第32話〜いっしょだね。
ある日の放課後、リュウスケは進路指導室にいた。
担任の渡部先生に来るように言われ、理由もわからないままこの部屋の椅子に腰掛けている。
何かしたっけ?
まあ心当たりが無い訳ではないんだけど…と不安な気持ちを抱えながら、先生が入ってくるのを待っていた。
「あー、すまん、すまん」
やや間延びのする穏やかな男性の声。聞き慣れない声に思わず開いたドアの方を見やれば、予想外の人物が部屋に入って来る。
生徒指導の嶋津先生だ!
なぜ彼が!? リュウスケは挨拶をするのを忘れる程動揺したが、それでも今自分が置かれている状況を分析し始める。
やっぱり、そういうことだよね……
『あの日』以来、サヨとはどんどん親密になっているのを感じているし、並んで歩いたり、時には手を繋いだりということを、最近隠すことがなくなっている。
そのことが学校で噂にならない訳はなく、面白がってありもしないことまでふれ回っている輩がいる、とアキラに気をつけるように言われたこともある。
おそらく、その悪い噂が先生達の耳に届いたことで、事情を訊かれるために呼ばれたんだろうと、リュウスケは結論づけた。
「呼び出してすまないね。さあ中に入って」
今度は聞き慣れた渡部先生の声がして、リュウスケはその声が自分に向けられたのではないことに気づけば、入り口のドアを注視する。
先生について入ってきた女生徒。彼女がこの場所に自分と一緒に呼ばれたことで、リュウスケの予想はほぼ間違いなくそのようになるのだろうと思われた。
「まあ座りなさい、池内」
島津先生が声をかけると、俯いて立ちすくんでいたサヨがピクリと肩を震わせて顔を上げる。その表情は不安に彩られていて、瞳は涙で潤んでいるように見えた。
不安を湛えた表情のまま、サヨはリュウスケを見つめる。そのリュウスケの表情を見て、サヨは少し気持ちが軽くなるのを感じた。
リュウスケはあの柔らかい笑顔を浮かべて、サヨを見つめていたのだ。
そう、まるで『何も心配いらない』と語りかけるかのように。
「お前達は頭の回転が早いはずだから、はっきり訊いても構わないな?」
穏やかだが毅然とした声で、島津先生が声をかける。
しっかりと前を見据えて話を聞く体制をつくっていたリュウスケは、一度サヨと視線を交わして頷けば、
「はい、どうぞ」
と、はっきりとした声で返事を返した。
「リュウスケ、いや秋葉。先生が一番最初の日に言ったことは覚えてるな?」
渡部先生が話を繋ぐ。男女交際についての心得のことだろうと、リュウスケは無言で頷いた。
「そのことで、残念な噂が先生達の元に届いているんだ」
渡部先生は、はっきりと表情をゆがめて吐き出すように言った。
怒りの表情を隠そうともせず、黙りこくってしまった渡部先生に替わって、さっきよりは厳しい口調で島津先生が話し始める。
「お前達に不純異性交遊の噂が出ている」
え!? 何だって?
そこまでの話は予想外だ。誰かが悪意を持って流したものには違いないが……
「秋葉、その事実があるかないかを応えなさい」
悪いことをしているように言われることが、リュウスケには我慢がならない。
「先生方、僕の言うことを冷静に聞いてもらえるでしょうか?」
静かにしかし厳しい口調で問いかけたリュウスケに、教師二人は訝るような表情を浮かべ、サヨは不安を表情に浮かべて彼を見つめた。
「僕は確かに池内さんとお付き合いさせてもらっています」
リュウスケはきっぱりと言い切り、そのことにサヨは驚いた様子を見せる。
「でも、先生方がおっしゃる『不純な交際』とは思っていません」
「じゃあ、噂のようなことはないんだね?」
嶋津先生のその問いかけに、リュウスケは少し考えを巡らし、事実を少し隠すことに決め、サヨに微笑みかけると話し始めた。
「その『不純』の範疇を教えて頂けませんか? 一緒に登下校したり、手を繋いで歩いたりすることもダメなんですか?」
「あまりみんなに見せつけるような行為は感心しないが… まあ大丈夫だろう。ただな、」
先生はそこで言い淀み、じっとリュウスケの顔を見つめた。
「だだ、何ですか?」
「お前達がすでに男女の仲になっているという噂があるんだよ」
…!
そこまでの噂が流れてるとは。サヨは真っ赤な顔をして俯いている。涙が彼女の頬を伝っていた。
「そのような事実はありません」
リュウスケは強い口調で言った。ここで彼女を守らなければいけない。その想いが彼の言葉を紡いでゆく。
「僕は池内さんを大切に思っています。だから彼女を傷つけるようなことはしたくないんです」
「わかった」
嶋津先生は、そう言って一つ小さく息を吐いた。何かに得心したように、うんうんと頷いている。
「渡部先生、もういいですね?」
辛そうな表情を浮かべている渡部先生。リュウスケの方を向いて、いきなり頭を下げた。
「肝心な時に俺はお前を信用してやれなかった。本当に済まなかった」
思いがけない謝罪の言葉だった。
「謝らないで下さい。心配かけた僕達が悪いんですよっ」
おどけた口調に、渡部先生も笑顔になる。
「お前達にいい知らせがある」
渡部先生は笑顔のまま二人の顔を交互に見た。
「来年のクラス替えで、お前達は一緒になるんだよ」
思わず顔を見合わす二人。
「ようこそ、選抜クラスへ」
芝居がかった声で、島津先生が言った。
「成績がいいのはわかってるが、お前の人間性も含めて俺が面倒見たくなってな。渡部先生にお願いしたんだよ」
イタズラっぽく笑う嶋津先生。
「俺の目が光ってるからなー。清く正しい交際をしていくように」
その日の帰り道。
さすがに今日は止しとこうということになり、手を繋がず二人は歩いている。
でも、幸せそうに微笑み合うことは、止めることができなかった。
だってさ、ずっと一緒にいられるようになるんだよ。
同じ時間、同じ空間を共有することができるんだよ。
こんなに嬉しいことはないんじゃない?
サヨは声に出さずにいられない。
「いっしょだね」
「うん、いっしょだよ」
いつの間にか、彼の左手と彼女の右手はしっかりと繋がっていた。
久しぶりで申し訳ないっす…
これからはちょこちょこ更新していくつもりです←ホントか?