第11話〜歓喜と恐怖。
梅雨も明けて日差しが輝きを増して来た、ある夏の昼下がり。
「また、ボーッとしてんな」
声がした方を見ると、トシクニがにやにやしている。ハルミとエリカも笑っている。
「リュウスケはボーッとするのが得意技だから、仕方ないよね?」
からかうように微笑みかけてくるハルミ。
「相変わらず仲がよろしいようで、ようござんしたねぇ?」
トシクニがにやにやを2倍にしてほざく。
「すぐそんなこと言う!怒るよっ!!」
顔を真っ赤にして反論するハルミだが、強く否定している様子はない。
「あの日」以来、ハルミの態度は変わってないように思える。僕はハルミに「答え」をあげられてないにも関わらず。
そんなハルミの優しさに、僕は戸惑いながらも居心地の良さを感じ始めている。
僕は、ズルい。
その居心地の良さの中で考えていたのは、そう『彼女』のこと。
あの日の出会いから、君の残像が僕の中から消えない。
本当に綺麗な人だったなぁ……
栗色で少しカールした柔らかそうな髪。
あくまでも白く透き通った肌。
清らかな桜色の唇。
そして、澄み切った茶褐色の瞳。
僕はあの日、その瞳に吸い寄せられるように行動を起こしていた。そんな経験は初めてだったんだ。
また、会いたいな……
「秋葉君?」
クラスメートの女子に声をかけられて、我にかえる。
「秋葉君を訪ねて、女の人が来てるよ」
少し上気した様子なんだけど、どうしたのかな?
「何だかとっても綺麗な人」
え? 誰だろう? 美人と言えば、ユウコ先輩でも来たんだろうか?
とりあえず教室の入り口に向かう。そこに小さなざわめきが起こっていることを感じた。
「待たせてごめんなさい」
…!
そこにいたのは『彼女』だった。
今の今まで心の中で恋い焦がれていた人を目の前にして、やっぱり周りの視界が狭まる。
でも嬉しさと焦りのあまり、僕はどうしたらいいか分からず、無言で立ち尽くしてしまう。
「傘を返しに来たの」
何も言わない僕を上目遣いに見ながら、あのかわいい声で『彼女』は告げる。僕はまだ言葉を発することが出来ずにいる。
「あの日、本当に助かったの。もうビショビショに濡れて帰るのを覚悟してたから」
『彼女』は少しはにかんで、
「どうしてもお礼を言いたくって。本当にありがとう」
天使の笑顔で僕を見つめてくれたんだ。
嬉しかった。
心の底から嬉しかった。でも…
「別に、いいのに……」
無愛想に答える僕。
刹那、『彼女』の笑顔が翳る。
僕は怖かった。
僕の気持ちが知れるのを。
みんなや『彼女』に感づかれるのを。
恥ずかしいとかそんなんじゃなくって、今はそれを知られるのが嫌だったんだ。
『彼女』を想う僕の気持ちを、誰にも壊されたくなかったんだ。
「じゃあまたね、秋葉君」
踵を返し去っていく『彼女』の後ろ姿を、黙って見送るしかなかった不器用な僕は、その時『彼女』を傷つけてしまったことを、気づくはずもなかった。