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お坊ちゃん 日本に島流しになる

数日の苦しい旅を経て、二人は大きな山に到着する。

「シルバー様。もしかしてここは……」

「そう。フジ山だよ」

シルバーは恐れ気もなく山に踏み入る。後をついていくマリーの顔には不安が浮かんでいた。

「あの……ここで何をすれば?」

「ここにはリトネ様の師匠である、マザードラゴンがいらっしゃる。彼女からリトネ様を説得してもらえれば……」

シルバーがそうつぶやいた時、いきなりまぶしい光に包まれる。

『……侵入者よ。帰りなさい。ここはあなた方が来るところではありません』

そうささやきかけて来るのは、美しい女性の声だった。

「マザー様?」

『いいえ。私は娘のミルキーです。ここは人間と魔族は立ち入り禁止。これ以上進むと、恐ろしいことが……え?』

ミルキーの思念波が切れる。誰かから話しかけられたようだった。

『えっと……パパ?連れてきてほしいって?どういうこと?』

しばらく何者かと会話していたミルキーは、呆れた声を上げた。

『パパの悪ふざけなのか……いいよ。わかったよ。マリーは義理の妹だもんね』

そういった途端、光が収束して人型になる。

現れたのは、白髪碧眼の白い肌を持つ美少女だった。

「こちらへどうぞ。パパとお母様、お姉さまたちも待っています」

ミルキーは二人を案内して、フジ山を登っていく。

思いもしない展開に首をかしげながらも、シルバーとマリーはついていくのだった。

しばらく登ったところで、何個もの洞窟がある場所に出る。

その入り口では、『竜の村ディノテリア』と書かれていた。

「……あれが……の娘か……可愛いな」

「じゅるり。かわいい男の子。耳かきしてあげたい」

なぜか何十人もの男女が、ジロジロと興味深そうに見てきて、二人は肩身の狭い思いをした。

しばらく進むと広場があって、そこには玉座がある。

玉座には艶かしい美女が偉そうに座っていた。

「お母様。お二人を連れてきました」

ミルキーがシルバーとマリーを引き合わせると、女性はフンっと鼻をならした。

「ワラワはマザードラゴンじゃ。人間たちよ。この禁じられた聖地にやってくるとは、相当の覚悟あってのことじゃろうな。何をしにきたのじゃ?」

マザーは冷たい顔をして言い放つ。

「じ、実は……」

シルバーとマリーは、涙ながらにリトネに政略結婚を押し付けられそうになっていることを訴えた。

それを聞いていたマザーは、つまらなさそうに返す。

「それで、ワラワに何の関係があるのじゃ?」

「ぜひリトネ様の師匠であるマザー様のお口添えを持ちまして、政略結婚の破棄を……」

「たわけ!」

マザーの怒りが響き渡る。

「自分の好いた相手と結ばれるのに、人の手を借りようとはなんじゃ!そういうことは、政略結婚を押し付けてくる本人に向かっていうがよい!」

マザーが天を仰ぐと、いきなり空が暗くなり、雷が轟き渡る。

「な、なにを……」

「シルバー君。何か言いたいことがあるのかな?なら僕に直接言ってくれ」

空からニヤニヤ笑いを浮かべた巨大な黒いドラゴンが降りてくるのだった。

黒いドラゴンは地上に降り立つと、30歳くらいの青年の姿になってシルバーに相対した。

「リ、リトネ様……」

「シルバー君。このフジ山まで来るとは感心したよ。その勇気があれば、我が娘を託せるかもしれない。だけどね……」

リトネは拳を構える。

「父親としては、一回ぐらい娘を奪おうとする相手と喧嘩したくなるものなのさ。さあ、君には結ばれたい相手がいるんだろ!かかってこい!」

両手をくいくいとして、挑発してくる。その様子を見て、シルバーも覚悟を決めた。

「わかりました。お手向かいします」

シルバーとリトネの戦いが繰り広げられるのだった。


数分後

打ちのめされたシルバーが地面に転がっている。

「どうしたシルバー君。そんな程度では、婿として認められないぞ」

無傷のリトネがなおも挑発してくる。完膚なきまでに叩きのめされて、シルバーは悔しさのあまり涙を流した。

(くそっ!伝説の竜者に勝てるわけないじゃないか!馬鹿にしやがって)

シルバーの心に初めて反抗心が生まれるが、それでも立ち上がることはできなかった。

その時、マリーが彼をかばうように前にたち、リトネに向かって土下座した。

「リトネ様!あなたに逆らってしまった、私たちをお許しください!あなた様の意思に従って、私は身を引きます。その代わり、シルバー様のお命だけは、お助けください」

涙を流して懇願するマリー。

(くそ!俺はなんて無力なんだ!マリーに庇われるなんて!)

