お坊ちゃん 見捨てられる
次の日、不機嫌な顔をして出勤したシルバーは、雇い主である信輝にどやされる。
「てめえ!マリーちゃんと喧嘩したらしいな!ヒカルから聞いたぜ!あんな可愛くていじらしい子をいじめるなんて、どういうことだ!」
「お、おやっさん。違うんですよ。ただ、ちょっと困ったことがあるというか……」
怖い信輝にどやされて、シルバーはしぶしぶ訳を話す。
聞き終わった信輝は、拳骨を落とした。
「てめえ!ギャンブルで女を泣かすたぁ、どういう了見だ!」
「す、すいません」
苦手とする彼に怒鳴られて、シルバーは土下座して謝った。その様子を腕組みしてみていた信輝は、やれやれという顔になって事務所に行く。戻ってきた彼の手には、封筒があった。
「仕方ねえな。俺が貸してやるから、これで今月は乗り切るんだ」
そういってシルバーに封筒を渡す。あわててあけてみると、中には10万円が入っていた。
「おやっさん……」
「若えうちはいろいろ過ちも経験するもんだ。だが、今なら間に合う。マリーちゃんに謝って、二人でがんばりな」
信輝はまるで父親のような慈悲深い顔になって告げる。シルバーは素直に感動した。
「おやっさん。ありがとうございます」
そういって、封筒を懐にいれる。
しかし、彼を捕らえた「ギャンブル」という魔物からは、なかなか解放されないのであった。
その日の夕方
「……この金をマリーに渡して、ちゃんと謝ろう。そしてギャンブルもやめて、生活を立て直すんだ」
このような殊勝な考えを持っていた彼だったが、帰り道にいつも利用しているパチンコ店の前を通りかかる。楽しそうな音楽が聞こえてきて、シルバーの中の射的心を煽った。
「……今、俺は10万持っているんだよな……」
フラフラとパチンコ店に吸い込まれそうになるが、一度は踏みとどまる。
「……くぅぅ。だめだだめだ!ギャンブルに負けて、借金までしたんだ。まさに俺は伝説の悪女と同じパターンにはまっているじゃないか。この金をつぎ込んでしまったら……」
必死に理性を総動員するが、一度生まれた衝動は抗いがたい。
「最後だけ。一万だけ。これで勝ったら、いい思い出を持ったままやめられるから」
シルバーはパチンコ店に入っていった。
数時間後、死んだような顔をして部屋に戻ったシルバーは、マリーに迎えられた。
「シルバー様。ノブテル様に聞きました。お金をお借りしたんですね。明日、お家賃を払ったら、二人でお礼を申し上げに……え?」
不機嫌な顔をしたシルバーは、無言で封筒を差し出す。中には三万しか入ってなかった。
「え?確かお借りになったのは10万のはず。残りのお金は?」
「……パチンコに使った」
シルバーはボソッと言うと、そのまま布団を敷いて横になる。
「シルバー様、あなたという人は……」
「うるさい!あしたもう一回勝負して、取り返すから!だから余計なことは誰にも言うなよ」
マリーから封筒をひったくって、シルバーは不貞寝する。
その姿をマリーは絶望的な目で見ていた。
それからも、シルバーの暴走は続いた。信輝から借りたお金もすべてギャンブルに使い果たし、いよいよ金がなくなった彼は部屋の物に手をつける。
「シルバー様、それはお父様が使っていた家具です。勝手に売り払うのは……」
「うるせえ!」
バチーンとマリーを叩いて、リサイクルショップに部屋の中にあるテレビやパソコンなどを売り払う。そうして作った小銭を握り締めて、パチンコ店に突撃していった。
一人残されたマリーは、呆然としてつぶやく。
「……シルバー様は変わられた。以前はあんなに優しいお方だったのに……私に暴力を振るうなんて……ひどい」
マリーの頬に涙が伝わっていく。
「このままでは、シルバー様は暴君となってしまいます。でも、私には止められませんし。仕方ありません。ヒカル叔母様に相談しましょう」
マリーは肩を落として、ヒカルの元に向かうのだった。
自宅のマンションでマリーを迎えたヒカルは、シルバーの話を聞いて呆れる。
「……なんていうか……私の予知通りだね。少しは堕落してしまうという、自分の運命に逆らう気概を見せてみろっていいたくなるよね。まあ、リトネ君みたいな苦労してないから無理か」
ヒカルはそういってため息をつく。
「こんなことなら、この世界につれてこない方がよかったのではないでしょうか?」
「いいや。そうしなかったら、あっちでもタチの悪い奴らにだまされて、ギャンブルに狂って民に迷惑かけていたよ。シャイロック家を破産させるまで浪費を続けただろうね。まだ今のほうが、小銭程度で済んでマシだったよ」
それを聞いて、マリーは不安そうな顔になる。
「シルバー様はこの先どうなってしまうのでしようか?」
