第52話〜それぞれの決心。
第51話の次の日、帰宅途中の話です。
翌日。
下校時にいつもの風景が戻ってきていた。
リュウスケとサヨ。
アキラとユウコ。
それぞれのカップルが仲睦まじく歩いていく姿だ。そこに昨日いた、二人の男の子の腕を取って嬉しそうに歩いていた女の子の姿はない。
その場には、彼女がいなかったことにホッとしたような、また少し残念がっているような、微妙な空気が流れていた。
しかし、それぞれのカップルには、何とも言えない緊張感が漂っている。それもそのはず、男子生徒の二人が大いに難しい顔をして歩いているからだ。女生徒達はその表情に気圧されて、何か言いたげでも声をかけられずにいた。
彼女達は、男達の異変に勘付いていた。ずっと何かそわそわしてるし、明らかに不機嫌であるということにも。昨日別れてから今までの間に、何かしらあったに違いないと、彼女達は目配せを交わし合っていた。
たどり着いたのはいつもの公園。男達は明らかにそれとわかる愛想笑いを顔に貼り付け、彼女達をベンチに座らせる。
いつもなら即座に、それぞれの指定席に腰掛ける彼らが、いつまでも立ちっぱなしのままそわそわし続けるのを見て、ユウコが堪らず声をかける。
「どうしたの?」
リュウスケとアキラは視線を交わして何かを考えている風だったが、やがて意を決したように頷き合うと、リュウスケが重い口を開いた。
「今日は二人に大事な話があって……」
「大事な話?」
おうむ返しで訊いてくるユウコに、リュウスケは一瞬怯んだような様子を見せるが、アキラに小突かれて気を取り直す。
「そう、とても大事な話なんだ」
眦を上げたリュウスケの瞳には、強く厳しい光が宿っていた。そのあまりに真摯な眼差しに、サヨとユウコが息を飲む。
「話して? リュウスケ君。ちゃんと聞くから」
ユウコの言葉に一つ頷くと、リュウスケは昨夜の顛末を話し始めた。
「僕達が『橘』の関係者なのは話したよね?」
サヨとユウコは顔を見合わせて頷く。
「夕べの話はそのことと関係があるんだ」
「うん、それで?」
「昨日一緒にいた女子、マヤって言うんだけど、アイツがね、ウチで一緒に暮らすことになったんだ」
えっ!?
サヨの顔色が変わる。明らかに動揺の色を見せ始めたサヨの肩を、ユウコがそっと抱き寄せる。そして、言いにくそうにしているリュウスケを促すように頷く。リュウスケがそれを見て言葉を繋いだ。
「アイツは『橘』本家に産まれた唯一の孫で、男の跡取りがいないから、ゆくゆくは家を継ぐことが決まってるんだけど、『橘』の血を受け継いでいくために、ふさわしい伴侶が必要だと本家の人達に言われてるんだ」
黙って聞いている二人を見て、リュウスケは話を続ける。
「そこで白羽の矢が立ったのが僕達。半分は『橘』の血が入っている上に、いとこ同士の婚姻は法的にも問題がない。より濃い血脈を残していくために僕達がうってつけだと、本家の人達は考えてるみたいだ」
あまりに現実味の薄い話に、サヨとユウコはあっけに取られたような顔をしている。
「それでね、ウチとアキラんちで半年づつ生活して、どちらが自分と結婚するか見極めるって、マヤは言ってるんだ」
それを聞いて、ユウコまで落ち着かない表情になる。
「二人が驚くのも無理はないよね…… 僕だって今時そんなアナクロな話があってたまるかって思ったんだ。でもアイツは、それが自分の『使命』だなんて言うんだ」
「おかしいよ」
口を挟んだのはユウコ。
「それってさ、自分の『意思』ってどこにあるの?」
「それは俺もアイツに言った」
とアキラが応える。
「そしたらアイツがどう言ったと思う? 『自分の意志なんか必要ない』なんて言いやがって。何だか洗脳されてる宗教の信者みたいで、少し怖かったよ」
アキラはそう言って、呆れたように首を竦めてみせた。
話が一区切りついて、リュウスケがサヨの方を見た。そこには思わず彼を慌てさせるような彼女の姿が。
