第3章ー10
「米英海軍の対応は、どのようなものになりそうだ」
山梨勝之進海相は、堀悌吉海軍次官に報告を求めた。
「米海軍は、早速、本気になったようですな。とはいえ、世界大恐慌のために、我が国と同様、ゆっくりとした海軍拡張になりそうです。新型戦艦の為に、パナマ運河を拡張する計画まであるそうです」
「さすが米国だな。何が必要か分かっている」
堀次官の言葉に、山梨海相は呟いた。
末次軍令部長らは、米国には18インチ砲を搭載する戦艦は造れない、パナマ運河と言う制約があると考えているらしいが、そんなものパナマ運河を拡張すれば済む話なのだ。
パナマ運河一帯は、米国の租借権下にある。
米国の国力をもってすれば、パナマ運河の拡張工事は充分に可能な話だ。
山梨海相は想いを巡らせた。
「あくまでも計画ですが、まずは、ノースカロライナ級と仮称される、主砲として16インチ砲9門を搭載した3万5000トン級の戦艦6隻を建造するつもりのようです。その後は、状況を見て、順次、新型戦艦を建造するようですな。もっとも、ノースカロライナ級は、主砲を14インチ砲12門から、急きょ16インチ砲9門に変更した代物なので、後期型は設計をやり直すという情報も入っています。7隻目以降は、我が大和級や高雄級のライバルになる戦艦を建造するつもりでしょう」
「どんな戦艦になるかな。大和級や高雄級で対抗できる戦艦ならばいいが」
山梨海相と堀次官は、微笑みながら、会話を交わした。
「英国は、正直に言って悩んでいる模様です。キングジョージ5世級と仮称されている新戦艦は、第二次ロンドン条約に準じて設計されていたために、14インチ砲10門を、4連装砲塔2基と連装砲塔1基に振り分けて設計配置されていました。そのために米国のように16インチ砲に急きょ改設計というわけにもいかず、とりあえずは14インチ砲搭載のまま、4隻を見切り発車状態で建造するつもりらしいですね」
「英国も大変だな」
山梨海相と堀次官は、会話した。
「そういえば、米英の空母は、どうなのだ」
山梨海相の問いかけに、堀次官は答えた。
「基本は、日本と同様ですね。艦隊防空、地上支援、軽艦艇攻撃の為に、それなりに必要であり、整備を進めねばいけない、という認識を米英は共に持っています」
「だろうな」
山梨と堀の脳裡に浮かんだのは、南京事件をきっかけに勃発した1927年の日(米英)中戦争だった。
あの時、日本海軍の空母は、地上支援任務に投入された。
今のところは小康状態だが、何れは、中国内戦が再開されるだろう。
更には、ソ連の脅威も無視できない。
そうなった場合、空母を運用できないと、いろいろ苦労するのは、日本海軍は骨身に沁みて分かったし、それを横目で見ていた米英海軍も痛感したことだろう。
山梨と堀は、お互いに無言のまま、その時の事を想い起こし、回想に耽った。
「仏伊も、日米英の海軍拡張に無関心ではいられません。仏伊も戦艦の建造を始めるようです。また、独も再軍備宣言を行い、英独海軍協定に基づき、戦艦の建造が認められています」
堀次官の報告は続いた。
「いよいよ、軍備拡張の時代が来たようだな」
山梨海相は、半ば独り言を呟いた。
「全くですね」
堀次官も、その言葉に肯かざるを得なかった。
「我が日本がソ連の後を追うように、海軍軍備の拡張を始めたのだから、米英仏伊を責めることはできないが」
山梨海相は、そこで言葉を切って、堀次官を見据えながら、言葉を継いだ。
「どうも、ソ連や独の動きがきな臭すぎる気がしないか」
「全くですな」
堀次官も肯きながら言った。
「対処の必要性が高い、とは思わないかね」
「同感です」
山梨海相と堀次官は、言葉を交わした。
これで、第3章は終わります。
次話から、第4章になります。
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