第2章ー8
そうした目で、立憲政友会の代議士会の会場にいる代議士を見渡していた鈴木喜三郎総裁の目に、1人の新人代議士の姿が入った。
鈴木総裁は、素早く頭を回転させ、損得を勘定した。
良し、行けるのではないか、鈴木総裁は、そう判断して、やおら声を張り上げた。
「一旦、休息を取ろう」
確かに、それなりの時間が流れていた。
代議士達は、思い思いに休息を取った。
休息の間に、鈴木総裁は、義弟の鳩山一郎と素早く密談を交わしていた。
「米内光政提督を、立憲政友会の後継総裁代行に指名するというのはどうか」
鈴木は鳩山に提案した。
「米内提督は、確かに英雄として知名度が高いですが、代議士に成り立てでは」
鳩山は、鈴木に難色を示した。
「確かにそうだが」
鈴木は、自分がそう考えた理由を、鳩山に説明した。
以下、その要約になる。
今、立憲政友会は、自分や鳩山を中心とする主流派と、中島知久平を中心とする非主流派に事実上、分裂しつつあった。
自分が衆議院選挙に落選しており、貴族院議員になるのも困難な以上、自分が立憲政友会総裁を続けることは無理があると言わざるを得ない。
かといって、下手に鳩山を後継総裁に指名しては、非主流派が最悪の場合、分党に奔るだろう。
立憲政友会が分党してしまった場合、立憲民政党に次ぐ第二党に完全に立憲政友会は転落してしまい、立ち直れなくなる公算がある。
「その可能性は否定できませんな」
鳩山も、その話に肯かざるを得なかった。
それでは、米内提督を立憲政友会総裁代行に推挙したら、どうなるか。
米内提督は、自分に対して恩義を感じ、主流派を優遇するだろう。
また、中島ら非主流派も、米内提督が海軍(海兵隊)出身である以上、元海軍士官の中島がトップの非主流派は、米内提督に頭が上がらない存在になり、ある程度は大人しくせざるを得ない。
それに、米内提督は全く外部の存在なので、党内基盤が全く無いといっても過言ではない。
そういったことから、米内提督は、主流派を斬るに斬れない状況になる。
鈴木は、鳩山をそう口説いた。
「それに、あくまでもわしが立憲政友会総裁を辞任することに伴う総裁代行職務だ。いざ、やらせてみせて、我々にとってまずいことになったら、米内提督を、総裁代行から引きずり降ろせばよい」
鈴木は、鳩山にそこまで言った。
「しかし、米内提督が、立憲政友会総裁代行という職務に馴染んでしまったら」
鳩山は危惧したが、鈴木は強気だった。
「立憲政友会が持ち直すまでだ。持ち直したら、米内降ろしを煽り立てれば、まず米内提督は総裁代行の職を辞するだろう」
鈴木は、鳩山にそう言った。
とうとう、鳩山は鈴木に説得されてしまった。
休息後、鈴木は、代議士会の席で、次のように言いだした。
「一休みして、頭を冷やし、熟慮した結果、立憲政友会総裁の職を辞することにした。そして、次の党大会までの間、まだ、新人だが、著名で海兵隊本部長の職を務めた米内光政君を、立憲政友会総裁代行の職に私は推挙したい」
「何たる英断。いいのではないか」
鳩山を始めとし、主流派の代議士達が口々に声を上げた。
やられた。
中島以下の非主流派の代議士達は、臍を噛む思いがした。
鈴木が、このような奇策に出るとは考えもしなかった。
だが、この提案には反対しづらかった。
確かに、米内提督の知名度は高く、実力は未知数だが、清新な印象を与え、立憲政友会立て直しに好適な人材なのは間違いない。
中島らは、不承不承、賛成の意思表示を行わざるを得なかった。
「やれやれ。こんなことになるとはな」
米内提督は、内心で思わず愚痴った。
だが、やる以上は微力を尽くし、立憲政友会のために動くしかあるまい。
米内提督は、内心でそうも思った。
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