感受性の強いサヨは、今までの話に憤慨し、心を痛め、その瞳は涙が溢れ出さんばかりになっている。そして悲しみをいっぱいに纏った声で言葉を紡ぎ出した。
「そういう家に生まれると、自分の『意思』で人を好きになっちゃいけないの?」
そう言ってついに涙を流し始めたサヨの横に座り、リュウスケはサヨの肩を抱いて自分の方へと引き寄せる。
「そんなことない。どこに生まれようが、人を好きになるってことに、何か障害があるのはおかしい。僕はそう思える」
きっぱりと断言したリュウスケの横顔を、サヨはじっと見つめる。だが彼女の表情からは、不安の色が消えない。
「あなたはどう思ってるの?」
ユウコがアキラに訊ねる。
「そりゃ俺だって、こんなことでユウコさんと一緒にいられなくなるなんて、考えたくもないよ。でも……」
「でも?」
「『橘』の決定したことを、覆すのは容易じゃないってことも、俺にはよくわかるんだ」
「どうして?」
「俺はね、トラブルを解決する時に『橘』の力を使って来た。あれはいろんな意味でとんでもない力だ。それに反抗するのが間違いだと思えるくらいのね」
共に恩恵を受けて来たリュウスケは、その力の大きさを改めて感じて、思わずサヨの肩を抱く手を強めてしまう。驚いて彼の方を向くサヨ。その顔は真剣そのものだ。
「だから、あきらめちゃう?」
寂しそうな顔で俯くユウコを見て、アキラは低い声を放つ。
「それは、ない」
怒気を含んだ、しかしながら悲しさも孕んだ声だった。
「こんなに好きになった人を、諦められる訳がないでしょ? それに前に言ったよね? 覚えてる?」
そこで言葉を切り、ユウコを見据えるアキラ。
「何があったとしても、俺はあなたを守ってみせる、って」
そう言い切ったアキラに、ユウコの涙腺は崩壊した。
実際のところ、ユウコもとても不安だった。冷静に『橘』のことを語るアキラに、彼の気持ちが向こうに向いてしまっているのでは? と穿った考えも持ち始めていたのだ。彼が自分と交わした約束を改めて宣言してくれたことで、ユウコは随分気持ちが軽くなったような気がしていた。
気持ちに余裕か出来てくると、新たな疑問が生まれてくる。
「でもどうやって、その力と対抗するつもりなの?」
困ったような視線を、アキラはリュウスケに投げる。それを受けたリュウスケは、あの『笑顔』をサヨに向けると、後を引き取り話し始める。
「ユウコさん、サヨちゃん、それはちょっと待ってもらえませんか?」
リュウスケの丁寧な言葉遣いに、ただならぬものを感じた二人は、黙って彼の次の言葉を待った。
「アキラが言うように、これは一筋縄ではいかない。親も巻き込むことになると思う」
そこでリュウスケは言葉を切って、一同を見回すと強い口調で言い放つ。
「絶対に、負けるつもりはないから」
リュウスケのの強い決意に、サヨは彼の身体にしがみついてしまう。大粒の涙をたくさん流しながら。
絶対に、この人から離れない。
サヨはそう決心する。ふと気が付けば、ユウコも立ち上がってアキラの身体にしがみつき、彼に髪を優しく撫でられていた。
リュウスケとサヨ。
アキラとユウコ。
暮れなずむ空の下で、4人は戦う決心を固めたのだった。
今回も長めですが(大汗)。
これから訪れるであろう試練に立ち向かってもらうために、彼らには『想い』の再確認をしてもらいました。
実際には4人とも心の中に不安を抱えたままなのですが、強い想いが立ち向かう力になってくれるといいなと作者は考えています。
遅ればせながらのご案内ですが、この話から第6章に突入です。
この章では、彼らの関係にヒビが入りかねないような大波乱を描いていくつもりです。
ちょっと、いやかなり暗めな話が続くかも知れないのですが、あらすじでお約束した通り、必ずハッピーエンドにしてみせます。
よろしければ、ゆるりとお付き合いくださいませ。