No.05
目を覚ますと夕焼けの光が部屋を焦がしていた。
窓から差し込む緋色をぼんやりと見つめているると、不意に顔に影が差した。
見覚えのない綺麗な顔が覗き込んでいる。
烏の濡れ羽色の髪と瞳がきらめいて見える。
「起きたのか。」
その綺麗な男が私に声をかけた。
その声は右から左へ流れていき頭は何も認識しなかった。
そのまま目を見つめると男は訝しげに眉をひそめまた口を開いた。
「おい。聞こえているのか?」
そう声をかけられて、ハッと頭が覚醒した。
「!」
そういえば目の前にいる男はジェイドだ。
ちゃんと側にいてくれた。
その事に暖かなものが体を満たすのが分かった。
自然と顔がゆるくなるのを感じた。
それをジェイドは私が起きたことを察したのか、ベッドの隣にある小さな机に置いてあった小さなベルを鳴らした。
チリリンと涼やかな音がしてその後にすぐに扉の叩かれる音がした。
侍女の声が扉の外から聞こえてきた。
「ジェイド様入ってもよろしいでしょうか?」
「あぁ。入ってくれ。」
「はい、失礼します。」
そう言って入ってきたのはさっきのジェイドを怒った人だった。
その人にジェイドは“おかゆ”というものを持ってくるように言いつける。
“おかゆ”ってなんだろう?
誰かの名前かな?
それとも何かの名前かな?
そう思っていると既に侍女は出ていきジェイドがどうやら読んでいたらしい本をベッドの脇にある小さな机に左手で置き立ち上がった。
すると自分の左手も持ち上がる感覚がした。
チラリと見るとジェイドの右の服の袖を握っていた。
それはもう離す気がないというように。
ジェイドもそれを見て「離せ」と言ってきた。
今度は素直に離した。
ジェイドが直ぐに離れることはないとわかったから。
ジェイドは自由になった右の袖を見る。
シワになっていた。
それを見てジェイドは眉を顰め何かをあきらめるようにため息をついた。
ため息をついた後にハッとして私を見た。
そしてなぜか私をジッと見つめた。
「?」
私も取り敢えずジェイドの宵闇の瞳を見つめ返した。
そうしているとジェイドがこちらに腕を伸ばした。
何をするのかジッと見つめていると私を抱きかかえるようにして起こしてくれた。
ジェイドの服から嗅いだことのない匂いがした。
例えるなら……雨の匂い……かな。
なぜだか分からないが安心する。
ジェイドは私を抱きかかえたまま後ろで何かを動かしているようだった。
それが終わりソッとジェイドは私を後ろへ置いた。
ジェイドが動かしていたのは近くに四つぐらいあった枕たちらしい。
無造作に積み上げられた枕は今にも崩れそうだ。
あっ、いてっ……
てっぺんの枕が転げ落ちて私の頭にぶつかって横に力なく転げた。
どうやら私が寄りかかって座れるように調節してくれていたみたいだ。
その行動にまたジンワリ体が温かくなるのを感じた。
そして何かの衝動が体を突き動かし側にいたジェイドに抱きつく。
丁度ジェイドのお腹の位置に頭が来たが気にせずに突っ込む。
「ぐっ……」
ジェイドの固いお腹に頭が当たると同時に上から呻き声が聞こえた。
抱きついたまま上を見上げると眉を顰めたジェイドがいた。
しかし何も言ってこないのでそのまま抱きついている事にする。
そんな事をしていると部屋の扉がコンコンと叩かれた。
さっきの侍女が帰ってきたようだ。
ジェイドが入室を許可すると侍女が台を押しながら入ってきた。
台の上には何か蓋がしてあるものが置かれていた。
侍女は最初に台からコの字状の台を取り出して私に近づいた。
近づいてくる侍女に“こわい”気持ちがムクムクと沸き上りジェイドのお腹に回していた腕に少しだけ力を込める。
そんな私を見てジェイドの顔は動くことはなかったが、ジェイドは侍女を私にたどり着く前に止めた。
「それとおかゆを置くのは私がしよう。」
“それ”と言って侍女の持っている台を指差しジェイドが言う。
それに侍女は少しだけ慌てる。
「しかし……」
「この子供が怯えて逆に食べないかもしれない。」
「怯えるって……あ、私に……ですか?」
「そうだ。」
きっぱりとジェイドが言うと侍女はなぜか肩を落とした。
「分かりました。ではジェイド様お願いします。」
そう言って侍女は渋々ジェイドに持っていた台を手渡す。
「おい、離れろ。」
そう言ったジェイドに素直に従って後ろに積み上げられている枕の山に身を預けるように座った。
そうするとジェイドは持っていた台の両端の柱が私の両足を挟むように置く。
そしてその上に白い煙の出ているお皿を置いた。
なんだか……いい匂いがする……
思わずクンクンとお皿の中にある物の匂いを嗅ぐ。
当たる煙が暖かい。
その煙に混じっていい匂いが鼻腔に忍び込んでくる。
するとジェイドがスプーンを差し出してきた。
「これを使え。」
「?」
どうやって使えばいいのか分からないが取り敢えず受け取る。
スプーンに触れるのは初めてだ。
いつもの食事は手で全て行っていた。
あの男が使っていた時のように見よう見まねでスプーンを使う。
スプーンの下をくぐらせるように人差し指を差し込み不安定にならない様に上から親指で押さえつける。
そしてホカホカと煙を立てるお皿にスプーンを差し込んで中に入っている“おかゆ”をすくい上げようとするがスプーンが手から滑り落ちすくい上げた少量の“おかゆ”ごと台の上に落ちた。
「!」
思わず落としたものに手を出す。
『食べ物』は“私たち”にとってものすごく大事なものだと私もわかっていた。
だから落としたものでも食べた。
それで今落としたものも拾って食べようとするとジェイドに止められた。
「やめろ、拾うな。今布巾を持ってこさせる。」
「?」
大事な食べ物をどうするというのか?
