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3-2

◇◇◇◇


 リッガルト・ディックルはほうけた顔をして目の前の少女に見とれていた。


「おかしくない?」


不安げな表情を浮かべてたずねるシャルロットを勇気づけようと、テュテュリンは精一杯明るい声で答える。


「そんなことないって。すっごくかわいいよ。ねえ、兄さんもそう思うでしょ?」


「・・・・・・あ? あぁ・・・・・・うぐっ!」」


 上の空で返事をした兄の脇腹には妹のひじがくい込んでいた。


「そんなにめかしこんでどこへ行く気だ?」


事情がわからない兄の疑問に答える妹はそっけない。


「“カッセーム”に決まってるでしょ」



 リッガルトは改めてシャルロットをながめる。白いレースのワンピースに身を包み、おそろいのヘッドドレスを付けた彼女は輝くように美しい。


「それにしちゃ、飾りすぎじゃないか?」


リッガルトの言葉にシャルロットの顔がくもる。


「兄さんは黙ってて!! 今日は特別なんだからこのくらいでちょうどいいの!」


「特別って、何が?」


「シャルロットはついに決心したの。ユーシスに告白するって!」


 頭をなぐられたようだった。リッガルトは足が床に着いていない気がしてしっかりと両足を踏ん張る。


シャルロットがユーシスに恋しているのは知っていた。だが、片思いのままで終わるのだろうと軽く考えていた。


シャルロットは特別な存在なのだから、普通の少女のように軽率な行動はしないと勝手に決め付けていたのだ。


裏切られたような気がした。



 ディックル兄妹がシャルロットと出会ったのは3年前、リッガルトが14歳のときだ。それからずっとそばで守り続けてきた。ずっと彼女だけを見つめてきた。


それなのにこんなかたちで自分の責務から目をそらそうとするなんて、許せないと思った。


それでも、シャルロットを嫌いになることなどできはしないのだ。


たったひとりの肉親であるテュテュリンと同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に大切な存在になっていた。だからこそ、余計に悔しい。


 では、行き場のないこの感情はどこにぶつけたらいいのだろう。




 “カッセーム”はいつもと変わらぬにぎわいを見せていた。リッガルトが店内を見まわすと客の何人かは顔見知りだった。つまりこちらも常連ということだ。


この店に通うのはこれで何度目だろう。途中から数えることをやめてしまったからわからない。


ここに来るのは嫌ではなかった。普段とは違うシャルロットを見ることができたから。

はにかんでいつものように明朗快活めいろうかいかつに振舞えない彼女は可憐かれんだった。


 シャルロットは当然のように“パープル”を指名し、ユーシスのエスコートで席に着く。


初めてここに来た時と同じくらい緊張きんちょうしているのが伝わって来て、テュテュリンまでが顔を強張こおばらせている。


3人は会話のないまま無言で食事をすすめる。聞こえるのは周囲のざわめきと食器のぶつかり合う音だけ・・・・・・



「おい、ユーシス。なんとかしろよ。おまえは俺たちを楽しませるためにここにいるんだろ」


 たまりかねたリッガルトがギャルソンにささやいた。


「かしこまりました。少々お待ちください」


マニュアル通りのセリフを残し控室に行って戻って来たユーシスは、シルクハットをかぶりステッキを持っている。


「さあさ、みなさんご注目! これより“パープル”のマジックショーをごらんにいれます」


 ユーシスがシルクハットを取ると黒かったそれが一瞬いっしゅんで白に変わった。おどけた仕草でかぶりなおすと元の黒に戻っている。


これには3人とも目を丸くした。


次にユーシスはシルクハットのツバの端と端を持ちくるくるとまわし始める。すると、シルクハットは上向きだと黒、下向きだと白に変わり忙しく黒と白とを行ったり来たりした。


「すごいっ!」


「一体どういう仕掛けなの?」


シャルロットとテュテュリンは顔を輝かせている。



 少女たちの反応に手ごたえを感じたユーシスは、シルクハットをかぶり直しステッキを手に取った。3人の客の頭上にステッキをかかげて空気をかき混ぜるように振りまわし始める。


