第29話〜知りたい。
リュウスケにどうしても二人っきりで会いたい、と言われ、サヨは嬉しいけれど戸惑っていた。
少し畏まったような声で、話があるから、と言った彼。余裕のない様子が電話越しにも伝わってきて、サヨは不安に駆られていた。
「急に呼び出してごめん。迷惑だった?」
「そんなことないよ」
いつものように微笑み合って言葉を交わすが、サヨはどこか違和感を感じていた。
駅で待ち合わせ、ショッピングモール内のファストフード店に向かって歩いている間中、リュウスケは一言も発しなかった。
彼の背中には緊張感が漂っている。背後からそれを見詰めることしか出来ないサヨは、不安がどんどん膨らんでいく。
店に入り、窓際の小さなテーブルに向かいあって席を取ると、リュウスケはサヨに声をかけた。
「来てくれてありがとう」
いつものやわらかな微笑み。だが、サヨはいつもと何かが違うと感じている。膨らむ不安にいたたまれなくなったサヨは、思わず口を開いてしまった。
「どうしたの?」
リュウスケに真剣な眼差しを向けるサヨ。彼女の表情を見て、リュウスケの顔から微笑みが消えた。
サヨから少し目線を逸らして、リュウスケは暫く考え込むような表情をしていた。やがて思い切ったようにサヨに向き直り、言った。
「大事な話があるんだ」
何だろう?
サヨの不安は増幅されるばかりだ。
「まだ先でもいいかな、って思ってたけど、サヨちゃんにちゃんと話しておかなきゃ、ってね」
リュウスケの口ぶりから、言いにくい内容なんだとサヨは感じる。
だけど、彼に隠し事なんかして欲しくない。
「何を聞いても驚かないから、話して、ね?」
サヨは胸の内を押し殺して、精一杯の笑顔をリュウスケに向けた。
リュウスケは切り出す。
「ウチの『家』のことなんだけど」
そう言えば、あの時アキラ君がそんなこと言ってたような、とサヨは思いを巡らす。
「うん、どうしたの?」
内心の不安をリュウスケに悟られないように、笑顔を浮かべたまま、サヨは先を促す。
「橘グループって知ってるよね?」
「うん」
世界的な企業の名前を耳にして、サヨは少し驚いた表情を見せる。
だが、次に発せられたリュウスケの言葉は、サヨの表情をさらに驚愕のものに変えた。
「ウチは橘家の親戚なんだ」
サヨはリュウスケを見詰めたまま、何も言えなくなってしまった。
「あまり口外はしないように、とは言われてるんだけどさ」
リュウスケは真剣な顔でサヨの瞳を見つめる。
「サヨちゃんには、ちゃんと話しておきたかったから」
リュウスケは少し笑った。
その後リュウスケは、話の内容をわかりやすく説明していった。
彼の母親が、橘の娘だということ。
結婚を認められず、父の故郷の田舎町に、駆け落ち同然にやってきたこと。
周りの迷惑を考えて、母が自分の出自を広言していないこと。
など。
静かなリュウスケの話し振りに、サヨの気持ちも落ち着いて来る。サヨの表情が和らいできたのを見たリュウスケは、ホッと小さくため息をつき、もう一つの事実を話す。
「僕の母さんとアキラのお母さん、姉妹なんだ」
「え?」
虚をつかれたような顔をしているサヨ。
「つまり、僕らは橘家繋がりの、母方の従兄弟なんだ」
サヨは驚きつつも、二人の絆の深さの理由がわかったような気がして嬉しかった。
でも、どうして?
そんな大切なこと、私に話してくれても良かったの? その疑問をサヨはリュウスケに投げかける。
「どうして私にちゃんと話しておきたい、って思ってくれたの?」
リュウスケは少し恥ずかしそうな表情をして俯いていたが、あの「笑顔」をサヨに向ける。
「サヨちゃんに隠し事はしたくないから」
サヨは大好きなリュウスケの「笑顔」にドギマギしながらも、彼の表情を見つめ続ける。
「それとね、まだちゃんと言ってないことに気づいたんだ」
再び真剣な表情に戻ったリュウスケに、サヨは不思議な重苦しさを感じながら次の言葉を待った。
「サヨちゃんが、好きだ」
サヨが一番知りたかったリュウスケの気持ち。
彼が言葉にしてくれたことで、サヨの不安は消し飛んで、嬉しさが溢れ出し、サヨの頬を輝く涙が伝う。
突然涙を見せたサヨにリュウスケは驚くが、彼女の両手を自分の両手で包み込み、慈しむような表情を彼女に向ける。
「二人の間に隠し事は無しだよ? わかった?」
わざとおどけたような口調は、自分を労るものだと感じる。リュウスケのその優しさに、サヨはますます幸せな気持ちに包まれた。
あなたをもっと知りたい。
私をもっと知って欲しい。
だから、私も。
「私もリュウスケ君が、好き」
募る想いを言葉に出来れば、何も不安に思うことはなくなった。
これからゆっくり知り合っていけばいい。
ゆっくり「好き」を育てていけばいい。
綺麗な微笑みを浮かべて、二人はずっと見つめ合っていた。
9月23日 今後のストーリーの関係上、「三友」→「橘」に変更しました。