プロローグー5
「それ以外の国の動向についてはどうだ」
斎藤實首相は、米内光政海兵本部長に対する口頭試問(?)を続けた。
「英国では、先日、マクドナルド内閣が退陣し、ボールドウィン内閣が成立しました。世界大戦で英国は疲弊していますし、世界大恐慌での打撃も大きい。独の奇妙な動きに対しては、宥和政策で凌ごうとしている有様です。本当に大丈夫なのか、という気もしますが」
米内海兵本部長は、海兵隊出身ということもあり、英国に対して、やや辛辣な見方を示した。
海兵隊関係者で、欧州諸国の中で、どこに親和感を覚えるか、というと第一なのが仏だった。
戊辰戦争の時やそれ以前、徳川幕府やその周囲が欧米諸国の中で最も頼りにした国が、仏であり、戊辰戦争最終局面で、奥羽越列藩同盟に対して寛大な措置を取るようにと、シャノワーヌやブリュネを始めとする仏人達は、明治新政府に対して働きかけてくれた。
海兵隊の源流は、徳川幕府が作った歩兵隊と言っても過言ではなく、その歩兵隊関係者の多くが、奥羽越列藩同盟側に立って参戦している。
仏人達の働きかけによって、草創期の海兵隊幹部、奥羽越列藩同盟に参画していた歩兵隊関係者の大鳥圭介提督、土方歳三提督や林忠崇元帥らが助命されたのだ、と恩義を覚えている海兵隊幹部は多い。
世界大戦時に、林元帥が仏に戊辰戦争の際の恩返しの為に行きたい、と獅子吼した時に、海兵隊の幹部の多くが、我も我もと賛同したのもそのためだった。
そうしたことから、海兵隊内部には仏贔屓であり、英は斜めに見て、独を敵視する伝統傾向があった。
その傾向は、世界大戦によってより助長されている。
「仏や伊は、どうだ。他の国々については」
「仏は、小党連立内閣が続いているせいか、内閣が安定しません。独等と対峙するには、些か不安があります。ベルギーやポーランド等も、仏にしっかりして欲しい、と願っているでしょう」
仏については、米内海兵本部長は、病気がちの友人を気遣うような口ぶりだった。
「伊は、ムッソリーニ率いるファシスト党の一党独裁政権が続いています。正直に言って、過去のいきさつから、あの国は好きになれませんし、昨年から、エチオピアに戦争を仕掛ける等、好戦的ともいえる行動をとっています。ですが、国内的には、中々の手腕の持ち主のようですな。マフィア等の犯罪集団を弾圧し、ローマ教皇庁との関係改善にも成功しています。他の国々については、語れるほどの見識を私は持ち合わせていません」
米内海兵本部長は、世界大戦の経験から、伊を少し非難した後、最後には韜晦することにした。
斎藤首相の本音が、米内海兵本部長には、薄々分かってきたからだ。
斎藤首相も、米内海兵本部長の内心を察したのか、笑みを浮かべた。
「それだけ何も見ずに語れるなら、充分だな。岩手一区の代議士選挙に、立憲政友会の公認候補者として出馬する気はないか。いや、出馬してほしい」
斎藤首相は、米内海兵本部長に頭を下げながら、言った。
政治に関する雑談を語るうちにそうではないか、と米内海兵本部長は察していたが、それでも驚きを隠すことはできなかった。
「一体、何故です」
米内海兵本部長は、斎藤首相に問い返した。
「岩手一区は特別だからさ」
斎藤首相は説明を始めた。
日露戦争以前、立憲政友会の原敬が岩手一区から当選して以来、岩手一区は立憲政友会の金城湯池ともいえる場所だった。
原敬は立憲政友会の幹事長から総裁になり、首相となったが、暗殺された。
そのために、急きょ、原敬の親友、高橋是清総裁が爵位を返上するという非常手段まで取って、岩手一区から出馬し、立憲政友会の地盤を死守している。
そして、高橋は、高齢で代議士を引退した。
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