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明晰夢2

 中学を卒業し、高校生活が始まって、二ヶ月ぐらいが経ったある日のこと。


 夜、部屋で漫画を読んでいると、携帯に一通のメールが届いた。

 件名を見るとMからだということがわかった。

 Mは中学時代は携帯を持っていなかったが、僕は自分の番号とアドレスを教えていたのを思いだした。

 メール本文を見ると、「相談したいことがある。すぐに連絡が欲しい」という内容とともに、携帯番号が記されていた。

 Mとは卒業式以来、会っていなかった。

 懐かしくなった僕はその場ですぐにMに電話をかけた。

 ワンコールもしないうちに電話は繋がった。


「Mか? 久しぶ――」

「なあ、ちょっといいか? 相談したいことがあってさ」

 Mの第一声はえらく食い気味で、ちょっとぶしつけだった。

 しかし、それよりも僕が異様に思ったのは、Mの声が別人のようにしゃがれていたことだった。

「お、おー、いいよ」

「実はさ、夢の事なんだ。いきなりですまないけど、本当に困ったことになってるんだ。こんなの相談できるのお前くらいしかいないし」

 僕は戸惑った。いきなりすぎるし、Mの口調が非常に早口で、しかも何かに焦っているような緊迫感を漂わせていたからだ。


「いいけど……」

「お前さ、夢から覚める時ってどうしてる?」

「は?」

「夢ん中で、“これは夢だな”って気づきだすだろ? で、“起きたい”って思ったらそれからどうしてる?」

「ん? 普通に起きるんじゃないの?」

「いや、自分の意志で夢をみてる最中、夢から覚めるにはどうしたらいいのかってこと」


 何を言ってるのかよく分からなかったので、僕は少し笑ってしまった。

「おい! こっちは真剣なんだぞ」

 Mがいきなりキレてきたので、僕は少しムッとした。

「知らんよそんなん。目を開けて、気がついたら起きてる、って感じだろ普通」

「あ――ごめん。ちょっと今、本当に困ってて……」

 申し訳なさそうな弱々しい声でMはそう言った。

 僕も気を取り直すことにした。

「どういうことか詳しく説明してくれよ」

「ああ……最近さ、変な夢ばかり見るようになってさ」

「どんな?」

「何かに追われる夢とか、自分が死にそうになる夢とか」

 何を今更――と、僕は思ってしまった。

 今まで散々、自由自在に夢をいじくってきたMの言葉とも思えない。

「そんなもん、お前だったら、夢の内容変えればいいだけじゃん」

「いや、当然そうしたよ。でも延々と『抵抗』されちゃうんだよ」

 頭を抱えるMの姿が容易に想像できる、泣きそうな声だった。

「抵抗って……どういう?」

「例えば化け物に襲われる夢をみて、そいつを逆に殺すだろ? そしたら殺したはずの化け物が蘇ってきてまた襲ってくるんだ。夢の舞台がまったく別になることもある。それがもう延々と続くんだ」

「でもいつかは目が覚めるわけだろ?」

「昨日見た夢は三日も続いてた……」

「……」


「おれはでかい城の城主でさ。その城が攻められてるの。俺は自分の軍勢に命令出して、反撃するけど、敵の数は全然減らない。で、城の中に籠城して、飯食って夢の中で寝て、目が覚めるとまだ戦いは続いてる」


「でも夢だろ。夢の中の時間感覚なんて曖昧じゃねえの?」

「本当にリアルなんだよ。中学三年の頃から、夢の中の時間が長くなってるのはわかってたけど、その時は好都合だなとさえ思ってたんだ。夢の中で勉強できる話は何度もしたろ?」

「あ、それだッ。寝る前に今日はこういう夢を見るって、最初に脳内設定しておけば嫌な夢みなくていいんじゃないの?」

「それがだめなんだよ……最初は、設定した通りの夢を見てても、途中から、やっぱり悪夢になるんだ……特に、昨日の籠城戦の夢はマジで過ごす一日一日がすげえ克明で、このまま目が覚めないんじゃないかって、怖くなってきたんだ」