必死に聞いてくるマリーに、ヒカルは申しわけなさそうに告げる。
「残念だけど、シルバー君次第だね。でも、ひとつだけいえることは、ここで君が甘やかすと、彼をもっとだめにしてしまう。辛いだろうけど、今は手を出さずに見守ってあげて」
「はい……」
マリーは悲しい顔をさながらも、ヒカルに従うのだった。
その日、残ったお金をパチンコにつぎ込み、当然のことく全てすってしまったシルバーは、不満そうな顔をして家に戻る。
「マリー、考えたんだが、僕だけ働くのは不公平だ。お前もどこかで働いて……え?」
そんなことを言いながら部屋に入ったシルバーは、マリーの姿がどこにも見えないのに気がつく。
「あいつ、どこに行ったんだ?あれ?」
部屋のテーブルの上に、書き置きが残されていた。
あわてて封を切って読みすすろるうちに、シルバーの顔が真っ青になっていく。
『シルバー様。お父様にあなたの生活を報告したところ、私が甘やかせているからこうなったのだと叱責されました。ぞれで、一度戻ってくるようにと。シルバー様なら、きっと私がいなくても、一人で生きていけると思います」
読み終えたシルバーは、わなわなと震えて手紙を破る。
「畜生!俺を見捨てやがった!」
怒りのあまり、荒れ狂うシルバーだった。
そして数日後
「腹が減った……マリー……」
シルバーは部屋の中で、ひたすら布団に包まって震えていた。もはや部屋の中に食べるものはなく、売れる物も残っていない。
やけくそを起こしたシルバーは、部屋の中にあるものは布団以外すべて振り払い、作ったお金でパチンコをした結果、正真正銘のすっからかんになったのであった。
その後、仕事をする気力も失い、ただ布団に包まって寝ているだけである。
「俺はこのまま餓死するのかな……マリー……わるかった。帰ってきてくれ。もうギャンブルはしないし、お前を大事にするから」
布団の中で後悔していると、玄関のほうで物音がして、誰かが入ってきた。
「マリー!戻ってきてくれたのか!」
空腹で意識が朦朧としているシルバーが、入ってきた人影に抱きつく。
しかし、次の瞬間思い切りどやされた。
「このバカ野郎が!仕事にも来ないで何やってやがる!」
「おやっさん……」
怒鳴られたシルバーは、思わず涙を流す。入ってきたのは、彼の雇い主である氷雨信輝だった。
彼はゴミしか残っていない部屋を見渡すと、フンっと鼻を鳴らす。
「……どうやら、女にも見捨てられ逃げられたみたいだな。働きもせず、パチンコなんかしているからだ。お前は本当のクズだな」
「うっ……うううっ……」
信輝にバカにされて、シルバーは心底情けなくなって涙を流す。
そのとき、彼の目の前にコンビ二の袋が投げ出された。
「どうせ一人では飯も作れねえんだろう。買ってきてやったぜ。食え」
シルバーがビニール袋を探ると、おにぎりとペットボトルのお茶が入っていた。
「いただきます……うまい……」
涙を流しながら、貪るように食べる。元の世界で食べたどんなご馳走よりも美味しかった。
おにぎりを食べてひと心地ついたシルバーに、信輝は静かに諭す。
「いいか。俺はてめえの事情を知っている。お前の甘えきった性根を叩きなおすためにここに送られてきたってってことをな。どうだ。今度こそ自分に嫌気がさしただろう」
「はい……」
シルバーは頷く。
「てめえは今、人生のどん底だ。だが、ここからは這い上がるだけだ。根性出して働いてみせろ!きっぱりギャンブルをやめて、借金を返し、生活を立て直せ。そうすりゃ女も帰ってくるだろうぜ」
信輝は大口を開けて笑う。乱暴ながらもその優しい態度に、シルバーは感動した。
「はい。心を入れ替えて、しっかり働きます」
シルバーはつき物が落ちたような顔になって、はっきりと宣言する。
その後、アパートから新聞販売店の寮に引っ越して、借金返済のために死に物狂いで働く。
「遅い!早く運べ!」
「はいっ」
先輩社員に怒鳴られても、頭を下げて従う。
「いつになったら機械の操作を覚えるのさ!いい加減にしてよ!」
「すいません!もう一回教えてください」
おばさんパートの嫌味攻撃にも、じっと我慢して耐える。
「おい。仕事終わったらパチンコいかないか?」
「すいません!おやっさんに残業しろって言われているんで!」
悪い遊びに誘われても断れるように、自発的に信輝に頼んで残業させてもらう。
もちろん稼いだ金は最低限を残して借金返済にまわし、一切のギャンブルを絶った。
(我慢だ……きっと借金さえ返して、もう一度あのアパートを借りられれば、マリーは帰ってきてくれる。その日まで、我慢だ)
辛いときはマリーの笑顔を思い浮かべて、心の支えとする。
努力のかいあって、二ヶ月で借金を全額返済できるのだった。




