おぼっちゃん 新聞社を創業する
「ところで、シルバー君はそのお金をどうするつもりだい?パーッと使うかい?」
リトネは1000枚のアル紙幣を渡しながら聞く。その目には、シルバーを試すような色が浮かんでいた。
「いや、このお金は事業を起こす元手にします」
リトネの目をしっかりと見返しながら、シルバーは返答する。
「事業って?」
「まだこっちの世界にはない事業-新聞社を設立したいと思います」
シルバーの目には、自分だけの事業を興すことへの期待が現れていた。
リトネはそんな彼を好ましそうに見て笑う。
「わかった。なら国王の名において、シルバー商会の設立を認めよう。思う存分やってみるがいい」
その場で新商会設立の許可証を発行して、シルバーに渡す。
「そして、これは僕からの餞別だよ」
リトネは分厚いファイルのようなものをシルバーに手渡した。
ファイルを開いてみると、何千もの商会の資料が入っている。
「陛下、これは……?」
「僕が経営している『ドラゴニア銀行』の顧客名簿。大口取引先だけを抜き出してまとめている。といっても、職種とか連絡先とか人物像程度だけどね。それでも、何万アルお金を出しても手に入らない貴重な情報だろう」
リトネはにやりと笑う。
確かに事業をはじめるにあたり、これ以上ないぐらいの贈り物だった。
「陛下、ありがとうございます」
「がんばってくれ。期待しているよ」
シルバーは素直に感謝して、リトネと握手するのだった。
アンデス領 領都ナスカ
「さあ、これで『シルバー新聞社』の設立だ!」
真新しい看板を壁にかけて、シルバーが満面の笑みを浮かべる。
「シルバー様!おめでとうございます!」
隣でマリーがパチパチと拍手している。
「まあ、実質僕と君の二人だけなんだけどね」
シルバーは照れた顔をする。たしかに新聞社とはいえ、本社はナスカ城の一室に電話を一本引いただけ。従業員はマリー一人だけの寂しい状況だった。
「……さて、これからどうしょうか?」
「シルバー様。何事も一歩ずつからです。とりあえず、皆様に協力を求めることから始めましょう」
マリーがそうアドバイスしてくれる。
「そうだな。どの道、二人じゃ情報を集めることすらできない。なら、あの人に相談してみよう」
シルバーとマリーは、同じ城にある別部門に向かった。
「我々の得た情報を、教えてほしいですと?」
その部門を統括している中年の紳士にギロリと睨まれる。
「は、はい。サブロウ殿。お願いします」
シルバーは床に頭が着きそうなくらい、頭を下げている。
そんな彼を見て、中年紳士-サブロウ・フーマはフンっと笑った。
「お断り申し上げる。我らアンデス諜報部は、形式的にシャイロック金爵家に所属しているものの、それは世を欺く仮の姿。我らの忠誠はドラゴニア国家、いや、竜者リトネ様個人にささげております。いかに嫡男であるシルバー様の命令とはいえ……」
「これは命令ではなく、お願いです。ちゃんと情報の対価は払います」
シルバーは頭を下げたまま、言い放った。
「対価ですか?しかし、我々は別にお金には困っていないのですよ」
サブロウはそう言って、シルバーを哀れむように笑った。
以前までのシルバーならここで怒って癇癪を起こしていたが、日本で散々営業経験を積んでいたおかげで、怒ることなく相手の立場を慮ることができた。
実際、竜者に付き従った英雄の一人とも言われるサブロウにとっては、シルバーなど単なる苦労しらずのお坊ちゃまで、あまりまともに相手にする気になれないのだろう。
しかし、シルバーは挫けることなく、彼への説得を続けた。
「いいえ。対価とは、お金のことではありません。ドラゴニア王国をさらに安定させ、治安維持に役立たせることです。サブロウ殿の仕事にもメリットがあります」
「ほう……」
それを聞いたサブロウは、少し興味を引かれる。
「治安維持に役に立つとは、どういうことですか?」
「私が今から行おうとしている事業である『新聞』は、紙媒体で情報を多くの人に届けるということです。もしリトネ様が民に呼びかけたいことがあれば、『記事』という形で広めることができます」
「なるほど……」
サブロウは腕組みをして考え込む。たしかに情報のコントロールは、彼のような諜報活動をしている人間にとっては重要なことだった。今までは口コミの形でリトネや王国にとってよい話を広げたり、あえてアベルやロスタニカ王国の悪行を広げてドラゴニア王国への帰属意識を高めたりしていたのだが、それを『紙』という形に残るやり方でできるのだ。
