第7章ー2
とはいえ、万が一、義勇兵をスペインに送り込むようになった場合、どこかに事前に集める必要がある。
そこで、必要最低限の編制を行ったうえで、スペインに義勇兵を送り込まないと却って混乱の種になる。
そう考えた山梨勝之進海相は、前田利為少将を介して、その点について、英国政府の一部と協議した。
まさか、日英に、その義勇兵に集めては、自国が黒幕なのを積極的に明かすようなものである。
第三国にすることは早々に決まったが、その第三国をどこにするか、で山梨海相らは苦慮した。
思わぬ助け舟が現れたのは、その時だった。
「義勇兵を集めることに、ローマ教皇庁が動くと?」
前田少将からの報告を受けた山梨海相は驚いた。
「ええ、スペイン共和派に対する事実上の十字軍編制ということらしいですな」
「それは有り難い話だが」
山梨海相と前田少将は会話した。
ローマ教皇庁は、スペインの左派から転じた共和派の反カトリックの態度に激怒していた。
(1936年の夏の間だけで、6000人以上の聖職者が共和派によって殺されたという資料がある。)
そのため、英国政府からの、国民派を支持する国際義勇兵の招集協力に応じたのである。
勿論、ローマ教皇庁が表立って音頭を取るようなことはしない。
それなりのダミーを置くのは、当然だった。
だが、ローマに義勇兵を集めることに、ローマ教皇庁が陰ながら便宜を図る、というのは、日英にとって有り難かった。
それによって、少しでも日英が表だって動かずに済むからである。
「伊政府に頼るより、遥かにマシでしょう。(第一次)世界大戦で、日本は伊に酷い目に遭わされましたからな。しかも、伊はそれを逆恨みした。日本軍の総司令官の林忠崇元帥を、事実上、伊から追い出してしまう始末ですからね」
「あの時の逆恨みは酷かったからな」
山梨海相と前田少将は思い出話をした。
第一次世界大戦のチロル=カポレットの戦いで、伊軍は独墺軍に大敗した。
一方、日本軍は独墺軍に事実上勝利を収めたが、主力となる伊軍が大敗しては、その勝利も空しかった。
しかも、伊軍は大敗の原因は、日本軍が非協力的だったからだ、と言い訳した。
(なお、伊軍の言い訳は、日本を怒らせ、英仏には呆れられ、独墺には冷笑された。)
その遺恨を、未だに日本軍の一部は覚えている。
「とりあえず、ローマ教皇庁が動いてくれるのは有り難いです。本当に、ソ連が軍事顧問団等をスペインに送り込もうとしているのなら、こちらもそれに対処して、義勇兵部隊を送り込まねばなりませんからね」
「全くだな。ところで、ソ連は軍事顧問団等を送り込もうとしている気配はあるのか」
前田少将に、山梨海相は問い糺した。
「コミンテルンが、パリでフランス共産党に動くように指示を出しているのは、何とか日英共同の情報活動で掴みました。おそらく、我々と同様に、パリで義勇兵部隊を編制した上で、スペインへ送り込もうとしているのでしょう。更に、ソ連はその中に軍事顧問団を紛れ込ませるつもりではないでしょうか」
前田少将は答えた。
「木を隠すには、森の中か。本気でソ連はそこまでやるつもりかな」
「我々が動いているのを察知して、対抗上、ソ連も動く気になったのかもしれませんがね」
山梨海相は渋い顔をし、前田少将も顔をしかめながら言った。
「しかし、そこまでソ連がやるとなると、本当に土方伯爵が言われたように、それなりの航空隊をスペインに送り込まねばどうにもならんな。梅津陸軍次官や伏見宮空軍本部長に依頼して、義勇航空隊の派遣準備に取り掛かってもらうしかないか」
「止むを得ない話だと思います」
「分かった。私の方から依頼しよう」
山梨海相は、陸軍省等への働きかけを決めた。
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