしいと頼んたのに!
「話したくないってことを無理にきき出そうとするなよ。友達なら察してやれ」
リッガルトは破れたスカートを縫う手を止めずにそう言った。
そういうリッガルトだって知っているのに。僕だけ知らないなんて不公平だ! 原因がわからなければ仲直りさせることもできやしない。
“ユーシスとシャルロットの仲たがいの原因を突き止めよ”
納得できない僕はシェーファー兄弟に調査を命じた。彼らならきっと僕の知りたいことを探り当ててくれるだろう。
その日の内にふたりは僕の期待に応えてくれた。相変わらず仕事がはやい。
仲たがいの原因は1週間前の出来事にあった。シャルロットがユーシスに正式な交際を申し込んだが断られてしまったらしい。
はっきり断言できないのは明確な情報がなく、まわりの聞き取り調査から推測した結果にすぎないからだそうだ。
だが、シャルロットがユーシスに恋しているのは誰の目にも明らかだったし、そうゆうことになっていたとしてもなんの不思議もない。
それが本当だとすると、ふたりの間に気まずい空気が流れているのも納得だ。これまで通り気さくに付き合うというわけにはいかないだろう。関係修復は難しそうだ。
とにかく、ふたりに話をさせることだ。口もきかないのでは和解どころではない。
とはいえ、あの様子ではふたりを同じ部屋に閉じ込めたとしても会話がはずむことはないだろう。
重要なのはシチュエーションだ。ふたりが口をきかなければならない状況に追いこむ必要がある。
何かいいアイディアはないものか。手がかりを求めて教室を見まわしてみる。
ん? 僕の目が掲示板に貼られたポスターにとまる。
これは使える。いや、絶好のチャンスだ! この僕が完璧な計画を練り万全の態勢を整えてお膳立てをしてやろう。そうすればもう和解できたも同然だ。
遊園地前の広場で離れて立つふたり、ユーシスとシャルロットはまだ一言も口をきいていない。
“みんなで遊園地に行こう!”という今日のイベントは、5年A組の親睦を深めるためという名目で以前から計画されていたものだった。
集合時間は8時50分。集まってきた生徒たちはいくつかのグループになっておしゃべりに花を咲かせている。
いつものようにユーシスは女子に取り囲まれ、いつものようにシャルロットはディックル兄妹と一緒だ。そして、いつものようにふたりは目を合わせようともしない。
開園の時刻を知らせるにぎやかな音楽が鳴り響いた。生徒達は他の客に混じって園内になだれ込み、そのまま思いおもいの方角に散って行った。
まだメインゲート付近でうろうろしているのはユーシスとシャルロットだけ。ふたりが取り残されるように前もって示し合わせてあったのだ。
シェーファー兄弟と物陰からふたりの様子をうかがっていると、けたたましい泣き声が聞こえてきた。見ると小さな女の子が泣いている。
この子がユーシスとシャルロットを結びつけるカギになるのだ。
シャルロッが女児のもとに歩み寄り、慰めながら名前や誰と来たかといったようなことをたずねる。ユーシスはそんなふたりの様子を離れた場所から見ている。
予想通りの展開だ。
母親が遊園地の中にいるとわかると、シャルロットは女の子の手を取ってゲートに向かおうとする。
さあ、ここが第一の関門だ。ここで失敗すれば僕の壮大な計画は台無しになる。
女の子がつないだ手を振りほどいてかけだしユーシスの前で立ち止まる。
「お兄ちゃんも迷子なんでしょ。いっしょに行こ」
ユーシスの手を引いて戻って来た女の子はシャルロットとも手をつないだ。思わず顔を見合わせるユーシスとシャルロット!
よし、うまくいった!!
女の子をはさみ3人並んでゲートの中に消えて行った。まずまずのすべりだしだ。
3人が向かった方角を確認した僕とシェーファー兄弟は、その場を離れ急いで管理棟に向かった。
その部屋は壁一面がモニターになっており、20に仕切られたマスの中にはそれぞれ異なる景色が映しだされている。
ここは園内でトラブルが起きていないかを監視するためのモニタールームなのだ。
ライトナが指さしたモニターには3人の姿が映しだされている。3人がたどり着いたのはサービスセンター内の迷子預かり所だった。
監視カメラは映像だけで音はない。音を拾っているのは女の子に持たせた盗聴器だ。
シャルロットから話を聞いた係員は、迷子を連れて来たふたりにお礼を言って女の子を引き取ろうとした。
するとすかさず女の子が騒ぎだす。
「やだやだやだ! アリスをおいていかないでっ!! おにいちゃんおねえちゃんといっしょにいるううう!」
係員は女の子をなだめようとするがますます激しく泣きじゃくってお手上げ状態だ。
「あの・・・・・・ もし迷惑でなければ保護者が見つかるまでこの子と一緒にいてもらえないでしょうか。もちろん園内で遊んでいてもらって構いません。
保護者が見つかり次第迎えにいきます。なんとかお願いできませんか」
困り果てた係員に懇願されたふたりは顔を見合わせた。
よーし、いいぞ!
