第13話〜二つの決心。
今日は1学期の終業式。明日から夏休みという浮ついた雰囲気が教室内に漂っている。
最後のHRの役割も終え、ホッとしてる僕の心にのしかかる翳。
あれ以来、ハルミは僕に変わらず接してくれている。そのことの申し訳なさと自分に対する不甲斐なさが、僕の心をずっと締め付けていた。
「気にしないで、ね?」
と寂しそうに言った声と頬に伝う涙は、僕の中に灼き付いてなかなか消えない。思い返すたびに黒い後悔の念が渦巻いて、叫び出したい衝動に駆られる。
「リュウスケ……」
ハルミが何とも言えない表情で声をかけて来た。
「今日終わってから、ちょっといいかな?」
申し訳なさそうな表情に、僕の心が揺らめく。相変わらずどういう顔していいかわからないので、僕は中途半端な笑顔をして頷いた。
放課後、二人で向かったのは屋上だった。人気の無いところをハルミが選んだのは、あまり聞かれたくない話をしたいんだろうと、察しの悪い僕でも気がつく。
「ごめんね、時間取らせちゃって」
そう言ってハルミは、またあの柔らかい微笑みを僕に向ける。
「別にいいんだ、そんなことは」
少し緊張気味な僕。そんな僕の様子を確認するように、ハルミは僕を少しの間見つめていたんだけど、急に視線を落として、逡巡したように黙り込む。
二人の間を流れる気まずい沈黙。
どれくらいそうしていただろうか。ハルミは思い切ったように顔を上げ、僕の顔をジッと見ながら話し始める。
「あの時は、ごめん」
いつのことかはすぐにわかった。僕がずっと思い悩んでいたことでもあったから。
「私ね、感情の起伏が激しくって、すぐ怒ったり泣いたりしちゃうからさ。ビックリしたでしょ?」
ハルミはまたふわり、と笑う。
「あの時はね、確かに悲しかったのはあるんだけど、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになっちゃって」
それはどういうことなんだろう? 疑問を抱きつつ彼女の次の言葉を待つ。
「私の気持ちを肩代わりして怒ってるエリカと、ヒドいこと言われてるリュウスケを見てるのが本当に辛かった」
ハルミ……
そんな時まで人の気持ち、考えてたの?
自分を押し殺して、人のことを思いやってたの?
人が良すぎるよ、ハルミ。
優しすぎるよ… ハルミ。
ハルミの気持ちを置き去りにし続けてきた僕には重すぎる現実。さらなる後悔の念が僕を包み込む。
「もう一つ言っときたいことがあるんだけど… いいかな?」
ハルミは少し躊躇ったが、意を決したように、
「私はリュウスケが、好き」
一度は婉曲に伝えられた言葉が、今度は意志を持って僕の耳に届けられる。
「ちゃんと言えた… よかったぁ」
本当にホッとしたように、はにかんで笑っているハルミ。
でもね…
僕はその「好き」には応えられない……
「リュウスケには好きな人がいるのは知ってるよ」
やっぱり気づかれてたんだ……
「でもこの気持ちを伝えないでいたら、『友達』でもいられなくなりそうで嫌だったから」
「そんなこと……」
ずっと感じてた居心地の良さに、僕は後ろめたさを覚えながら答える。
「告白なんかされて迷惑だとは思うけどさ、それでもずっと仲良くしてくれたら嬉しいな」
寂しそうな顔のハルミを見てたら、感情が抑えられなくなってきた。
「そんなの当たり前じゃんか!」
急に声を荒げた僕に、ハルミは目を見張る。
「ハルミはさ、何でいつも先に人のこと考えるんだよ? 何でそんなに優しいんだよっ!」
もう抑えられない。
「俺はね、ハルミの気持ちに甘えてたんだ。優しくされることが嬉しくって、仲がいい、なんてからかわれることも、全然嫌な気持ちなんてなかったんだ。」
ハルミは僕を見つめている。
「ハルミのことは好きだ。」
言っちゃった… ハルミは心底驚いた顔をしている。
でも……
ズルいと思うけど、ちゃんと言わないといけないんだ。ハルミの思いに正面から向き合うために。
「もっと『好き』な人がいるんだ」
その時、ハルミの瞳から大粒の涙が零れた。
「ちゃんと言ってくれてありがとう。嬉しいよ……」
本当は言って欲しくなかったのに。
ハルミは、笑いたくても涙が次から次へと溢れて止まらない。こんなに泣いたら、リュウスケが心配するのに。リュウスケが傷つくのに。分かっていても、涙が止められない。
「ずっと『友達』でいてくれるよね?」
涙の中で無理矢理笑顔をつくるハルミに、僕は胸が痛む。
君はそんな簡単な条件で、僕を許してくれると言うのかい?
まだ僕に、優しさをくれるのかい?
「ずっとずっと大切な『友達』だよ!」
ハルミが今一番望んでいる、でも一番残酷な答えだったと思う。
でも僕は、その答えが二人の思いに決着をつける、一番いい方法だと信じて疑わなかった。