愛する人に土下座までさせてしまったことで、シルバーのプライドは粉々に打ち下される。

必死に頭を下げるマリーを見て、リトネはなぜか動揺していた。

「あ、あれ?ちょっと待って。そうじゃなくて……」

「『闇氷』」

次の瞬間、女性の声が響き渡って、一瞬でリトネは巨大な氷に包まれていた。

「リトネ、いい加減にして!」

建物の陰から、見慣れた女性が出てくる。

「……姉さん……」

それはシルバーの姉、第一王妃ナディだった。

「……かわいそうに。こんなに傷ついて。よく勇敢にお坊ちゃまと戦いましたね」

空からコウモリの羽を持った、グラマービキニ美女が降りてきてシルバーに手を当てる。

すると、たちまちシルバーの傷が治っていった。

「……お母さま?どうしてここに?」

「マリー。よい男性と恋仲になりましたね。たくさん子供を生んで,魔族を繁栄させるのです」

そう妖しく微笑むのは、性産業などの裏の世界を支配するといわれている、『夜の女帝』の異名をもつ女、ネリーだった。彼女はマリーの母である。

シルバーを治療したネリーは、彼をかばうようにリトネの前に立つ。ナディもやってきて、リトネに杖を押し当てていた。

二人の美女に睨み付けられ、氷から出たリトネは決まり悪そうな顔をする。

「……リトネ、どうして私の弟をいじめたの?」

ナデイの詰問に、リトネは頭をかきながら弁解した。

「あ、あの、元の世界の物語で、好きあった男女が政略結婚で引き裂かれそうになって、だけど二人は諦められずに逃げ出す。でも、実はその政略結婚の相手が好きな相手だったからハッピーエンドという話を読んで、面白かったからつい……それに、娘が結婚するのって、なんか嫌だったし」

「お坊ちゃま。そんなことで私の娘をもてあそばないでください。悪い癖ですね」

ネリーも色っぽい仕草で、リトネを嗜めた。

「パパ、意地悪だよ」

白髪の少女、ミルキーもやってきて、腰に手を当ててリトネを叱る。

「まったく……こんな茶番にワラワたちまで付き合わせおって。そこの坊やが可哀想だと思わんのか!いたずら者め」

マザーもプンスカと怒っていた。

「ご、ごめんなさい」

リトネは彼女たちの前で、頭を下げて謝る。それを見て、シルバーはますます幻滅した。

(くそ!伝説の竜者ともあろうものが、女たちにはホイホイ頭を下げるのか!俺はこんな奴を尊敬していたのか!)

しかし、同時に自分に対する劣等感も激しくなっていった。

(だけど……俺はそんな奴にもボコボコにされた、もっと情けない奴なんだ)

シルバーの劣等感に誰も気づくことなく、女たちはリトネを責め立てていた。

「……わかったよ。無理には政略結を押し付けたりはしない。君たちは自由にすればいいから」

それを聞いて、マリーはパッと顔を明るくする。しかし、シルバーは素直には喜べなかった。

「でも、本当に政略結婚を解消してもいいの?その前に相手を確認したほうがいいんじゃないの?」

リトネはニヤニヤ笑いを浮かべて、シルバーに聞いてくる。

「……どういうことですか?」

シルバーはキッとなってリトネを睨み付ける。

リトネは面白そうな顔になって、シルバーに告げた。

「こほん。国王として要請する。シャイロック金爵の嫡男、シルバー・シャイロックよ。我が娘マリーと婚約してほしい」

「……わが娘?」

マリーがキョトンとなる。リトネは優しい顔をして、マリーにも告げた。

「マリー。今まで黙っていてごめん。君は僕とネリーさんの子供なんだ」

マリーの頭に手を置いて、優しくなでる。それを聞いたマリーの目に、涙が盛り上がってきた。

「……お父様、なんですか?リトネ様が?私の?」

「ああ。君は紛れもなく僕の娘だよ」

そういって、リトネは優しくマリーを抱きしめた。

「マリー、ごめんなさい。今まで黙っていて。あなたは魔族の血を引く娘。世間ではいまだ魔族に対する偏見が強いわ。王の娘が魔族だと知れたら、世間に混乱をもたらすでしょう。だから秘密にして、シャイロック家に預けていたのよ」

ネリーもやってきて、マリーを優しく抱きしめた。

「……そういうわけだ。シルバー君、この結婚を受けいれてくれるかい?」

「……はい」

シルバーは不承不承うなずく。

「……シルバー、よかった。マリー、弟をお願い」

「マリー、よかったですね」

ナディとネリーに祝福され、マリーは真っ赤な顔になって喜ぶ。

「皆様……本当にありがとうございます」

「マリーさん。おめでとうございます。さあ、宴を開きましょう」

ミルキーが音頭をとって、竜の村で祝宴が開かれる。

マザーや竜の一族から祝福されながらも、シルバーは心の中にどす黒い不満がわきあがってくるのを抑えられなかった。

(くそ……何が竜者だ!俺たちを弄びやがって!)

