初任務~二日前・午前
二〇一九年の秋口。
日曜日の街中、昼食に何を食べようかと思案しながら歩いている数哉は、ふと、立ち止まった。
「泣き声? それに……」
立ち止まった先、路地裏に向けて数哉は嫌な予感を抱きつつ、耳を澄ませた。
「やっぱりか」
数哉は確信して、路地裏へと駆け出した。
ビルの陰になり、日中だというのに暗い道を躊躇なく奥へと駆け進む。
そして、進めば進む程にはっきりと聞こえてくる。
唸り声。
犬の様な唸り声が、徐々に大きくなってくる。
「……いた」
数哉はそう呟くと、駆けながら手近に落ちている小石を拾い上げ、それに軽く息を吹き掛けた。
グルルルルルルルルルルルルルルルルル
数哉の向かう先に、大きな犬の様な赤い化物が、気味の悪い唸り声を発していた。
しかし、その化物は数哉には気付いておらず、円を描くように何かの周りをうろうろと歩いていた。
「間に合った、か。良かったぁ」
数哉はその何か……化物の目の前でしゃがみ込み泣いている女の子を見とめると、立ち止まって安堵の溜息を吐いた。
グルゥグガガアァァッ!
数哉が溜息を吐いて一息つく間もなく、化物が女の子に向かって咆哮をあげた。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
同時に、女の子が叫び声を上げながら目を見開いて化物を見上げる。
「こっちだ!」
数哉はそう叫び、化物に向かって、手にした小石を投げつけた。
ガアゥッ!
脇腹に小石が当たると化物は軽く呻き、すぐに数哉を捉えて睨みつける。
「どうした?! 早く来いよ! 怖いのかっ?!」
数哉は化物を挑発しながら右腕の袖をまくり、左の人差し指と中指を揃えて立てると、それを筆のようにして文字を書くように右腕と手の甲をなぞっていく。
グルルルルルルルルル
化物が唸りながら、じりじりと数哉との間合いを詰めてくる。
「天地! 神明! 授かん! 烈光!」
数哉が右の拳を天に突き上げながらそう発すると、指でなぞった箇所が白く輝き出した。
グガアァウゥッ!
化物は大きく吠えると、その大きな口から炎の弾を数哉に向かって吐き飛ばした。
「おっとと」
数哉は横に飛び退いて炎の弾を難なく躱したが、後方でそれが着弾し、壁の一部分をドロリと溶かした。
「マジかよ。さっさと終わらせないと、なっ!」
溶けた壁を一瞥すると、数哉は化物を睨んで地を蹴った。
グガウゥッ!
化物は再び咆哮を上げて炎の弾を飛ばしてくるが、数哉は横転して回避し、そのまま勢いを止めることなく化物に突進した。
グガアアァウゥッ!
化物は一際大きく吠えると、向かってくる数哉に飛び掛かった。
「飛んで火に入る、夏の、っと!」
数哉はブレーキを掛ける様に両足を地面に摺らせながら、白く輝く拳を振りかぶり、飛び掛かる化物の顔面に向かって突き出した。
ギャンっ!
拳が顔面に触れた瞬間、眩い光と共に化物の首が宙に舞った。
「ふぅ……良かった良かった」
数哉は地面に転がる化物の頭部が黒い粒子となって宙に舞い消えるのを見届けると、溜息混じりにそう言った。
「良くないわよっ!」
突然の怒鳴り声に、数哉は軽く飛び退き、声のした方に視線を走らせる。
そこには、女の子を保護する二人の白いコートを纏った男たちと、数哉を見据えながら腰に片手を当てて仁王立ちする女性がいた。
「キミっ! どこの所属?! 単独行動は危ないわよ! どうかしてるわ!」
「え? は? あ……え?」
目が点になっている数哉に向かって、女性はつかつかと白いコートをはためかせながら歩み寄ると、その綺麗な顔を近付けた。
「だ・か・ら……どうかしてるわよ?」
そう言って、女性はウインクをした。