「確かに有効ではありますが、世の中はきれい事ばかりではありません。シルバー様が今おっしゃったようなことは、王国に害をもたらすことでも使えます。リトネ様に都合の悪いことを書かれて、彼の悪評が広まったりしたら……」
「お疑いなら、我々の事業に諜報部からも人員を派遣してチェックしていただければと思います。私は何も世の中に無用な争いを広めたいと思っているわけではありません。むしろ、社会をよりよい方向に向かわせたいと思っています。ご協力をお願いします」
そういって再び頭を下げるシルバーに、サブロウもついに折れる。
「わかりました。フブキ、シルバー様にご協力して差し上げろ」
「はーい。お父様」
そう言ってやってきたのは、諜報部の制服である白装束に身を包んだ小柄な少女である。彼女は小さなミツバチを思わせるような可愛らしい容姿をしていた。
特徴的なのは、その背中に生えている薄い羽である。
「この者は私の娘の一人で、『金蜂族』なのですが、少々変わっておりまして、巣を作って子供を生むだけの人生は嫌だと申して……やむ終えず諜報員見習いとして引き取ったのです。ですが、どうも明るくて騒がしくて落ち着きがないというか…その、諜報員にも向いておらぬのです。頭は悪くないと思いますので、シルバー様、どうか役立たせてくだされ」
「シルバー様、よろしくお願いします!」
フブキは明るい声で、元気よく挨拶するのだった。
新しくフブキを加えたシルバーたちは、部屋に戻ってこれからのことを考える。
「ともかく、これで諜報部の人から情報を仕入れることができるようになった。それじゃ、具体的に何を書くか考えよう」
シルバーは黒板にチョークで、思いついたことを書いていく。
・政府の広報
・天気予報
・著名人のコラム
・各地で起こった事件・事故などの情報
・各地の商会が行っている商売に関する情報
・各地の商品の相場などの経済情報
・各地の娯楽・イベント情報
・風俗・求人などの情報
・独自取材によるゴシップなどの記事
・新聞小説・漫画などの連載
こうして書き出したことに対して、マリーやフブキに意見を求める。
「政府広報は黙っていても陛下や父上から言ってくるだろう。天気予報は今は無理だ。情報関係は諜報部の人から流れてくる情報をそのまま載せるとして、何か自分たちでも取材してみたいな。一般大衆の人の関心を集めるようなネタはないかな……」
「はいっ!」
フブキが勢いよく手を挙げて、シルバーに言う。
「竜者リトネ様と、彼に従った英雄たちに取材して、その後のエピソードを書けばいいと思います」
それを聞いたシルバーは、思わず首をかしげてしまう。
「姉さんたちのこと?そんなの面白くもないと思うけど……」
「ちっちっち。甘いですね」
フブキは人差し指を振りながら、シルバーをからかう。
「そりゃ第一王妃ナディ様の弟で、生まれたときから英雄達に可愛がられているシルバー様にとっては、親しい人ばかりでしょうけど、一般大衆にとっては彼らは近寄ることすらはばかれる雲の上の方々なのです。庶民にとっては、ただあこがれの目で見上げるのみ。でも、彼女たちのことを知りたい。そういう欲求に答えられるのは、生まれつきのお坊ちゃまであるシルバー様だけです」
「……そうかな?」
お坊ちゃま扱いされてちょっとカチンときたが、確かにフブキの言うとおりである。気軽に国王や英雄たちに会えて記事を書けるのは、彼らと親しいシルバーだけかもしれなかった。
「わかった。僕が姉さんたちを訪問して、彼らの想いを書くよ」
シルバーがその仕事を請けおう。そんな彼を、マリーは頼もしそうに見つめていた。
「ほかには何を書くかだけど……どの道人手も足りないし、一般紙みたいに何枚もページを作るのは無理だ」
シルバーは日本から持ってきた新聞を参考にして考える。
「となると、スポーツ新聞系みたいな薄いものから始めるべきだけど……この世界ではスポーツが娯楽として定着していない」
シルバーはうむむと唸る。改めて日本とこの世界の進歩の違いを感じた。
「ならば……ちょっとエッチ系からせめてみるとか……?」
スポーツ新聞のアダルト欄を見てにやけていると、マリーから睨まれた。
「シルバー様!」
