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第2章ー5

 陸軍次官に急きょ就任した梅津美治郎中将は、ブリュッセル会内部の意見を聞くと共に、ブリュッセル会に所属していない陸軍幹部の意見も急いで聴取した。


 陸軍と言えど、一枚岩と言う訳では全く無い。

 第一次世界大戦の際に、実地に欧州で戦場の先例を受けたことから、平時では、陸軍の質的向上、少数精鋭主義を執り、戦時においては、急速拡張主義を基本的に主張するブリュッセル会の勢力が最も強いとはいえ、陸相を務めた宇垣一成大将の子分格の将校の面々が非主流派に転落したとはいえ、在職しているし、国家革新運動を唱え、いわゆる青年将校の信望を集めており、九月事件で追放された荒木貞夫中将を中核としていた皇道派といった面々もいる。

 また、何れの派閥にも所属していない、いわゆる無所属、中立派の将校もそれなりにいる。

 こういった面々の不満を宥め、押さえつけ、宇垣一成が組閣した場合に、それなりの将官を陸相に送り込もうと、梅津中将は駆け回る羽目になった。


 そして、2月26日。

「私としては、軍事参議官の杉山元中将を陸相に推したいと考えますが、渡辺陸相はどう思われますか」

 半ば疲労困憊した状態で、梅津中将は、渡辺錠太郎陸相に上申していた。

「ほう。その理由は」

 渡辺陸相は、梅津中将を試すような目で眺めながら言った。


「まず、第一に、杉山中将と、宇垣元陸相との仲が悪くない事です」

 梅津中将は、自分自身の考えを整理しながら言った。

 実際、宇垣が陸相を務めていた当時、杉山中将は、軍務局長や陸軍次官を務めている。

 まず、宇垣の腹心と言ってよい人物だった。


「しかし、杉山中将は、能吏ではありますが、肚が座っていません。周りが突き上げた場合、周りを押さえつけたり、宥めたりするという芸当がきちんとできません。周りに流されてしまいます。そういった辺りを我々は逆用できるのではないか、と考えます」

「不穏極まりない事を言うな」

 梅津中将の言葉に、渡辺陸相は、そう言ったが、目は笑っている。


「ところで、渡辺陸相は、自分の後任の陸相について、どう考えておられるのですか。本来からすれば、渡辺陸相が指名するところでしょうに」

 梅津中将は、逆に質問した。


 この当時、陸軍のトップは、陸相と定まっており、いわゆる陸軍三顕職の残りの2つ、参謀総長や教育総監と言えど、事実上の任免権は、陸相が握るようになっていた。

 陸相が辞任する場合、基本的に後継の陸相を、陸相が指名する。

 もし、後継陸相を指名することなく、陸相が急死等した場合には、参謀総長と教育総監が相談して、後継陸相を、陸軍の総意として首相に上申するという慣習が事実上定まっていた。

 そうしたことからすると、梅津中将が走り回る必要は、本来的には無い筈だった。


「うん。わしは、子分がいないからな。下手に後継陸相を指名すると、荒れかねない。それ故に、梅津中将に動くことを命じたのだ。実際、いい経験になっただろう」

 渡辺陸相は、どこまで本気なのか、半ば惚けた口調で言った。

 確かに、そうですな、私が動くことで、陸軍の派閥の動向を、あらためて私自身が把握することが出来ましたし、このことは将来、役に立つでしょう。

 梅津は、口には出さずに、そう思った。


「ともかく、杉山中将を、自分の後継陸相にするように、宇垣一成元陸相に上申して、辞職するつもりだ。後の事は、よろしく頼む。杉山中将を、うまく内閣と陸軍の緩衝役に使うようにしてくれ」

 渡辺陸相は、どこまで本気なのか、真面目な顔をして、梅津中将に話をした。

「分かりました。陸軍を取りまとめて、宇垣首相が、下手に陸軍の内部の事に容喙してこないように微力を尽くします」

 梅津中将は、渡辺陸相に敬礼して言った。

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