程なく空中に白いものが現れた。次々に生まれるふわふわとしたものが3人の上にやさしく舞い降りる。


「これ、雪なの?!」


手の平で受け止めたテュテュリンが声を上げた。


「すてき・・・・・・」


少女たちはうっとりと雪が降る様を見つめていた。


 リッガルトは眉間みけんにしわを寄せてにわかマジシャンの手元をにらんでいる。どんな仕掛けなのか見破ることはできなかった。



 ユーシスはマジックショーの成功に安堵あんどの息をついた。エアトン・ファイクスのおかげだ。


スタッフの控室へと続く通路の入り口で、こちらの様子をうかがっていたファイクスが親指を立てる。今、披露ひろうしたマジックは彼と一緒に考えたものなのだ。


 元々無口なユーシスは口下手くちべただ。他のギャルソンのように気のきいた会話で客を楽しませることはできない。それでは“カッセーム”のギャルソンとしては失格だ。


そこで何か代わりになるものはないかと考えたのがマジックだった。


これなら客と言葉のやり取りをする必要はなく、あらかじめ決められたセリフをしゃべるだけでいい。成功すれば場をおおいに盛り上げることもできる。


 ユーシスの相談にのりマジックを勧めてくれたのがファイクスだった。彼は練習に付き合いマジックらしく見えるようにアドバイスもしてくれた。



 興奮こうふんしたシャルロットとテュテュリンの緊張はすっかり解けている。


その後はおしゃべりしながらの食事を楽しみ、いよいよコースメニューのラスト、デザートのフルーツソースえアイスクリームが運ばれてきた。


この夢のような時間も残り少なくなってきている。もうすぐ魔法は解けて家に帰らなければならない。その前にやっておくべきことがシャルロットにはある。


 テュテュリンがシャルロットにささやく。


「もうあんまり時間はないよ」


「わかってる」


―――ユーシス、あなたに伝えたいことがあるの。


最初にかける言葉を口の中で繰り返し、いよいよ話しかけようとするけれどタイミングがつかめない。あせりからまた緊張してきてしまった。



 シャルロットはデザートをつつきながら目を上げた。ユーシスの様子をうかがおうとして視線が重なってしまう。


ドキリとしたはずみに手からスプーンが滑り落ちて耳障りな音を立てた。ほおがほてっているからきっと赤くなっているはずだ。


焦るシャルロットの横でユーシスがスプーンを拾おうとする。ギャルソンに任せておけばいいのだが今のシャルロットは気が動転していた。


「ごめんなさい! 自分で拾うから」


 あわてて伸ばした手がユーシスの手に触れた。


「すぐに新しいものをお持ちします」


スプーンを拾って立ち上がったユーシスに、、、シャルロットの思考が停止する――――



 シャルロットは穴が開くほどこちらを見つめている。視線をずらすととなりのテュテュリンも同じような顔をしている。

呆然ぼうぜんとした顔を。


どうしてふたりがそんなに驚いているのかわからないユーシスは、答えを求めて少女たちの向かいの席に目を向ける。


だが、そこにいたのはいつものつまらなそうな態度のリッガルトではなかった。


「どういうことだ?!」


鋭い声が耳に突き刺さる。リッガルトの瞳は疑惑の色に染まっていた。


 ユーシスはハッとして自分の頭に手を当て、髪をつかむ。そのまま毛先に向かって指をすべらせると短いはずの髪が長くなっている。


少年の心臓が激しく脈を打つ。恐るおそるつかんだ髪に目を落とし、やっとみんなが何を見て驚いているのかを理解した。



 空色の髪でいるはずがどういうわけか銀色の髪になっている。身体は縮んでしまい燕尾服えんびふくはぶかぶかだ。


「・・・ルシオン・・・なの?・・・・・・」


困惑したシャルロットのか細い声。


 立ちつくすルシオンに険しい顔をしたリッガルトが詰め寄る。


「説明してもらおうか」


(こわい!!!)


ルシオンは瞬間移動(テレポート)しようとしたができなかった。


(どうして!??)


こんな事は初めてだった。


 パニックにおちいった少年は一目散いちもくさんに逃げだした。とにかくこの場から離れたかった。シャルロットの、テュテュリンの、リッガルトの、自分を見つめる視線が痛い。



 カッセームから出て行ったルシオンを追ってディックル兄妹も行ってしまった。


ひとり残されたシャルロットには目の前で起きた事がまだ信じられない。置き去りにされたデザートのアイスクリームが照明の下で溶け始めていた。


「・・・ユーシス・・・・・・・・・」


ついさっきまで夢のように幸せな時間をすごしていたはずなのに・・・・・・


 一体何がどうなってしまったのか。今日この場でユーシスに告白しようと固く決心してきたことが、無駄になってしまったことだけは確かだった。


グラスに映るシャルロットの顔は奇妙な形にゆがんでいた。

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