お坊ちゃん、伝説の英雄マリアと会う
シルバーの発行する新聞は徐々に部数を伸ばし、収益も上がっていく。それと同時に人も増えていき、ナスカ城の一室では手狭になったので、引っ越すことになった。
「シルバー。何もお前まで出ていかなくても。ワシも年だ。ここナスカ城にいて、政務を手伝ってくれないか?」
父ゴールドはそういってゴネたが、シルバーの決意は固かった。
「父上、今がシルバー新聞にとって、一番大事な時なんだ。城にいたらどうしても甘えてしまう。独立して、自由にやってみたいんだ」
そういうシルバーを見て、ゴールドはため息をつく。
「ううう……複雑な気分だ。ナディはコロンボ町にいるし、ノルンはロズウィル町で働いているし……どうしてうちの家族はすぐバラバラになってしまうんだ」
涙を流して悲しむゴールドを、シルバーは慰めた。
「別によその町に行くわけじゃないし、いつでも会えるだろ」
そういって、シルバーは街の中心部のビルに移っていった。
「さあ、これで遠慮せずに、バリバリ働けるぞ」
「社長、リトネ陛下からお呼び出しです」
社長秘書となったマリーからそういわれる。
「リトネ様から?どうしたんだろう?」
「何でも、大切な仕事を頼みたいそうですよ」
そういわれて、シルバーは首都エレメントに向かった。
ドラゴニア城に着いたシルバーは、リトネの執務室に招かれる。
「シルバー君。新聞事業は順調に発展しているみたいだね。すばらしいよ」
リトネにほめられて、シルバーはちょっと赤くなった。
「い、いや、陛下が日本で勉強させてくれたおかげです」
そんなシルバーに、リトネは笑いかけた。
「そろそろ新聞も多くの人に読まれるという『公共性』を持ち出した。そこで君に頼みがあるんだが、『公共の福祉』のために協力してくれないか?」
「『公共の福祉』ですって?」
首をかしげるシルバーに、リトネは一枚の紙を見せる。そこには「慈善事業への寄付の促進計画」と書かれていた。
「君も知っているように、この世界はまだ未熟だ。親が死んだ子供、親に捨てられた子供たちには十分なケアができず、奴隷にされていたりする」
「ええ……」
それを聞いてシルバーは暗い顔になる。リトネは精一杯手をつくしているが、まだ奴隷制度の廃止は実現していなかった。
「法整備をして奴隷への虐待を処罰したり、最低賃金を定めたりしたが、どうしても奴隷制度自体をなくすことは難しい。なぜかというと、一種のセーフティネットにもなっているからだ。もし奴隷制度がなくなったら、親がいない子供たちは餓死するしかなくなってしまう」
「……」
シルバーは無言でうなずく。
「現状、マリアが施設を作って孤児を受け入れてくれているが、金も人手も足りない。そこで、君の新聞で記事にしてもらって、金持ちや商人から寄付を募りたいんだ」
「寄付ですか……しかし、集まるでしょうか?」
シルバーは疑問に思う。リトネのおかげで商人たちへの蔑視はずいぶん和らいだが、それでも商人たちの社会的地位は未だに低かった。長年培われた偏見すぐには変わらない。そんな彼らが、わざわざ社会の為に寄付を出すとは思えなかった。
それに、商人たちは得にならないことには金を出さない。寄付を募るなら、メリットを提示しないと相手にされなかった。
「彼らにも寄付するメリットはあるさ。こういう法案を発布したから、同時掲載して広めてくれ」
リトネは一枚の書類を出す。そこには、『孤児施設に寄付した商人は、公共の福祉に貢献したものとして勲章を授ける。なお、寄付金の金額により一定額を納税から控除する』と書かれていた。
「つまり、税金として納めるより、寄付金を支払ったほうが『名誉』と『宣伝効果』が得られるということなんだ。どうせ金を支払うなら、少しでもメリットがあるほうが得だろう?」
リトネはそういって、ニヤッと笑った。
「なるほど……」
「ただし、商人たちにその効果を実感させるには、新聞による広報が絶対に必要だ。だからシルバー新聞に協力してほしい」
「わかりました!」
シルバーは元気よく返事して、マリアが作った孤児院があるポムペイ街に向かうのだった。
港町ポムペイ
ここは気候もよく、風光明媚な光景が広がっている港町である。
ポムペイ山の麓に広がる街は、今では国内有数の大都市として発展していた。
「これが魔公マルコキアスが封印されていた、ポムペイ山か……」
白い山を見上げて感慨にふける。ここは彼の姉ナディと闇の魔公マルコキアスが戦った場所として、小さいころから何度もその話を聞かされていた。
