第41話〜確かなこと。
殺風景な地下室の片隅で、恋人達は抱き合っている。
愛しい彼の胸に顔を埋めて、嗚咽を漏らし続けるサヨ。
愛しい彼女の嗚咽を聞きながら、髪を撫で続けているリュウスケ。
その時そこは静寂に支配されていた。二人の想いを包み込むかのように……
次の瞬間、静寂を破るけたたましい声が響き渡る。
「離してっ! 離しなさいって言ってるでしょっっ!!」
美月だ。彼女は藤川に引きずられるように部屋の入り口に現れ、放り投げるように部屋の中へと入れられた。
「痛いわねッ! ナニすんのよっっっ!」
彼女の金切り声は、この空間では異質のものに聞こえる。それに耐えかねたかのように、一人の男が声を上げた。
「うるさいっ!」
体を押さえつけられているので少しくぐもっているが、毅然とした声で秀一が叫ぶ。
「みっともないだろ? 静かにしろっ! 美月!!」
秀一の怒鳴り声に、美月の声が鳴り止む。スッと静かになった美月を見て、アキラが薄く笑った。
「思った通りだな」
「何が?」
秀一は不機嫌な表情を浮かべて、アキラを見上げている。アキラはそれを意に介する風もなく、穏やかに返答した。
「こっちのことだよ」
そういってニヤリと笑う。馬鹿にされたように感じた秀一は、ますますイライラを大きくするが、それを表に現すことなく静かにアキラに問いかける。
「ボクの上からどいてくれないかな?」
あくまでも威厳を保ったままの表情で、アキラを見上げる。だがそこには、思わず怯むような表情を浮かべた、アキラの顔があった。
「もう何もしないと約束出来るか?」
氷のように冷たい声。否定を許さない色が、その声には宿っている。
「や、約束する……」
やっとのことで答えると、秀一の上から重さが消え、体の拘束が解放された。体のホコリをはたきながら立ち上がり、周りを見回す秀一。
だがそこで、アキラの、藤川のそして… リュウスケの刺すような視線を感じて、秀一は力なくうなだれ、その場にへたり込んでしまった。
アキラが秀一に問う。
「なぜ彼女、高島美月がここにいるか、わかるよな?」
「ああ……」
秀一は力なく答える。
ああもちろん、わかりすぎるくらいわかっているとも。この計画は『ふたりで』考えたものなんだから。
あれだけボクに執着してた美月が、この計画を持ってきた時には、正直驚いたさ。お互い手に入れたいモノを手に入れるために協力しようというのだから。
正直、美月は手放すには惜しい女だ。けどもう十分そのカラダは堪能したし、アイツの執着心に辟易していたのも確かだ。だからボクはその話に乗った。
ボクは会社の組織を総動員して準備を進めたし、美月は美月で、アイツの仲間も使っての作戦をいろいろと考えたらしい。ボクと同等の頭脳を持つ美月のことだ。抜かりなく計画を進めていたはずだ。
そんなアイツとボクとのコラボ。負ける要素などないはずだった。それがこんなことに……
「じゃあ、何もかも話してもらおうか、高島クン?」
秀一は話す気力もなくなったのか、黙り込んで俯いたままだ。
「あら、ワタシ達は何も悪くないわよ?」
美月が立ち上がり声を上げた。悪びれる様子もなく、顔には不敵な笑みさえ浮かんでいる。
「ワタシはその男、秋葉に襲われたの」
衝撃的な美月の言葉に、リュウスケとサヨの表情が固まる。
「嘘……」
目に涙を浮かべたままのサヨが、小さく声を上げると、美月はそちらを一瞥して、フンと鼻でせせら笑う。
「嘘なもんですか。アナタだって見たでしょ? 写真を。キスを無理矢理されたのよ、ワタシ。いきなりだったから、抵抗もできなくって……」
サヨは、眠らされる前に見せられた写真のことを思い出していた。愛しい人が違う女の子とキスしている姿… 信じられなかった。
「他にも証拠はあるのよ。信じられないでしょうけど、これがこの男の本当の姿。優しいフリして酷い男ね。こんな男が彼氏なんて、池内さん、同情するわ」
もちろん演技なのだが、痛々しい表情を見せる美月。さらにふたりの表情が強ばる。
形勢逆転か?
秀一が心の中で微笑んだ時、冷たい声が響き渡った。
「もういいかな? 高島美月サン」
アキラだった。呆れたようなニヤニヤ笑いを浮かべて美月の一人芝居を聞いていたが、ふと表情を引き締め美月に問いかける。
「証拠ってのは、コレのことかい?」
アキラの手には、いつの間にやら1枚の写真と1台のビデオカメラがある。
「こんなのは証拠にもならないな」
「な……!」
愕然とする美月に、アキラは静かに言った。
「この写真もビデオの映像も、リュウスケが襲ったというよりは、キミの方が、というふうにしか見えないよ。それは誰が見てもそう思うだろう。冷静に見ることができれば」
アキラはそう言って、リュウスケとサヨの方に視線を送り、ニヤリと笑う。
「でもワタシは、その男と二人っきりにされて……」
「その状況をつくったのもキミだ。ちゃんと証言者もいる」
「……」
「もう諦めろ。キミの負けだよ」
アキラの最後通告に、美月の体が震え始める。
「ユルセナイ……!」
小さく叫ぶと、リュウスケとサヨに飛びかかった。
…ドンっ!
美月は何かにぶつかった。それはサヨを危険にさらすまいと、美月を受け止めたリュウスケの体だった。リュウスケは素早く美月の肩を掴むと距離を取って、彼女の瞳を見つめる。
「サヨちゃんに何かあったら、絶対に許さないって言ったよね?」
その静かな怒りを湛えた双眸は、彼女の狂気と憎悪を宿した瞳を、憐れみを乞う色に変えた。
「やめろ、美月」
秀一が静かに言い放つ。
「どうやら、ボク達が負けたらしい」
自嘲気味に放つ秀一の声に、美月も力なく項垂れる。
「認めるんだな?」
「ああ、これはすべてボク達が仕組んだことだ」
アキラと秀一のこのやりとりで、すべてが終結に向かう。ホッとした空気が流れた。
リュウスケは理由が知りたい。前にも聞いたような気がするが、もう一度どうしても確かめたかった。
「何でだ?」
秀一は当たり前のように答える。
「悔しいからさ」
「どうして悔しいんだ?」
リュウスケのこの問いに、秀一は秀一らしい答えを返す。
「ボクが一番なのに、ボクの方を向いてない存在は許せない。たぶん美月も、そんなところだ」
そんな理由で、そんな自分勝手な考えに振り回されたというのか… リュウスケは改めて怒りが込み上げてきた。
その時、リュウスケの手に温かいものが触れる。
サヨがリュウスケの左手を握り締めて、ふわり、と笑っていた。
リュウスケも、思わずサヨの右手を握り締める。
無事にお互いの体温を確認出来たことの嬉しさに、微笑みを交わし合うリュウスケとサヨだった。
第4章を彩る「それぞれの狂愛」篇、終了としたかったのですが、まだ伝えきれてない気がしています。
ストーリーの中に置いた伏線に、説明が足りないように思われるし、困難を「ふたりで」乗り越えたようには、どうしても見えないからです。
ですからエピローグ的な話を一つ入れて、第4章を終了としたいと思います。
にしても美月、ノリノリで書いてしまいました。何だか主人公そっちのけで… スミマセンでした(^_^;)
いつかこのキャラを幸せにする話を、スピンオフで書いてみたいなと思っています。