「ご、ごめん!でも、これは男にとっては必要なことなんだ!べ、別に犯罪を唆しているわけじゃなくて、その……それに、これがあれば、きっと売れると思うし!」
しどろもどろになって口ごもるシルバーに、マリーはため息をつく。
「……仕方ないですね。ただし、それがメインになると、新聞の意義が薄れてしまいますので、1ページだけです」
サキュバスであるマリーは、男の生態についても知っている。しぶしぶと認めてくれた。
「うん。わかった。なら、それも僕が担当して……」
うれしそうな顔をするシルバーに、マリーは冷たい目を向けるが、アドバイスしてくれる。
「……私の母ネリーは、その、お父様から特別に認められて、そういう方面を取り仕切っております。お母様を頼りましょう」
「わ、わかったよ。後は販売ルートのことだけど……」
シルバーは難しい顔をして考え込む。日本で新聞販売店で働いていた彼は、営業の大切さを知り尽くしていた。すべての事業は、モノが売れて金が入ってきて初めて継続できるのである。
「いきなり一般家庭に売り込むのは無理だな。そもそも『新聞』というものが認知されていない」
一般家庭に持っていっても、何のことか理解してもらえないだろう。仮に契約が取れても、配達するための人員もいないのである。
「だとすると、やっぱり商人に頼んで、店頭販売からはじめるしかないな」
シルバーは無理をせず、まず新聞というものを知ってもらうために、商人に頼んで代理で売ってもらうことにした。
「それでしたら、私が商人たちに交渉したいと思います」
フブキがにっこりと笑って手を上げる。
「え?君が?僕が直接商人たちに回って、営業しようと思ったんだけど。日本でも経験あるし」
シルバーが意外そうに言うと、フブキはやれやれという顔になった。
「やっぱりシルバー様はお坊ちゃまですねぇ。ご自分が他人からどう見られているか、お分かりになられてないようです」
「どういうこと?」
シルバーがムッとなって聞くと、フブキはなぜシルバーが直接営業してはいけないかを話し始めた。
「いいですか?シルバー様は陛下の義弟で、第一王妃ナディ様の弟です。いわば、生まれながらにしてお坊ちゃまの中のお坊ちゃま。サラブレッドです」
「……それは言われなくてもわかっているけど。でも、僕だって日本で苦労して……」
何か言いかけるシルバーを制して、フブキは話し続ける。
「そういうご身分は、上の立場の人と接するときにはプラスに働きます。シルバー様には気軽に英雄たちと会って、お話を聞くことができて記事が書けるでしょう。でも、もしあなたが下の立場である商人たちの所に行って、『新聞』というものを取り扱ってくれと言うと……」
フブキは一度言葉を切り、いたずらっぼく笑う。
「彼らは強い立場のお坊ちゃんから強要されたと、理不尽さを感じるでしょう」
「うっ!」
思ってもいなかったことを言われて、シルバーは動揺した。
「べ、別にそんなことをするつもりは……」
「こちらにはそんな事をするつもりはなくても、相手にそう思われたら同じことです。だって、あなたが諜報部に情報提供を頼みに来たとき、私もそう思いましたもの」
フブキはしれっと言い放つ。
「……やっぱり、そうなのかな?」
そう反省するシルバーに、フブキはクスッと笑う。
「まあ、その後のやり取りを見て、誤解は解けたんですけどね……でも、世の中はサブロウお父様のような剛直な方ばかりではないのですよ。あなたの要請を断ったら、後でどんな目に合わされるか……そう思われたら、きっと将来ろくなことにならないと思います」
フブキの言葉には、本当にシルバーのためを思って言っている誠意が感じられた。
「……なら、君に任せたほうがいいのかな?」
「はい。大商人のおじ様たちには、『シルバーお坊ちゃんの権威を借りている小娘が来た』程度がちょうどいいと思います。無駄に警戒心や反抗心を抱かせることなく、会って話を聞いてくれるぐらいのことはしてくれるでしょうからね」
そこまで聞いて、シルバーは天性の営業センスを持つ彼女に任せることに決めた。
「それでは、私はナスカに常駐して、事務仕事と会計、連絡役をしましょう」
マリーはそう申し出てくる。
「よし。なら各々役割分担して、『新聞』を盛り上げよう」
「はい!」
シルバーたちは頷き合うのだった。
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