街の中心部に向かって歩いていると、綺麗な噴水が湧き出ている広場に出る。
噴水の前には、大きな黒いドラゴンの上に黒髪の美少女が乗っている銅像が立てられていた。
「『闇の姫』さま。『竜者リトネ』さま。お願いします。素敵な彼氏ができますように」
若い少女たちは、願いをこめて噴水に銅貨を投げ入れている。
「なるほど……これが有名な『闇の姫の恋池』か。ここに願いをこめてコインを投げ入れると、ドラゴンのような素敵な彼氏に出会えるという伝説があると……なんだか気まずいな」
なぜかシルバーは、義兄と姉の惚気話を聞かされているようで居心地が悪くなる。二人は理想のカップルとして、このポムペイの町では有名だった。
「さあ、『闇の姫のアイス』だよ!」
噴水がある広場では、屋台が並んでいて、黒い氷でできたアイスを販売している。若い女の子たちやデートで来ていたカップルに、飛ぶように売れていた。
「次はマリーと来ようかな……」
そんなことを思いながら、中央広場から少し離れた大きな建物に向かう。中からは、幼い子供たちの楽しそうな歌声が聞こえてきた。
「竜者リトネー。強くて優しい僕らのヒーロー。闇の魔公をやっつけてー」
その歌声を聴きながら、シルバーはマリアが経営する孤児院に入っていった。
「シルバー様。お久しぶりでございます」
金髪の清楚な女性が、しとやかに頭を下げる。第四王妃にて、ドラゴニア国立孤児院の院長であるマリア・コールレイだった。
「は、はい。マリア様もお元気そうで、うれしく思います」
シルバーはどもりながら答える。実は、昔から彼女の美しさに憧れていたので、少し緊張していた。
マリアはそんな彼を見て、頬をゆるめる。
「リトネ様からお話を伺っております。人々の善意の浄財を募るのに、ご協力いただけるとか」
「は、はい。きっとこの孤児院の恵まれない子供たちのことを記事にすれば、多くの寄付が集まると思います。決して節税になるとか、名声めあてとかじゃなくて……」
マリアの清らかさに当てられて、思わず余計なことを口走ってしまうシルバー。
しかし、マリアは清らかな笑みを浮かべたままだった。
「よろしいのですよ。このことを広めようとするリトネ様にも、寄付をしていただける商人の方々にも、純粋な善意以外にもいろいろな思惑があることは理解しておりますから」
シルバーはそれを聞いて、意外な思いをした。
「あの……えっと。リトネ様の思惑が、人気取りだってわかっているのですか?」
「ええ。リトネ様とのお付き合いも長いですから。でも、私は世の中は綺麗事だけでは回っていかないことをよく存じ上げております。昔の私はそれを理解できていなかったので、一人の小年を救えなかったのですから……」
マリアの顔には、寂寥感が浮かんでいた。
「あの……それって、悪勇者アベルのことですか?」
シルバーは思い切って踏み込んだことを聞く。第四王妃マリアは、リトネと出会う前にアベルと恋仲だったという噂があった。
「ええ……昔のお話ですけどね」
マリアはうなずいて、アベルのことを話す。彼は最初は確かに純粋に世界を救おうとする気高い心を持っていたが、広い視野を持つことができず、現実と妥協することができなかった。そのために最後は自分に敵対するものをすべて悪だと思い込む独善に陥り、破滅したと語るのだった。
「世の中は善意だけではうまくいきません。皆様、寄って立つ立場も目指すものも違います。そのような方々に、私たちは不幸な者だから、あなた方幸せな人は善意で奉仕しろと強制したら反発を招くでしょう。人々の善意とは、強制されるものではなく、自発的に行われるべきものです。そうして施しをしていただけた人々に、感謝以外の何らかの見返りがあっても当然でしょうね」
そういってマリアは、静かに微笑んだ。
「では、孤児院を案内しましょう。そして詳しく記事を書いてください。寄付をいただけることで、私たちがどれだけ助かるかをお伝えください。そして寄付をしていただけた人々が尊敬され、名声が得られるように褒め称えてください」
そういってマリアは、シルバーを案内する。施設内では多くの子供が共同生活をしており、ある程度の教育も与えられていた。
「ここは学校にもなっているのですね」
「ええ。リトネ様の方針で、親を亡くした子供たちでもりっばに成長して、社会人になって自立ではきるようにと。しかし、教育にはお金がかかるのも現実。教員をしていただける人材は、魔法学校や各都市の私立学校に高報酬で雇われるので、なかなか私どもの所に来てくれないのです」
