明晰夢3
後日、約束通り、僕はMと会った。
久しぶりに見たMの姿は、元気そうで僕は安心した。
私服姿は中学時代よりも洗練していて、ちょっとびっくりした。
僕なんかよりも、ずっと『上手いこと高校デビューした』感があった。
「よおM、メールくれなかったから心配してたんだけど、全然元気そうじゃん」
「メール?」
Mは何の事か分からない様子で怪訝な顔をした。
「ほら、相談の電話があった日の次の朝に、すぐ連絡してくれって言ったじゃん」
Mは「あー」と声をあげ、思い出したようで笑みを浮かべた。
「ごめんごめん。忘れてたよ。次の日に、メールね」
「軽いなー。俺結構マジで心配してたのに。電話してもメールしても返事ないしさ」
「いや、ほんとごめん。でももう、大丈夫だから」
「そうか――で、どう? 夢はどうなった? 大丈夫って事はもう、悪夢は見ないの?」
「いや、もう夢そのものを見なくなったよ」
「え」
夢を見なくなった? 予想外のことに僕は驚いた。
「明晰夢だけじゃなく?」
「うん」
Mは憑き物が落ちたような、スッキリした笑顔でうなずいた。
「おれ、もう一切、夢見ないんだ」
……夢を全く見られなくするなんてことができるのか?
「どうやって? 明晰夢のトレーニングとは逆で、寝る前に『もう夢を見ないぞ』って自己暗示かけるとか?」
冗談交じりにそう聞いてみた。
ハハハハハ。
Mは笑い声を上げた。
「違う違う。それじゃ、逆に夢を見てしまいそうじゃない? 夢を見なくなる方法、教えようか?」
Mは笑顔のまま、そう言った。
僕は、妙な違和感を感じ始めていた。
先程のMの笑い声……Mってこんなに爽やかな笑い声を出すようなキャラだったっけ?
「大丈夫だよ。夢を見なくなる方法、結構簡単だよ?」
「……」
僕が無言でいるとMの笑みはますます広がり、それを見て僕は、得体のしれない気持ち悪さが、わき上がるのを感じた。
「お前も明晰夢、見るんだろ?」
ニヤニヤ笑いながらそう言うMの顔を見ている内、次第に周囲の風景がぼやけ、視界が白くなっていくのを僕は感じた。
あれ、そもそもここは何処だ?
× × ×
ふと気がつくと、僕はベッドの上で横になっていた。
――なんだ夢か。
軽く頭痛がする。僕の寝起きはいつもこんな感じだ。
ぼやけた視界に映る、読みかけのコミックと携帯と目覚まし時計。
時計の針は、6時過ぎを指している。僕は自然にうめき声を出した。
まだ起きるには早い時間だ。
二度寝をしようと布団を被り、目を閉じかけたところで携帯のバイブ音がした。
僕はまだボーっとしている状態のまま寝返りを打ち、反射的に携帯を手に取る。
Mからのメールだった。
一瞬で目が冴え、僕は上半身を起こして、メールの内容を見た。
『忘れてたから、メールするわ。もう、悪夢見なくなったよ。日曜だけど、駅前で待ち合わせでいい?』
僕は体が固まってしまった。メールの内容にすごい違和感を感じたからだ。
忘れてたから、メールするわ
(忘れてたから……?)
どういうことだ。おかしいだろ。
忘れずに、こんな朝早くに、メールしてきてるじゃないか。
「あっ」
思わず小さな声が漏れた。
昨日見た(というよりさっきか?)夢を思い出す。
既に目覚めた今では、夢の内容はどんどん薄らいでいき、細部が記憶からこぼれ落ちているが、夢の中で再会したMはこう言ってなかったか?
「ごめんごめん。忘れてたよ。次の日に、メールね」
なんだよこれ。
まるで夢の中のMがそのまま現実のMになって、メールをしてきたみたいじゃないか。
「……」
ぬぐえない違和感は寒気に変わった。
僕は思い出す。夢の中の、気持ち悪いほど満面の笑みの、Mの顔を。
そして、Mはこう言ってなかったか……?
――戸惑う俺を父さんはずっとニヤニヤ見つめてるんだよ。
ずーっと、笑顔で……。
気味が悪くなった俺は、『やめろ、笑うな』って命令するけど、その父さんは笑ったままなんだ。
言うことを聞かない……俺が創りだした、夢の中のキャラなのに……。
昨日、Mが電話で話していた『笑顔の父親』……それが夢の中の『笑顔のM』となぜか重なる。
……もしさっき見た夢の中で、覚めずにMと会話し続けていたら、どうなっていたんだろう。
「……」
なんか、やばい。もう関わらない方がいい。
そう感じた僕は、日曜に会う約束を断ることに決めた。
怯えながら、どうやって会うのを断ろうかと、震える手で持つ携帯の画面を、僕はずっと見つめ続けた
(おわり)
この話はこれで一応完結です。
ありがとうございました。
……あとで、改稿するかもです。






