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お坊ちゃん、元の世界に帰る

それからシルバーは、今まで以上に積極的に仕事に打ち込んだ。

「事務仕事を教えてください」

経理のおばさんに頭を下げて、新聞販売店の金の流れを教えてもらう。

(なるほど……小さい販売店といえども、ひとつの独立した組織だからいろんな出費があるんだな。税金や保険、減価償却費に買掛金に売掛金、給与計算……)

最初はチンプンカンプンだったが、怒られながら仕事をこなしていく内に、必要性を感じて基本的な簿記や会計の知識を学んでいく。

「おやっさん。もっと仕事を教えてください」

「……なら、俺のかばん持ってついてこいや」

信輝に従って、取引先の所に一緒に赴く。

「○○社さん。また広告お願いしますよ」

「うーん。うちも苦しいし、なかなか広告の効果が見えてこないからねぇ」

しぶるまだ若い取引先の担当者に、信輝は必死に頭を下げながら提案する。

「○○地区にはターゲットの年齢層が多いから、そこを重点的に広告打ちましょう」

持ってきた重いかばんから資料を出して、必死にクライアントを口説く姿をみて、シルバーは驚いていた。

(事務所じゃあんなに威張っているおやっさんが、こんなに頭をさげるなんて……これがひとつの商会を支配しているトッブの姿なのか)

新聞販売店で怒鳴りあげている姿しか知らないシルバーにとって、営業中の信輝の姿は衝撃的だった。

しかし、卑屈だと見下す気持ちはわいてこない。それだけ彼が必死に仕事を取ろうとしているのが伝わってきているからであった。

帰りの自動車の中で、シルバーは恐る恐る聞く。

「おやっさん。何であんな若造に頭を下げてまで、仕事を取ろうとしたんですか?」

「決まっているだろうが。あいつが権限を持っているからだ」

信輝はブスっとしながら言い放った。

「権限……ですか?」

「ああ。相手が若いかどうかなんて、ビジネスの世界じゃ関係ない。傲慢な態度を取って、相手の機嫌を損ねて取引が停止になったら、仕事が取れなくて金が入ってこない。そうなると、俺だけじゃなくて皆が困るんだ」

そういい放つ信輝に、シルバーは素直に感動していた。

「おやっさん。俺たちのために……。それと、相手にいろいろ資料を見せて説明していましたが、何のためにそんなことを?」

「新聞販売店にとって、広告収入は重要な収入源だからな。だが、頭を下げるだけで仕事が取れるほど甘くもねえ。こっちからもいろいろ提案して、相手にもメリットがあると納得してもらわねえと、次の仕事につながらねえんだよ」

信輝は噛んで含めるように丁寧に説明する。なんだかんだと面倒見のいい彼だった。

「どうだ。てめえも広告営業をやって見るか?」

「お、俺がですか?」

「おう。組織のトップに立つ者は、何でも知って何でもできるようになるのが理想だ。そうすりゃ、部下がヘマしてもフォローできるだろう。何事も経験だ」

信輝にそう諭されて、シルバーも覚悟を決める。

「……わかりました。やってみます」

「ふん。ちったあマシになってきたじゃねえか」

信輝は満足そうに笑うのだった。

その後、シルバーは新聞の配達、事務、集金。営業を死に物狂いでこなしていく。最初は営業成績も上がらなかったが、何度も通っているうちに「変だけど熱心な外人の営業マン」というキャラが受けて、新聞営業と広告営業の成果も上がっていく。

