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退魔○○の男

【注意】

「怪奇」や「霊」のお話ですが、ちょっとお下品な表現もあります。

苦手な人はお気をつけください

 心霊・オカルトネタが得意なライターの原田敦子さんは、超常現象を体験した人がいると聞きつけては、こまめに取材している。

 その超常現象が幽霊話だけではなく、UFOネタや未確認生物ネタだろうと、なんでも取材する。

 とにかく、情報集めは怠らない。

 フットワークには自信を持っている原田さんであった。


 今日も原田さんは取材していた。

 取材相手の名は榊原往也さかきばら ゆきや

 こざっぱりとしたイケメン大学生だ。


「これは僕が大学に入ったばかりの頃の話なんですけど、今まで誰にも話したことがないんです」


「そうなんですか?」


「はい。ちょっと、身近にいる知り合いとかには話しづらくて……。

 でもですね、去年の夏に友達と、心霊スポットへドライブに行ったことが何度かあったんですけど、全然幽霊とか見れなくて、『やっぱ幽霊なんているわけないよな』って話になったんですよ。その時に、自分が以前体験したことを、猛烈に話したい衝動にかられましてね」


 そう言って、榊原は苦笑した。


「なるほど、でもやはりご友人には話せなかったと」

 そこまで、話しにくい心霊体験とは何だろう。

 俄然、原田さんは興味津々になった。


「はい。だから今日は、原田さんに洗いざらい、全てをお話ししてスッキリさせてもらいますっ」

 爽やかにそう言って、微笑む榊原。

 ファッション雑誌の表紙を飾れそうな笑顔に、原田さんは内心ちょっとだけドキドキしたが、すぐに気持ちを引き締め、メモ帳とペン、ボイスレコーダーの用意をした。


「あ、確認ですけど、記事や本になった時に僕の名前は伏せられるんですよね」


「もちろんです」


「じゃあ、お話しします。バイト帰りの深夜、大学生活が始まって、一人暮らしを始めたこともあって浮かれてたのか、あてもなく自転車で夜道をブラブラしてたんです。そしてN区のある通りを通ってたんですが……」


「……西陽台の、ですか?」


「あ、そうです。あー、やっぱ有名ですよね? 暗闇通りって呼ばれてるとこらしいんですけど」


「ええ、まあ……西陽台のN通りのことですね」

 また西陽台か、と原田さんは驚きながらも、同時に、がっかりしてしまった。

 ここ最近N区西陽台では心霊現象の目撃が多発しているらしいが、『暗闇通り』という俗称が付けられるほど、N通りは昔から有名なのを知っていたからだ。


 N通りは『暗闇通り』の別名通り、街灯が全くなく、深夜は人気が消える。

 曰く、姿の見えない何者かに追いかけられた。

 曰く、後ろから声を掛けられ、振り向くが誰もいない。

 曰く、交通事故があった場所に地縛霊がいる――等々。


 周辺は古いビルや一軒家も多く、確かに夜は気味が悪い。

 そのため聞き古された噂や体験談が今日まで絶えない心霊スポットだ。


(……期待していたほど斬新な話は聞けないかも……)

「……すみません。続けてください」

「あ、はい」

 やや気落ちしている原田さんの様子には全く気づかず、榊原君は話を続ける。


「で、自転車を走らせてたら、後ろから、笑い声がするんですよ。女の子の声ですね。クスクス笑いがして、僕は自転車を止めて振り返るんだけど誰もいない」


「なるほど」と、相槌を打つ原田さん。


「そして、その時に気づいたんですよ! 声がすごい近いってことに! 耳元でしたことにッ」


「ふむふむ」と、相槌を打つ原田さん。


「軽くパニクって、周囲を見回してるところでまた耳元から笑い声。でも振り向いても誰もいない。もう、背中が冷たくなって、恐怖で混乱状態ですよ。すぐその場から逃げようと、自転車のペダルを漕ごうとした時です――」

 そこまで一気にまくし立てた後、榊原君は言葉を切って、なぜか逡巡した。いいあぐねて、「えっと、それからですね……」と、とたんに歯切れが悪くなってしまった。


「……それから、どうなったんですか?」

 もしかしてここから、『まさかの展開』なのかと、原田さんは身を乗り出した。


「そのですね。えー、舐められたんです」


「舐められた?」


「はい。首筋辺りを、レロンッって感じで。息がかかることもなく、まるで舌だけがそこにあるって感じで」


「それは……珍しいケースですね」


「ただその……その後、ですね」

 

 原田さんは、すぐにでもメモ帳にペンを走らせられるよう身構えながら、無言で小さく頷き、根気よく榊原君の次の言葉を待つ。


 

「その……舐められたせいでですね」



「はいっ」







「――勃起しちゃったんです」







「は?」


「だからその、めっちゃ怖くて混乱したせいなのかどうなのか。とにかく、ガチガチに勃っちゃったんですよ! そしてほぼ同時に、その、出るものが出ちゃって……そしたら、さっきまで笑っていた声の主ですかね。耳元で『キャッ!』って短い悲鳴を上げまして」


「はぁ」


「すごい罵倒されたんですよッ。『バカバカ!』とか『変態!』とか。そしてフッと声がしなくなって、それっきりです」


「はぁ」


「いや、原田さん。これ、本当なんですよ。信じてくださいって!」


 原田さんは「ふざけてんのかこのガキャア!」っと、榊原君の胸ぐらを掴んでやろうという気が一瞬だけよぎったが、すぐに思い直し、榊原君に取材の礼を言って、その場を立ち去った。


     ×   ×   ×


(『退魔性欲』の男……)

 原田さんは榊原君の話を聞いて以来、そんな言葉を時たま思い浮かべる。


「よくホラー映画でHしてるカップルとかって、その後、殺されたりしますよね。あれって嘘だと思うんですよ」


 別れ際に榊原君はそんなことを言っていた。


 古来より、西洋東洋問わず『セックス』というものは魔術などにも密接な関わりがある。

 そもそも、霊は死者であり、怨念、生き霊、悪霊、魔、妖と呼ばれるモノは、おしなべて死の体現者だ。

 対して、性欲、勃起などは生殖行為に関連するモノで、生殖とは当然、生命を生み出す行為であり、『死』とは真っ向から対立するものだ。


 身の毛もよだつ恐怖体験……霊との遭遇。


 そんな状況を前にして自らのイチモツをおっ勃てることができれば、それは最高の退魔・除霊の武器となるのではなかろうか。


 そんなことを考えながら、

「でも、榊原君の話は心霊記事には使えないよなぁ」


 と、独りごちる原田さんであった。 

退魔性欲の男……なんかすみません。

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