第2章ー1 米内光政の政界転身
第2章の始まりになります。
1935年末、岩手一区の立憲政友会公認の衆議院議員候補者に内定した米内光政は、山梨勝之進海相に予備役編入願いと海兵本部長の辞職願を出し、山梨海相はこれを受理した。
海兵本部長の後任には、軍事参議官を務めていた長谷川清中将が就任することになった。
1936年の初頭、東京のとある料亭で、予備役の海兵中将となった米内光政は、世界大戦の際に面識が出来ていた山本五十六空軍中将と面談していた。
ちなみに、山本五十六は、伏見宮博恭元帥が就任している空軍本部長の下で、空軍本部次官を務めており、実質的には、空軍の第3位といってよい立場にあった。
米内光政も山本五十六も、2人共、江田島(海軍兵学校)で共に学んだ身であり、世界大戦時の西部戦線等で、死闘を経験した身でもある。
2人の会話は和やかに始まった。
「米内提督、この度、岩手一区から衆議院議員選挙に出馬されるとのこと、ご当選をお祈りしています」
山本中将は、頭を下げながら言った。
「山本君、君に頼みがある。君の勝手働きと言うことで、陸軍の梅津美治郎らに、岩手一区の在郷軍人会に、僕を衆議院議員になるのに協力するように働きかけてもらえないだろうか」
米内光政は、逆に山本中将に頭を下げながら言った。
山本中将も頭の回転が速い。
米内の内心の考えを察した。
「陸軍に恩を売らせるわけですか。但し、表向きは自分は知らない、と」
山本は口に出して言い、米内は無言で肯いた。
「後で高くつきますよ」
山本は忠告した。
「構わんさ。陸軍というかブリュッセル会は、宇垣一成率いる立憲民政党を嫌悪しているからな。立憲政友会に恩を売らせる絶好機だ」
「確かにそうですな」
米内の言葉に、山本も同意した。
さて、何故、宇垣一成が陸相まで務めた陸軍の元重鎮なのに、陸軍の主流を占めるブリュッセル会は、宇垣を嫌悪しているのか。
その原因は、1931年に起きた三月事件にさかのぼる。
三月事件は、陸軍の将官級まで関与したクーデター計画だった。
このクーデター成功の際に、首相に擬せられていたのが、宇垣だった。
宇垣自身は、その後、陸軍の内部調査において、自分はクーデター計画を知らなかったと潔白を主張し、実際、直接の関与を示す証拠は見つからなかった。
だが、その後、荒木貞夫中将を首班とする九月事件が起きて、それをブリュッセル会が鎮圧した際に、様々な間接証拠が見つかり、宇垣が三月事件に関与していたのは間違いないという心証を、梅津らブリュッセル会の幹部の面々は得ることになった。
かといって、事が事であるし、所詮は心証に過ぎない。
現役陸相がクーデターに関与していたらしい、というのを発表するわけにはいかないという政治的判断を、時の陸相、渡辺錠太郎大将が最終的に下して、この件はおしまいにせざるを得なかった。
しかし、それ以来、現役の陸軍幹部の面々の間では、宇垣を敵視する風潮が広まった。
現役の陸相でありながら、クーデターに関与し、危なくなったら、同志を切り捨ててしまうような人間を認められるか、という訳である。
山本は、陸軍傘下の空軍の軍人として、宇垣の陸軍内の現在の評価を熟知していたし、米内もその立場から、宇垣が陸軍内でどう評価されているかを知っている。
そうしたことから、山本が動けば、まず確実に米内を当選させるために、梅津らは動くだろう。
山本が幾ら勝手な行動と言っても、その背後に米内がいるのは、梅津らにはお見通しだからである。
米内に恩を売れる好機だと、梅津らは考える筈だ。
「こういうのは腹芸でやらないといかん。宇垣と同じことをやるようで気が進まないが、後々で政界で評判になってはいかんからな」
米内の言葉に、山本は肯いた。
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