目を見交わすこともなかったふたりにとっては大きな進歩だ。
ひとのいいシャルロットが係員の頼みを断れないことはわかっていた。僕の計画通りアリスを連れ3人で園内をまわることになった。
すべてのショップとレストラン、それにワゴンでの買い物が無料になるVIPパスが、ユーシスに渡された。ユーシスにだけというのがポイントだ。
代金の支払い時にVIPパスを見せる役目をユーシスが一手に引き受けることで、必然的にシャルロットと言葉を交わすことになる。それが狙いなのだ。
ふたりはアリスに手を引かれまずはアニマルランドに入って行った。小動物と触れ合ったりえさをやったりできるので小さい子供に人気のエリアだ。
『えさが欲しいとシャルロットにねだって』
僕の指示はアリスの耳の中に装着されたインカムに届く。
彼女はまだ5歳だが演劇スクールに通う女優の卵だ。不自然にならないよう僕の要求にこたえてくれる。
アリスにねだられたシャルロットは少しためらってからユーシスに声をかけた。「ユーシスに言って」と幼いアリスを突き放すことはできなかったのだ。
なかなかいい感じになってきた。我ながら名案だと思う。
その後もポップコーンやぬいぐるみなどを同じ要領で買わせ、そのうちシャルロットがユーシスに声をかけるのをためらうことはなくなった。
そろそろ次の段階へステップアップだ。
フューチャーランドは最先端の技術を駆使したアトラクションが若者に人気のエリアだ。周囲を見まわしたシャルロットが首をかしげる。
「めずらしい。ここがこんなに空いてるなんて。こういう日もあるんだね」
いつでもどのアトラクションにも長蛇の列ができているのに、今日に限っていちばん多いところでも数人が並んでいるだけだ。
「これなら全部のアトラクションを制覇するのも簡単そう」
「そうだね」
ひとり言のようなシャルロットの言葉にユーシスが応じるものの会話に発展することはない。これも予測の範囲内だ。元々無口なユーシスに上手な会話など期待してはいない。
会話が無理ならスキンシップだ。
後方から走って来た若い男がシャルロットにぶつかり、「ごめん!」と叫んでそのまま走り去って行った。突き飛ばされたシャルロットは転んで地面に手をついている。
「だいじょうぶ?」
反射的に手を差しだしたユーシスは、なぜかすぐにその手を引っ込めてしまった。
どうしたんだ? それは紳士らしくない振る舞いだ。
シャルロットの災難は続く。気の毒だがやむをえない。3度目にはさすがのシャルロットもかんしゃくを起した。
「もう! いいかげんにしてよっ!!」
けれども、シャルロットにぶつかった男は知らんぷり。数人の連れとおしゃべりしながら通りすぎようとした。
「ちょっと待って」
男を呼び止めたのはユーシスだった。これは僕のシナリオにはない展開だ。
「なんだぁ、おまえ。なんか用か?」
下品な身なりの男が威嚇するようにユーシスを見降ろし、ガラの悪そうな連れが3人を取り囲んだ。それでも物怖じしないのがユーシスだ。僕に対してもそうであったように。
「あやまって。今ぶつかったでしょ」
両者の間に張りつめた空気が流れる。
「いや~ すんませんした!」
急に腰が低くなる男はプロの舞台俳優だ。
「ぼくじゃない。シャルロットにあやまってよ」
男はシャルロットに向き直って神妙な顔をする。
「ぶつかってごめんなさい」
礼儀正しくきちんと謝罪する男にシャルロットの怒りもなんとか収まったようだ。
スキンシップとはならなかったけれどシャルロットはユーシスを見直したはずだ。
夕闇が迫り街灯がともる頃にはユーシスとシャルロットの間にあった壁は消えていた。以前のように自然に目を合わせ言葉を交わせるようになっている。
アリス(仮名)の役目は終わった。
涙の再会を果たした母親(役)に手を引かれ去って行くアリスを見送るふたりは寂しそうだ。
幼いながらなかなかの名演技で僕の要求に応えてくれた彼女にはボーナスをはずむとしよう。
アリスを引き渡して気が抜けたのか、ふたりはベンチに腰を落とした。
「クラスの子には誰にも会わなかったね」
ふと思い出したようにシャルロットがつぶやいた。
「そうだね」
ユーシスは特に気にする様子はない。
クラスメイトに会わなかったのは当然だ。開園と同時に園内になだれこんだ5年A組のみんなはそのままスタッフ専用出入り口から出て行ったのだから。
