第30話〜『記念日』ハジメテノキス。
キスシーンがあります。
今日は12月24日。
街にはデコレーションが施され、クリスマスソングが鳴り響く。そんな浮かれた街の光景はいつものことなのに。
今年は違う。
幸せそうな笑顔を湛えて、寄り添うように街を歩いているカップル。
いつもの年とは違う『特別な日』になりそうな予感が、二人の気持ちを高揚させていた。
クリスマスイブなんて、どうでもいいじゃん? クリスチャンでもあるまいし。
リュウスケはずっとそう考えていた。
御馳走とケーキを食べ、プレゼントの貰えた子供の頃は、ずっと楽しみにしていたのだが、思春期を迎え、恋愛に憧れを抱き始めた頃から、このイベントを疎ましく思っていた。
でも今日は……
隣に『サヨちゃん』がいるから。
すぐ横を歩く愛しい人に、リュウスケは特別な笑顔を向ける。
やっぱり、うれしい。
サヨの心は、その想いで満たされている。
思えば、このシチュエーションにずっと憧れ続けていたような気がする。大好きな人とクリスマスの街を歩く。私にもそんな日が訪れるのだろうか、と不安に思ったこともあった。
でも今日は…
隣に『リュウスケ君』がいるから。
自分だけに向けられている彼の笑顔に、サヨも特別な笑顔を返す。
どちらからともなく、手を取り合い指を絡め合う。「恋人つなぎ」でしっかりと結び合った、彼の左手と彼女の右手。
幸せな恋人達の群れに加わって、二人は夕暮れの街を歩いていた。
二人がやってきた場所は、イルミネーションが美しい公園だ。グループの人達や家族連れでとても賑わっているのだが、ちょっとした片隅には、愛を囁き合っているらしいカップルの姿もある。
それに気づいたリュウスケは、照れる気持ちを隠すかのように、サヨにおどけた口調で話しかけた。
「ほら、あっちにカボチャの馬車があるよ! 行ってみよう?」
リュウスケの大きな声に、サヨはちょっと驚いたが、彼のその申し出に、ホッとしたのは確か。すぐ側でイチャイチャしているカップルに、いたたまれなくなっていたから。
そうでなくても、ロマンチックなこの雰囲気が、二人を意識させるには十分だった。
白、青、緑、黄、赤。
美しく煌めくLEDの光が、夜の帳が降りた公園に幻想的な光景を浮かび上がらせる。
雪が舞い降りたかのように、白と青の光で彩られた冬枯れの木々。
カボチャの馬車やサンタのおうちは、暖色系の柔らかい光で可愛らしい。
ひと際目を引く、巨大な光のツリー。
「すごぉーい!」
二人で見上げて歓声を上げる。
同じ目線で同じものを見て、感動を共有出来る幸せ。それを噛み締めながら、リュウスケは光に浮かぶサヨの横顔を見つめ続けた。
サヨはその視線に気づいて、リュウスケを一瞬見て恥ずかしそうに視線を逸らす。そして、はにかむような笑顔を彼に向けて、可愛らしく小首を傾げた。
「何かな?」
あのかわいい声で、サヨはリュウスケに訊ねた。
ズキュン……
一瞬にして恋心を打ち抜かれてしまう。
その仕草、その声、その笑顔。反則だって!
リュウスケの理性の堤防が決壊した。
気がつけば、リュウスケは自分の腕の中に、サヨを抱き込んでしまっていた。彼女の髪と背中に手を回してしっかりと抱き締める。
サヨは、突然のリュウスケの行動に体を固くしたが、温かな彼の体温に気持ちがほぐれ、彼の胸に頭をつけ、彼の体に腕を回した。
人前で抱き合うなんて、二人には恥じらいに満ちた行為のはずであった。でも、今この瞬間、とても当たり前で自然なことに思える。
そびえ立つ光の塔の下で、通りすがりの人々の好奇の視線に怯むことなく、二人はしっかりと抱き締め合っていた。
この幸せがいつまでも続けばいいのに
と願いながら。
今なら言えるんじゃないかな?
リュウスケがサヨに言いたい言葉。高校生の分際で、その言葉を使うのは間違ってるかもしれないけど。
でも、この気持ちを伝えるには、その言葉しかあり得ない!
「愛してる」
溢れ出す想いが、甘い声に載せてその「言葉」を紡ぎ出す。
「え?」
サヨは思わず聞き返す。
「愛してるよ、サヨちゃん」
想いよ、届け! とばかりに、リュウスケはサヨに告げた。
刹那、サヨの瞳からは涙が溢れ出す。
思いがけない愛の言葉に、どうしようもなく嬉しい自分がここにいる。
嬉しいのに。
どうして涙が出るの?
サヨの頬を流れる涙を、掬い取るように動くリュウスケの指の動きは、とても優しい。頬に感じる彼の優しさを、もっと感じていたいと思う。
でも… 彼はきっと困った顔して私を見てるから。
ちゃんと答えなきゃ。
サヨは意を決してリュウスケを見上げた。
そこにあったのは、意外な顔だった。
リュウスケはあの「笑顔」でサヨを見つめていた。
その「笑顔」を見た瞬間、サヨの中にある想いが浮上する。
大好き。
その想いを、もう押し止めることは不可能だった。
サヨは少し体を離すと、顎を上げて目を瞑った。
キスして…… !
リュウスケの顔がサヨの顔に近づく。
涙に濡れた長いまつ毛にドキリとするが、リュウスケは彼女の桜色の唇に目を奪われた。
次の瞬間……
二つの唇が重なる。
触れ合うだけの優しいキス。
それでも二人には、今の気持ちを確かめ合うのに十分の行為だった。
「愛してる」
サヨはリュウスケに笑顔で答える。
そして二人は微笑みを交わし合い、再びきつく抱き締め合った。
アメブロの方には書かせてもらいましたが、ちょっと次の展開に迷っています。
作者の願望がストーリーの中に入り過ぎて、二人が仲良くなり過ぎている気がします。
プロットを練り直して、もう一度じっくりと取り組みたいと思います。