分からなくてそのままジッと見つめる。
そうすると横から侍女がやって来て落ちた食べ物を拭き取り何処かへと持って行ってしまった。
ジェイドにそのことを聞こうとジェイドの注意をひく。
「なんだ。」
「?」
身振り手振りであの食べ物の行方を聞くとジェイドは眉を寄せながら答えた。
「あれは、他の食べ物のカスとともに今日の家畜の餌となる。……そうだな?」
そう言って後ろに控えている侍女に確認する。
「ええ、そうです。ごく一般的な処分の方法ですよ。」
頷いて侍女はそう言った。
「?」
“かちく”ってなんだろう?
それに食べさせるという事はそういう人のことなのかな?
私がわかっていない事を見てジェイドが説明を付け足す。
「家畜というのは豚や他の、人が飼っている食べるための動物の事だ。」
“どうぶつ”?
あの部屋にいた黒いカサカサしたものや足がいっぱいある小さいやつらの事かな?
それともあの……エディーが言っていたネズミの事かな?
でもあれを食べる事は出来ないはず……
だって動いてる。
分からない。
食べ物はあんな形をしていないし動かない……あのまま呑みくだすのか?
頭の中でいろいろな疑問が湧いてくる。
その様子を見てジェイドは益々眉間の皺を深くしこちらを見つめた。
「おい、お前は何時からあそこに居たんだ。」
「?」
いつから?
いつからと言われても……ずっとそこに私はみんなと居た。
少しずつみんなは居なくなっていったけど私はずっとあそこに居た。
私の様子を見てジェイドは眉間を寄せたまま私に聞いた。
「まさか……ずっと居たというのか?生まれてからずっと?」
生まれてから?
「?」
ずっと首を傾げているとジェイドは言葉を選ぶ様に思案してまた私に問いかけた。
「お前はあの場所から出た事はないのか?あの屋敷の外に。」
少し考える。
あの部屋の事じゃなくて、あの男の住んでいる場所から出た事はないのかという事なのだろうか?
それならば私は出た事はない。
あの男の元へ連れて行かれる時にチラリと窓の外から見えた緑色の地面の所にも出た事はない。
コクリと首を縦に動かすとジェイドの眉間の皺が最大限に深くなりジェイドが固まった。
後ろを見ると侍女も目を見開き、開いた口を隠す様に右手を口の前に翳しているが隠す事はできていなかった。
そしてジェイドが眉間の皺を深くしたまま「そうか」と一言言いそれっきり沈黙した。
そしていつの間にか元の顔に戻った侍女が新しいスプーンを持ってきてくれてジェイドから私に渡してくれた。
それを受け取り再び“おかゆ”をすくい取る。
今度は落とす事なく口に運ぶ事ができた。
「!」
熱い!
とっさに飲み込むと舌がヒリヒリした。
今回もお読みいただきありがとうございます!
さて、今回またエル視点に戻る事となりました!
久しぶりですねー。
今回で結構エルが本当に物を知らないのがお分かりいただけたかと思います。
さてエルはこの後どうなるのでしょうか?
初めてのおかゆ……ちなみにこのおかゆ一応エルは国賓に値するので鳥の出汁でサッパリとそして少量の鶏肉味付けに少量の醤油とネギと微塵切りにして焼いたニンニクを入れて最後にレモンで味を整えた豪華な一品となっております!
エルには材料の名前なんかはわからないかと思うのでここでちょこっと説明を!
ではではまた次回でお会いしましょう!