シルバーに与えられた日本での修行期間の一年が終わるころには、新聞販売店の貴重な戦力になっていたのだった。

そして、シルバーが退職する日を迎える。

「今日で辞めるのか。惜しいな。やっと使えるようになってきたのにな」

先輩社員からは、そんな言葉と共に肩を叩かれる。

「シルバーちゃん。この一年お疲れ様。国元に帰ってもがんばってね」

パートのおばさんたちからは、花束が贈られた。

「皆さん……本当にありがとうございました」

思わずシルバーは涙を流してしまう。彼にとっても、自分を貴族のお坊ちゃんとして特別視しない彼らは貴重な存在だった。

最後に経営者の信輝が、一冊の本を渡す。

「新聞販売店の業務マニュアルだ。一応社外秘なんだが、くれてやるから持っていけ。役に立つだろう」

「おやっさん。……本当に、本当にありがとうございました」

シルバーは泣きながら、この一年父親のように面倒を見てくれた彼に頭を下げる。

「よせやい。国に帰っても、しゃんとしていろよ。マリーちゃんを泣かせるなよ」

信輝はプイッと顔を背けながら説教をする。彼の目にも薄く涙が浮かんでいた。

新聞販売店の皆に見送られながら、シルバーはこの一年を過ごしたアパートに帰る。

そこでは、きちんとメイド服を着たマリーが待っていた。

「シルバー様、本当にこの一年、お疲れ様でした」

「はは、マリーのメイド服も久しぶりだな。なんか懐かしいよ」

最後に部屋を掃除していると、シルバーはふと気づく。

「そういえば、この部屋の家具はどうしようか?元の世界に持って帰れるのかな?」

「いえ。あまり多くの物は運べません。おいて行くことになりますね」

マリーの言葉を聞いて、シルバーはちょっと惜しそうな顔になる。

「そうなのか。捨てていくのは、ちょっともったいないな」

「いえ、これらは次の人に役立ててもらいますから、無駄にはなりませんよ」

そういってマリーは微笑むのだった。

「次の人?そうか。なら大切に使ってもらいたいな……あれ?」

シルバーとマリーの周りに、白い霧が沸き起こる。

「シルバーよ。よくこの世界で一年も自活しました。私の世界に戻っても、リトネに協力して社会を発展してもらえるように期待します」

「この声は……女神ベルダンティー様?はい……微力を尽くします」

そのつぶやきと共に、シルバーの意識は薄れていくのだった。


「シルバー様。そろそろお起きになってください」

マリーに優しく揺さぶられ、シルバーの目が覚める。

彼は豪華な天蓋つきベッドに横になっていた。

「あれ?マリー?ここは?」

「ここはドラゴニア城です」

マリーに言われて、シルバーはあわてて周囲を見渡す。豪華な調度品に溢れた広い部屋は、まさに大貴族のお坊ちゃんが眠る部屋にふさわしかった。

なのに、シルバーは落ち着かない。

「えっと……今までの暮らしは夢だったのかな?それにしてはリアルだったけど」

そんな間抜けなことを言う彼に、マリーはくすっと笑った。

「いえ、夢ではないですよ。シルバー様は一年の日本での修行を立派に果たして、元の世界に戻ってきたのです」

そういわれて、やっとシルバーにも実感が沸いてきた。

「そうか……でも、何か居心地悪いな」

シルバーは苦笑する。日本での狭い部屋やせんべい布団に慣れていたので、いきなり貴族の部屋に戻っても違和感だけがあった。

「シルバー様、お父様がお呼びです。お支度を」

そんなシルバーの服を着替えさせ、貴公子の格好をさせる。

「……久しぶりに貴族の服を着ると、窮屈だな」

そんなことを思いながら、玉座の間に向かった。

玉座の間では偉そうにリトネが座っており、その横に父ゴールドと姉ナディがいる。ほかにも何十人もの貴族・官僚がいた。

シルバーは玉座の前に進み出て、うやうやしく跪く。

「わが義弟、シルバー・シャイロック君。よく一年の修行に耐えたね。君の苦労はマリーから聞いていたよ」

玉座に座っているリトネが、穏やかに話しかけてきた。

「陛下のおかげをもちまして、日本で貴重な体験をさせていただきました。感謝の念にたえません」

シルバーは完璧な作法を守って返答する。その態度は以前のやんちゃな貴族のお坊ちゃまではなく、一人前の大人のものだった。

成長したシルバーを見て、ゴールドとナディもうれしそうな顔になる。

「シルバー、よくやったぞ。さすが私の息子だ」

「……シルバー。よく試練に耐えた。姉として誇らしい」

家族にストレートにほめられて、シルバーは赤くなる。

「い、いや、私なんてまだまだ未熟者で……」

「いや。一年も見知らぬ世界に放り込まれて、自分の力で生きてこれたということは、りっばな大人になったということだ。ドラゴニア王国、国王リトネの名において、シルバー・シャイロックを金爵家正統後継者として認めよう」