その日以降、シルバーは強烈な反抗心を義兄に抱くことになるのである。

その後、マリーは貴族の正妻となる教育をうけるため、王宮に行ってしまい、シルバーとはなかなか会えなくなる。その寂しさもあって、ついにシルバーはグレてしまったのだった。


『叫びの沼』で昔のことを思い出しながら、シルバーは一人苦笑する。

(結局、俺は幼稚な反抗心をリトネ様に抱いて、粋がっていただけなんだな。よく考えたらリトネ様に悪気はなく、俺たちが結ばれるように政略結婚という形を整えてくれただけなのに。俺は馬鹿をやって、ここでむなしく死んでいくのか……)

シルバーの体がどんどん沼に沈んでいく。

(マリー。最後にひと目あいたかったけど……さよならだ。幸せになれよ)

そう思ったとき、上空から黒い影が降りてくる。

「シルバー様!」

マリーはあわててシルバーに駆け寄り、沼から引き上げるのだった。

『叫びの沼』からシルバーを救ったマリーは、日の当たる場所でシルバーを治療する。

「ヒール」

水の治療魔法をかけて、シルバーの傷を癒した。

「……マリー、ありがとう」

「まったく。シルバー様ったら。婚約者である私を心配させて」

マリーはプンスカと怒りながら、シルバーを膝枕する。

「マリー、その、俺は泥だらけだから……汚いよ」

シルバーは遠慮するが、その鼻をつままれた。

「めっ!何を遠慮しているんですか。私たちは婚約者ですよ」

マリーはシルバーについている汚れなど、全く気にしないように言った。

「ご、ごめん」

シルバーは素直に謝る。

しばらく、二人の間に心地いい沈黙が降りた。

「……ゴールド様に聞きました。シルバー様、私がいない間に、ずいぶんやんちゃなことをして、民に迷惑をかけているそうですね」

「うっ!」

マリーに睨まれて、シルバーは動揺する。

「シルバー様は金爵家の嫡男ですよ。そんな態度だと、みんなが困ります」

「うるさいな。そういう立場がうっとうしいんだよ!」

シルバーは子供のように頬を膨らませて拗ねる。

それを見て、マリーは悲しそうな顔になった。

「……もう。私は貴方の正妻になるために、この三年間必死に勉強していたのに……」

「知るか!」

シルバーはマリーから顔を背ける。

「貴方がそんな態度だと、やっぱりお父様から言われたお仕置きをしないといけませんね……」

「ふん。好きにすればいいさ」

シルバーはふてくされた顔をして、マリーを見上げる。

すると、マリーの赤い目と合ってしまった。

「マ、マリー?その目は?」

「『睡目(スリープアイ)』。ふふ。ご安心ください。私は貴方の婚約者。罪も罰もあなたと一緒に受けたいと思います。さあ、二人で参りましょう」

マリーの声を聞きながら、シルバーはやさしく眠りに導かれていった。


シルバーの意識がぼんやりと戻ると、見知らぬ女に見下ろされていた。

「……これがナディの弟?可愛いじゃない?」

「ヒカル叔母様。駄目ですよ。シルバーさまは私のものです」

となりでマリーが笑いながら釘を刺している。

「……わかっているわよ……ううっ。私はいつになったら結婚できるのかしら。あの世界の登場人物たちはどんどん結婚して子供を作っているのに、私はいまだに独身……」

メガネをかけた女は涙を流している。

「よろしければ、叔母様も私たちの世界にいらっしゃいませんか?」

「うーん。考えておくよ」

メガネをした中年女性はそういって苦笑した。

「……あんたは?ここはどこだ?」

起き上がったシルバーは、周りを見渡して首をかしげる。薄いテレビなどの見慣れない家具に囲まれた妙な部屋だった。

「私は氷雨ヒカル。ネリーさんの親友だよ。ここは日本の私の部屋」

「日本だって?」

シルバーはそれを聞いて驚く。

彼のいた世界では、異世界の理想郷として伝説になっている幻の国だったからである。

「お父様から伝言です。『いい貴族になるためには、市井のことを知らないと駄目だ。シャイロック金爵家を継ぐ前に、身分が通用しない場所で貧乏生活を経験しなさい』とのことです」

マリーは申し訳なさそうにいう。

しかし、シルバーはわくわくした調子でつぶやいた。

「ふふ、上等だぜ。以前から日本に来て見たかったんだ。それに、シャイロック家のしがらみからも逃れることができた。面白いじゃないか!」

シルバーはこれから始まる自由な生活のことを思って、ワクワクとしていた。

しかし、そんな彼にマリーは水を差す。

「シルバー様。持ってくることを許された資金は限られています。この世界での保証人はヒカル叔母様になっていただけますが、それ以上は頼れません。私たちは見知らぬ世界で、二人だけで生きていかないといけないのです……おそらく、過酷な生活になるかと」

「いいさ。君と一緒なら、たとえどんな生活でも幸せさ」

シルバーはそういってマリーを抱きしめる。

そんな彼を、ヒカルは呆れた目で見つめていた。

「これが貴族のお坊ちゃんって奴か……リトネ君も大変だね」

「ああん?なんかいったか?オバサン?」

シルバーはバカにされたと感じたのか、ギロリとヒカルを睨み付けた。

「はいはい。いつまで続くか……まあいいや。マリーちゃん。多分痛い目を見ないとわからないと思うから、辛くなったらいつでも頼ってきなさい。アンタは助けてあげる」

「ヒカル叔母様……ありがとうございます。でも、シルバー様と二人でがんばってみようと思います」

シルバーに抱きしめられながら、マリーは笑顔を浮かべるのだった。

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