園内でふたりがクラスメイトと出くわしてしまったのでは僕の計画に支障をきたす。完璧を期すためその可能性をゼロにしたのだ。
“みんなで遊園地に行こう!”というクラスのイベントは1週間後に改めてやり直すことになっている。丸一日貸し切りにするといったら全員喜んで賛成してくれた。
貸し切りにしたのは1週間後の1日だけではない。
今日園内にいた客は僕が雇った仕掛け人だ。カップルも家族連れも、グループも全部。彼らの耳にはインカムが装着されていて僕の指示を待っていた。混んでいないのは当然だ。
今日この遊園地は、ユーシスとシャルロットを仲直りさせるための大掛かりな舞台装置だったのだ。そして、脚本兼監督はこの僕、セイスタリアス・コングラートだ。
僕が演出するのは最高のエンターティメントだ。このまま終わるなどということはありえない。当然、素晴らしいラストシーンを用意してある。
ふたりの頭上に大きな光の花が開いた。少し遅れて大きな音が響く。打ち上げ花火が始まったのだ。
「きれい・・・・・・」
シャルロットがうっとりとつぶやいた。ユーシスは声もなく夕闇の空を見上げている。
花火が終わる時間を見計らって僕とシェーファー兄弟はメインゲートに向かった。
作戦の成功をこの目で確かめるためだ。仲直りしたふたりが一緒に帰っていくところを見届けて今日の作戦は完了だ。
ゲートに向かって歩いていくひとの群れの中にシャルロットを見つけた。
????
誰だ? あれは。ユーシスはどこに行った?
シャルロットのとなりにいるずのユーシスの姿がない。
代わりにそこにいたのは子供だった。銀色の長い髪が目を引くその少年はどうみても僕らよりもずっと年下だ。
手をつないで歩いているふたりは一見姉弟のようだがシャルロットに弟はいない。
いや、待て。・・・・・・僕はあの子を知っている。
あれはアリアーガ島のあの子だ!
確かルシオンといった。あの印象的な銀髪は見まちがいようがない。向こうは僕の事を覚えてはいないかもしれないけれど。
どうして、あの子がここにいるのだろう?
そう言えば。
ふとよみがえった記憶は、高速船が暴走した時のあの光景だった。教会の屋根のてっぺんに立っていた子供はルシオンに似ているような気がした。
あの時はそんなはずはないと思ったけれど、今、確信した。
あれはルシオンだった。
制御不能の高速船を操って僕たちを救ってくれたのだ。ルシオンにならそれができる。彼は強力な特殊能力者なのだから。
その子がなぜ、シャルロットと一緒にいるのだろう?
「やあ、今帰りかね?」
「セ、セス!」
声をかけるとシャルロットはひどく驚き、次に困ったようなバツが悪そうな顔をした。
「こんなところで会うとは思わなかった。一日中クラスメイトには誰にも会わなかったから。あなたがはじめてよ」
強張った表情のシャルロットは明らかに動揺している。そんなに見られたくない場面だったのだろうか。
「その子は知り合いかい?」
「えっ? ううん、違うの。迷子なの」
うそだ。僕のカンがそう言っている。
「そう。ところでユーシスは? 君と一緒のところを見たというものがいるんだが」
「ユーシス、ユーシスね。ええっと、ユーシスなら、、そう、先に帰ったわ」
また、うそだ。でもどうしてそんなうそをつく必要があるのか。
それは隠しておきたい真実があるから。誰にだってひとには知られたくない秘密のひとつやふたつはあるものだ。
たとえそれが太陽のようなシャルロットだとしても例外ではないということだ。他人のプライバシーに踏み込むような趣味は僕にはない。
それにしてもユーシスはどこに行ってしまったのだろう。仲直りできたはずなのにシャルロットをおいてけぼりにするなんて。
あくる日5年A組の教室に入ってみると、そこには待ち望んだ光景が戻っていた。
窓際の前から二番目の席にシャルロットとディックル兄妹が来て話をしている。もちろん彼らの中心にはユーシスがいる。
僕に気付いたシャルロットとユーシスがそろって手を振っている。
僕の努力は報われた。当然だ。“やるからには全力で。そして必ず最高の結果をだす”それが僕のポリシーだ。
これでやっと元通り。これからはずっと平穏な毎日が続くのだと僕は思っていた。