リトネの言葉に、玉座の間に拍手が沸き起こるのだった。


その後、シルバーは別部屋に呼ばれて、この一年の成果を報告する。

「これがシルバー様の一年の成果でございます」

シルバーの後ろに控えていたマリーが進み出て、リトネに袋を渡す。それをあけてみると、札束が入っていた。

「ううむ……100万円も貯金したのか。一年でこれだけのお金を貯めるとは、苦労したんだね」

日本の通貨の価値を知っているリトネは、素直に感心する。

「すごいよ。期待以上だ。じゃ、君の血と汗がしみこんだような貴重な100万円を、1000アルで引き取りたいんだけど、いいかい?」

「陛下の御意のままに。どの道、この世界では使えませんからね」

シルバーは苦笑する。

「じゃ、このお金は次の人の為に使わせてもらおう」

リトネが鈴を鳴らすと、二人の人間が入ってきた。

一人は金色の鎧を着た白い髪の美少女で、もう一人は縄で縛られている少年である。少年は少女に引きずられるように、リトネとシルバーの前につれてこられた。

「くそっ!離せミルキー姉!俺は王子なんだぞ!」

「おとなしくしなさい。全く、どこで育て方を間違えたんだろ。小さいころは素直だったのに」

少女騎士はそんなことをいいながら、リトネに笑いかけた。

「パパ。リヒャルト君を連れてきたよ!」

「ご苦労様。……まったく、リヒャルト、お前にはこの国を継ぐ自覚があるのかい」

リトネがため息混じりに息子に説教すると、少年は反抗的な目を向けてきた。

「ふん。そういうのが嫌なんだよ。俺はもっと自由に、やりたいことをやるんだ!」

先ほどは自分は王子だと威張っていたのに、今度は自由に生きたいと勝手なことを言う。

まるで昔の自分を見ているようで、シルバーはつい口を挟んでしまった。

「あの……リヒャルト王子。あまりわがままを申されては、陛下がお困りになりますよ」

そういわれたリヒャルトは、軽蔑の視線でシルバーを見た。

「ふん。シルバー先輩。あんたは昔は輝いていたのに、今はすっかり牙を抜かれたようだな。前は貴族のお坊ちゃんなんて嫌だ、自分の力で天下を取ってやるってでかい事を言っていたのに」

リヒャルトにそういわれて、シルバーはため息をつく。

「……言うこととやることの間には、大きな差があるのさ。現実を知って、自分の無力さを思い知らされたんだよ」

そう遠い目をするシルバーを、リヒャルトはフンっと嘲笑った。

「俺はあんたみたいにはならねえ!自由に生きていくんだ!」

そうわめくリヒャルトを無視して、シルバーは彼の隣の少女に目を向けた。

「ええと……君は、たしかマザーの娘の、ミルキーさんだったよね?」

「シルバー様。お久しぶりでございます。私はミルキー・ドラゴニア。マザーの娘にして、国王リトネの義理の娘であります。騎士として王家にご奉公させていただいております」