マリアはそういって、ため息をついた。
「わかりました。このことを広めて、寄付と人材を募ります」
シルバーは使命感に燃えて、いい記事を書くことを約束するのだった。
マリアの孤児院を出たところで、シルバーは一人の少女に待ち伏せされる。
「待っていたで。シルバーの兄ちゃん。うちん所も取材してや!」
なれなれしくシルバーの腕を取る少女は、金髪メガネの美少女だった。
「えっと……君は?」
「もう!うちのことわすれたん?チエや。チエ・コールレイや!」
メガネ少女は悔しそうにシルバーの腕をつねった。
「いたっ!え?チエちゃん?」
シルバーはびっくりして、チエの顔をマジマジと見つめる。
「いややわ。そんな見つめんといて!はずかしいわ!」
チエはそういいながらバシバシと背を叩く。
「いたた……チエちゃん。元気になったね。前はすごくおとなしかったのに……」
ようやくシルバーは、チエのことを思い出す。リトネとマリアの娘、チエ・コールレイは、以前は大人しくおしとやかな少女だった。それが今では元気いっばいの顔をして、にこにこと笑っている。
「なんか下品……じゃなくて庶民的になったね」
そういわれて、チエはガハハと笑う。
「テリアおばちゃんから、みっちり商売を仕込まれたんや!お嬢ちゃんじゃなめられるさかい!」
どうやら彼女は、ポムペイ領に来てかなり性格が変わったようだった。
「うち、シルバー兄ちゃんが来たら、一緒にしたいことがあってん。いこ!」
シルバーの腕をつかんでひっばる。
そのままチエにつれられて、多くの船が停泊している港につれてこられた。
「ねえねえ、見て。うちのクルーザーよ」
チエが自慢そうにその中の一つの船を指差す。真っ白い船体に彼女の顔がかかれた船は、「ジャリンゴ号」と名前が付けられていた。
「へえ……すごいな。テリアさんに買ってもらったとか?」
「ちがう!うちが思いついた新しい事業に使うからって、貸してもらってるのや!」
チエはうれしそうに言う。
「新しい事業って?」
「それをこれから記事にしてもらおうとおもうんよ。さ、いこ!」
シルバーは船に連れ込まれてしまった。
「さあ、出発や!」
チエの操縦で船は発進し、瞬く間に沖合いに出る。高原育ちのシルバーは、いきなり海の真ん中につれてこられて、正直怖気づいてしまった。
「あ、あの、チエちゃん。大丈夫なの?周りは海しかないけど……」
「大丈夫や!仮に転覆しても、岸まで根性だして泳げばええ!」
「俺は泳げないよ!」
騒ぐシルバーに、釣竿が渡される。
「えっ?これは?」
「うちが新しく始める事業『釣り船』や!シルバー兄ちゃんには、身をもって体験してもらおうとおもって!ほら、さっさとする!」
チエに急かされて、シルバーはおっかなびっくり餌を付けて釣竿をたらす。
すると、なんともいえない振動が釣竿から伝わってきた。
「兄ちゃん!引いてるで!ロールを巻いて!」
「え?こ、こうかな!」
シルバーは釣り初体験であるが、それでも何とかロールを巻いて竿を立てる。
すると、50センチほどの大きな鯛が釣れた。
「よっしゃ!兄ちゃん運がいいみたいやな!うちも負けへんで!」
チエは楽しそうに笑うと、自分も釣り糸をたらす。シルバーは初めて釣り上げた魚を見て、心の中からある衝動が沸きあがってくるのを感じた。
(こ、これは……面白い!)
鯛を箱にいれると、自ら餌を付けて釣り糸をたらす。
「釣れた!」
「こっちも釣れたで!」
海の真ん中で、二人の歓声が響きわたるのだった。
二人で大漁につれた魚を持ち帰り、コールレイ家が経営する料理店に持ち込むと、すぐに刺身になって出てきた。
「こ、これは……生で食べるの?」
「そうや。釣った魚は、最後まで責任もって食べないとアカン」
チエは平気な顔をして、美味しそうに食べている。
それを見て、シルバーも覚悟を決めて口に入れた。
「美味い!」
醤油のしょっぱさとワサビが利いていて、頬っぺたが落ちそうに美味しい。
「どや、兄ちゃん。これを記事にしてくれたら、お客さんがどんどん来て、商売繁盛や!」
「……わかったよ」
苦笑してシルバーはうなずくのだった。
その後、シルバーが書いた孤児院の記事により、名誉と社会的地位の向上を求める全国の承認から寄付が殺到し、多くの孤児が救われる。
同時に新聞の一角に「釣り情報」という新たなコーナーが作られ、釣りという娯楽は瞬く間に広まっていくのだった。
今月末、第四巻が発売されます。詳しくは活動報告でご確認おねがいします。




