第3章ー9
「ところで、諸外国の動向はどうなのだ。特に、ソ連の建艦計画について続報はどこまで入っている」
山梨勝之進海相は、堀悌吉次官に報告を求めた。
「ソ連の建艦計画ですが、大戦艦を造ろうとしているのは本当のようです。ですが、詳細を掴むのは、やはり困難ですね」
「だろうな。ソ連の機密保持は完璧に近い。同盟国の英国を始め、友好国のポーランドやトルコ等とも連携して、ソ連の内部を探っているが、中々探りを入れられない」
大戦艦を建造するとなると、資材や工作機械等々、様々な物が必要になる。
それらの流れを探ることでも、ソ連の建艦計画を割り出そうとしているのだが、中々困難だった。
ちなみに、日本が、本音としては大和級戦艦を早く作りたいにも関わらず、高雄級高速戦艦を優先させたのは、工作機械等の様々な準備が整わないというのもあった。
16インチ砲は、建造中止になったとはいえ、長門級戦艦の建造の際に、試射等も済ませており、万が一に備えて、いつでも造れるように、工作機械等は温存してあった。
だが、大和級戦艦に搭載する18インチ砲となると、それこそ工作機械を外国(具体的には米国)に発注しないといけないわ、他にもいろいろと(以下略)、なことがあり、他にも様々な観点から、大和級戦艦は1938年以降の建造とせざるを得なかったのである。
「イタリア海軍関係者から得た情報だと、ソ連の新型巡洋艦、キーロフ級は、18センチ砲を主砲として9門搭載しているようです」
「厄介な相手だな。最上級巡洋艦については、主砲はやはり8インチ砲にし、それに対応した大型巡洋艦にせざるを得ないか」
「止むを得ないかと」
山本海相と堀次官は、会話を続けた。
海軍の軍拡を進めるとなると、戦艦や空母だけでは無く、巡洋艦や駆逐艦も当然、整備せねばならない。
山本海相としては、どちらかというと重巡洋艦よりも、ソ連の太平洋艦隊が保有する潜水艦部隊に対処するために、水雷戦隊を整備する方を進めたかったが、キーロフ級巡洋艦が、18センチ砲を搭載しているという情報が入ったことから、それに対応するための重巡洋艦を整備せねばならない、と考えざるを得なかった。
古鷹級重巡洋艦は8インチ砲6門搭載に過ぎず、キーロフ級と正面切って殴り合える重巡洋艦は、当時の日本海軍には、妙高級重巡洋艦4隻しかないのである。
最上級を重巡洋艦として、日本海軍は整備する必要があった。
「後、朝潮型駆逐艦を整備する予定です。新型ソナーや新型爆雷を開発、搭載する等、対潜装備を充実させることで、ソ連太平洋艦隊の潜水艦部隊と戦えるようにするつもりです。後、朝潮型駆逐艦の旗艦任務等に使用できる阿賀野型軽巡洋艦を整備しましょう。」
「新型駆逐艦については、軍縮条約のくびきから逃れられて、お互いに嬉しい話だな」
「全くです。地中海での苦労の日々を思い出しますよ」
山梨と堀は、お互いに、第一次世界大戦時、地中海に派遣された苦闘の日々を思い起こした。
当時の日本海軍は、まともな対潜装備を保有しておらず、地中海に派遣された当初は、日本海軍の駆逐艦が、独潜水艦に対処する方法は、目視しかないという笑えない状況だったのだ。
慌てて、師匠といえる英海軍に助けを求め、水中聴音機を提供してもらい、爆雷まで貰って、と日本海軍は涙ぐましい努力をする羽目になった。
そして、2年以上にわたる苦闘の末、日本海軍が挙げた独潜水艦の確認撃沈戦果はというと、0という哀しい結末が待っていた。
未確認戦果は複数あり、通商護衛という本務は見事に果たし抜いたのだが、その屈辱は、地中海に赴いた日本海軍の軍人の多くの胸に、澱のようにわだかまったままになっている。
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