5
ボクの名前はアーロン・ジャック・オリバー・ヴィンセント。ファミリーネームなしでこの長さだ。ハッキリ言って、長すぎる。そして家名も同じくらい長い。その長すぎる名前にふさわしく、次期侯爵というご大層な肩書を背負わされていたりもする。
正直、めんどうくさいと投げ出したくなる日もないではなかったが、前世では天才魔法使いの名をほしいままにしていたボクだ。これくらいの重責ならば、背負ってみせようではないか。……だって、いとしい婚約者やかわいい弟にかっこいいと思われたいし。たとえ劣化しすぎて逆にわけがわからないほどにややこしい魔法公式となっていても、これからはちゃんと学ぶつもりだ。
そのかわいい弟の名前は来須、今世の名前はクリスという。来須は16歳まで生きたが、今世のクリスは6歳……冷静に考えるとなんかちょっと失敗した気がしないでもないんだけど、当人はあまり気にしていないようなのでたぶん問題はない。
「ようこそ、ボクの部屋へ」
今日は久しぶりに、その弟がボクの部屋にあそびにきた。
「お邪魔します。わあ、相変わらず魔道具がいっぱいの部屋……っていうか、また増えてない?」
「んー、まあちょっと?」
「ふふ、ちょっとじゃないでしょ」
うん、まあね。自覚はあるよ。
「そっちに座って」
「うん」
「はい、お茶とクッキー」
「うん、ありがとうね、黒須お兄ちゃん。あ、お茶とクッキーもだけど、アリス姉さまとの婚約を認めてくれて。あと、アリス姉さまに内緒にしてくれて、ふふ、とってもうれしい」
あー、うん。たとえヤンデレ化しても、弟の初恋をお兄ちゃんは応援するつもりだよ。
「喜んでもらえてボクもうれしいよ。今世では来須を弟にできなかったことは残念でならないけど」
ああ、涙がこぼれそうだよ。
「ふふ、ごめんね? でも義理の甥っ子にはできるんだから、そう悪くはないでしょ?」
まあ、たしかに。
調べてみたら、アリスはアーロンの兄の庶子だったことが分かった。兄が駆け落ちしてしまったがためにアーロンは一人っ子ということになっていたようだったが、それでも兄は兄だし姪は姪だ。今のこの国の法律では、叔父と姪は結婚することができない。
それでなくともアリスは9歳だ。この国で結婚が可能になるのは16歳からだから、結婚できるようになるまであと7年もある。
それに対してキャロライン嬢はすでに15歳、3ヶ月後には16歳だ。そして両家も王家も認めた婚約者だ。美人だし、スタイルもいい。──来須であるクリスを弟にできない以外のデメリットが何もなかった。
だからアリスを有栖にしようとしたあのとき、止めてくれた来須には今も感謝している。
「あ、でも有栖はちょっとイヤがってたなあ」
なんでだろう?
「っふ、ちゃんとカーラお姉さまって呼んでいるから大丈夫だよ。ボクも、アリス姉さまもね」
ん、呼び方の問題? でも前世では姪っ子、今世では甥っ子がいたはず……あ、まだ呼ばれたことがないのか。姪っ子も甥っ子も赤ん坊だから。
「うん、やっぱりアリスは妹にしよう。アーロンの両親から見れば、庶子とはいえ血のつながった孫なんだ。強く頼めばきっとなんとかなる」
「そうだね、ボクも黒須お兄ちゃんを叔父さんって呼ぶのは違和感あるし」
「叔父さんって呼ばれるのは……あー、珠里だけでいいよ、しばらくは」
「有栖お姉さんの姪っ子かあ」
「うん。けどあの子はやっぱり、今の父と母を本物の父と母と思って生きていくんだろうなあ」
小父さんならともかく、叔父さんって呼ばれることはなさそうだ。
「そうだね、あの子はまだ0歳……いや、肉体年齢は1歳か」
「適当な孤児をもらってってのも考えたんだけど、やっぱり赤ん坊には甘えられる両親がいた方がいいと思ったんだよね。……アリスもそれでいいって、まあ事後承諾になっちゃったけど」
「あの子とは今世でお別れかあ」
「うん。だけど臣下の1人として、しあわせになる手助けはするつもりだよ」
「ボクも協力してもいいけど、でもクリスは下級貴族の、しかも公的には認知されていない庶子だしなあ」
「ふふ、もうすぐ嫡男になるよ?」
「え゛、なにかやっちゃったの? 黒須お兄ちゃん」
「んーん、元嫡男が勝手に自滅しただけ。予備も巻き込んで、ね。だから予備の予備であったクリスに、遠からず声がかかると思うよ。……ふふ、いつの世にも毒婦っているんだね」
「ん?」
「次のターゲットはボクや王弟陛下みたいだけど、上手くいくかな? ふふふふふ」
「怖いよ、お兄ちゃん」
おっと、怯えさせてしまったか。
「ねえ、黒須お兄ちゃん。次に生まれ変わるときにはアリス姉さまも一緒だとうれしいなあ」
「あー、それはちょっとなあ」
「ダメ?」
「有栖とアリスは名前がまぎらわしくって」
「えー、そんな理由? じゃあアリス姉さまに改名してもらうかな。今の名前はあの女がつけた名前だし、愛着もないんじゃないかなあ」
そういえばアリスの母を名乗っていたあの女は、子爵からの養育費目当てに、貴族の血を引いているっぽい顔立ちの赤ん坊を盗んだだけの盗人だったな。──残念ながらクリスとは血のつながった実の親子だったようだが、その事実はもみ消しておいた。
「兄たちはキャシーって呼んでいたらしいけど」
「キャシー、うーん、姉さまのイメージとはちょっと違うような? 玲良はどうかな?」
「ボクはいいと思うよ。気に入ってもらえるといいね」
「うん」
「ねえ、黒須お兄ちゃん。ボク、次に生まれ変わるときはアリス姉さまと同じ学年がいいなあ」
「それなら4人とも同じ学年というのもアリかな?」
授業中にいとしい恋人とかわいい弟にはさまれるとか、最高すぎるんですけど。
「あ、それなら黒須お兄ちゃんとアリス姉さまは兄妹だとうれしいかな」
「あー、有栖はちょっと嫉妬ぶk……いや、情が深いからねえ」
「ふふ、ボクもだよ? いくら黒須お兄ちゃんでも、アリス姉さまだけはゆずらないから」
「うわ、お兄ちゃんかなしい」
けどまあ、そこはボクの自業自得な部分があるからねえ。
「あ、次は来須が最初に目覚めてみる?」