ミルキーは凛とした佇まいの美少女で、騎士としての誇りが現れていた。

「ああ。よろしく。えっと……」

シルバー説明を求めるようにリトネを見ると、彼は苦笑していた。

「なんかミルキーは変な漫画に影響されたみたいで、女騎士にあこがれているんだ」

「パパ、ひどい!私はちゃんとした騎士だもん。こうやって、天竜シリーズの装備にも認められたし」

ミルキーは甘えた口調でプンスカと怒る。なぜか装備している天竜シリーズの武器防具から、やれやれといった気配が伝わってきた。

「そ、そうなんだ。ところで……王子はなんで縛られているの?またやんちゃなことをしたとか」

シルバーは苦笑する。彼はリヒャルト王子のことをよく知っていた。年こそ二歳しか離れていないが、彼の姉ナディの息子で、幼馴染だったからである。

「リヒャルト王子は、我々女騎士が訓練後に水浴びしているのを、こっそり覗いていました。それを訴えた所、陛下のご命令で捕らえたのであります」

ミルキーは、忌々しそうにリヒャルトを見ると、彼はフンっと目を背けた。

「君の自由にやりたいことをするって、覗きなのかよ……」

「うるせえ!」

リヒャルトは真っ赤な顔をして、拗ねるのだった。

「まったく……リヒャルト。お前は本当に王子の身分を捨てて、自由に生きたいのか?」

リトネがギロリとにらみつけると、リヒャルトは動揺しつつも反抗的な目を向けた。

「ああ。あんたには従わねえ!毎日毎日勉強に修行にと締め付けられて、もううんざりだ!」

リトネはそれを聞くと、大きくうなずいた。

「わかった。それじゃ、今日からお前を日本に追放する」

「へっ?」

思いもよらない処分を告げられて、リヒャルトの目が点になる。

「一年しっかりと自立して勉強しなさい。心配するな。しっかりとしたメイドをつけて……」

「はいっ!私が一緒にいく!」

リトネがそこまで言ったとき、ミルキーが手を上げた。

「え?ミルキーがついていくの?」

「うん。リヒャルトは義理の弟だし、心配だもん。それに日本にもいってみたかったし」

そういって目をきらきらさせるミルキーに、リヒャルトは抗議した。

「じ、冗談じゃねえ。誰がミルキー姉なんかと。どうせなら、可愛いメイドといちゃいちゃ……ぐえっ」

何か言おうとしたリヒャルトを、ミルキーは一発殴っておとなしくさせた。

「ねえ。パパいいでしょ?」

そう上目使いでいってくる娘に、リトネは困惑した。

「うーん。だけど、師匠がなんていうかなぁ……え?」

突然リトネは黙って、何かに集中した顔になる。

「……師匠から思念波がきたよ。ミルキーを日本にいかせてやってくれって。あの国の進んだ文化を勉強させたいんだって……仕方ない。心配だけど」

リトネはしぶしぶ、ミルキーが一緒にいくことを認める。

「やったー!パパ大好き!」

大喜びでリトネに抱きつくミルキーに、リヒャルトはますますあせった顔になった。

「だ、だから俺は嫌だって」

「黙りなさい。お姉ちゃんがその甘えきった性根を叩きなおしてあげるからね!」

ミルキーは『天竜の剣』の峰でリヒャルトの頭をバシバシとしばくのだった。

「……ミルキー。不詳の息子をお願いするよ。これは当座の資金だ」

リトネが100万円の札束を渡すと、ミルキーはうやうやしく受け取った。

「御意!我が父リトネ陛下!きっとリヒャルト殿下を更正させてごらんにいれます!」

最後は口調を女騎士のものに変えて、ビシっと敬礼する。

ミルキーはリヒャルトを連れて、退出していくのだった。

「あの……陛下。リヒャルト王子は?」

「ああ、あっちの世界で働いて、自立してもらう。僕もちょっと心配だけど、リヒャルトはこの国を継ぐ王子だ。だからみっちり苦労してもらわないとな」

そう邪悪に笑うリトネを見て、思わずシルバーは絶句する。

(お気の毒に……リヒャルト王子は苦労するぞ。俺はまだパートナーが世事に長けたマリーだったからよかったけど、世間知らずのスケべ王子と同じく世間知らずの脳筋女騎士のコンビじゃ、果たしてどうなるものやら)

シルバーは、日本は命の危険こそ少ないが、決して甘い世界ではないことを知っている。思わず同情してしまうのだった。

書籍未掲載部分はこつらのサイトで公開しています


https://www.alphapolis.co.jp/novel/692115556/894069504/episode/569976

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