 話を聞いてる内に、僕もMの抱いている恐怖がすこしは想像できるようになってきた。


 夢の中の時間感覚は曖昧だ。

 時間だけでなく、なにもかもが漠然としている。

 しかしMは僕の明晰夢とは比べモノにならないくらいに夢の中でも意識がハッキリしていて、目覚めてからもそれを鮮明に覚えているわけで、その夢が制御不能になったら――。


「……昨日の籠城戦の夢で、三日目の朝、寂しくなったから家族を出したんだよ。父さんと母さんと、妹と弟の四人」

「そ、そんなことできんの?」

「うん」

「そいつらしゃべれんの?」

「うん、出したら勝手に動きまわるし」

「だったら城を攻めてる敵だっけ? それを消したりとかも出来るんじゃ」

「だから言ったろ。抵抗されるって。消してもまた出てくるんだよ……それでその召喚した家族と話したりして、すこしは気を紛らわせて、安心できたんだけど、また抵抗されてさ。いきなり鮮明だった夢の中がぼやけて、出したはずの家族がいなくなってるんだ」 

「いなくなるって、いきなり?」

「ああ、俺は必死になって探すけど、いない。夜になるまで城の中を探し続けたら父さんだけは見つかった。『他のみんなは』って聞くけど、その父さんは『大丈夫だよ』とか『すぐ見つかるよ』とかしか言わない。そして――戸惑う俺を父さんはずっとニヤニヤ見つめてるんだよ。ずーっと、笑顔で……。気味が悪くなった俺は、『やめろ、笑うな』って命令するけど、その父さんは笑ったままなんだ。言うことを聞かない……俺が創りだした、夢の中のキャラなのに……」

 Mの声は震えていた。

「そこではじめて、思ったんだ。これは『抵抗』だって、いや『攻撃』といった方がいいかもしれないって。そこで、やっと目が覚めた……」

 Mはずっと恐怖をこらえていたのだろう。そこまで話した時点ですすり泣き始めた。

「落ちつけって、M。攻撃って、何に? なんかに取り憑かれてるとか?」

「わかんねえよ……なあ、俺、今日寝るのが怖いんだよ。すげえ怖いんだよ」


 電話越しに泣き続けるMの声を聞きながら、僕は困り果ててしまった。

 Mはとんでもない事態に巻き込まれているようにも思えるが、一方で、所詮夢は夢であり、大げさすぎるという思いも強かった。

 ネットや本では、明晰夢を見る方法や、夢を長続きさせ、覚めないようにする方法などは、よく書かれているが明確に『夢から覚める方法』は読んだことも聞いたこともない。

 『夢から覚めないようにする方法』の逆をいけばいいような気もするが、Mの明晰夢は並はずれている。

 夢の内容進行に大幅な改変を加えても、僕のように目覚めることができないのであれば……。


 それは恐怖以外のなにものでもないだろう。


「M、僕の場合はさ、夢を操作しようとすると大体すぐに起きちゃうんだよ。まわりの風景や自分がいるって感覚もどんどん薄くなっていくし……気がついたらもう起きてる。あと実は起きてて、夢の続きを起きた状態で妄想してたりとかさ」

 Mは鼻を啜り、しばし間無言だった。

 そして、一つ大きな息を吐いた後、こう聞いてきた。

「お前、夢の中で死んだことはある?」

「……あると思う。どんな夢だったか忘れたけど」

「俺は明晰夢を見出してからは、一度もない。何かに襲われたりする夢も改変しまくって、都合のいい展開にして、楽しんでるうちに目が覚めてた。でも今は違う。夢の中の父さんは不気味にずっと笑ってたけど、それを消してしまおうとか、作り替えようとかは思わなかった。そしたら目が覚めた」

「お前の明晰夢は普通とは逆で、夢をいじくろうとするから、延々と夢を見続けちまうってことか」

「そう、だから、化け物に殺されそうになろうが、崖から落ちそうになろうが、改変しないようにしてみる。多分、すげえ痛いだろうけど」

「痛いのか」

 Mは少し笑った。

「痛いよ。俺の明晰夢はリアルだからな」

 まだ少し鼻声だが、Mは大分落ち着いたようだった。

 それからしばらくの間、夢の件は忘れたかのように、僕らは通っている高校のこととか他愛もないことで会話を続けた――。


「ありがとな。今日はちょっと、テンパりすぎてたかも。なんか恥ずかしくなってきたわ」

「いや、いいって。あーそうだ。今週の日曜でも遊ぶか?」

「いいね」

「じゃあまたメールか電話するわ」

「うい。じゃあそろそろ切るわ」

「あ、M、連絡は明日の朝くれよ。気になるからさ」

「……わかった」

 電話を切って、僕は時計を見た。

 いつもならとっくに寝てる時間だった。

 

 ……明晰夢は僕も見る。

 これからはあまり、夢をいじくらないようにしよう。

 そう思いながら、僕はベッドに寝転がった。

(つづく)

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