第○種霊的遭遇
徳田君は、池袋の居酒屋で、二人の友人と酒を飲んでいた。
二、三ヶ月に一度会うくらいの飲み友達で、名前は山平始と原田敦子
三人は学生時代に同じ文芸サークルに所属していた。
その頃からの腐れ縁である。
山平君は昼はおもちゃ屋、夜はコンビニでバイトしているダブルワーカー。
原田さんは徳田君と同じくフリーライターなのだが……。
「そういや、原田さん、今年の“夏のお仕事”はどうだった?」
「え、ああ……。今年も去年と同じよ。心霊スポットの紹介本とか、取材とか……。漫画の原作担当しながら、そんな感じ」
「……」
徳田君は二人の会話に混ざらず、酎ハイをあおる。
原田さんは、いわゆる怪談や心霊現象、都市伝説などをネタにした記事を書くことを得意としている。読み切りホラー漫画の原作なども手がけており、その稼ぎはおそらく徳田君の数倍だ。
夏のシーズンに限れば、数十倍かも。
徳田君にしてみれば面白くない。
「……夏の定番ネタだもんね」
ずっと黙りこくっているのもアレなので、徳田君も“ちゃんと話聞いてますよ”程度には会話に加わる。
「はい。毎年お世話になってまーす。でもさー、最近つくづく思うんだけど、オカルト好きにも色々タイプがあるよね」
「へー」
「タイプ? それってどういうこと?」
生返事の徳田君とは違い、山平君は興味津々みたいな感じで、おつまみの唐揚げをつついていた箸を置き、身を乗り出した。
「うーん。例えば、怪談は好きだけど、いかにもホラー映画っぽいのはダメって人とか」
「怪談だってホラーだろ」
そっけない徳田君と違い、山平君は一生懸命会話を盛り上げようとする。
「……オタクでいうなら特撮好きや、アニメ好きみたいにジャンルがあって、さらに同じアニメ好きでも、ガンプラやアニメフィギュア買う人や、DVDはめちゃくちゃ買うけど、立体のおもちゃには興味ないとかみたいに、色んな傾向があるって事かな? いや、違うか」
「うーん、なんて言えばいいのかなぁ。オカルトや心霊ネタが好きで、霊の存在を信じてる人でもさ、容認できるレベルってのがあるのよ」
「へー」
「たとえば、死んだ家族の霊とかが出てくる泣ける話や、心霊写真を撮影したり、金縛りにあって枕元に幽霊が立つ……みたいな、ちょっとした恐怖体験といった“本当にあったっぽい”話なら信じられるって人も、呪いや生贄とかが絡んできて、映画みたいに人がばんばん死んだり、とんでもない怪異に巻き込まれたりする……みたいなスケールの大きい話になると、途端に『嘘っぽくなった』とかいって嫌ったりするのよね。でもそういう、都市伝説や祟りの話に強い興味を示す人も逆にいるのよ」
「……」
徳田君は、無言で酎ハイを一気に飲み干して、通りかかった店員に、酒の追加注文をした。
そんな徳田君をチラリと見た後、原田さんは話を続けた。
「心霊オカルト好きっていっても色々いるってことよ。完全に“お話”として楽しんでいる人もいれば、なにかこう、ほら、“本当にあった○○シリーズ”とか、よく言うじゃない? 創作は創作でも、そういう“本当っぽさ”を求めている人もいる。魂や神様といった存在を真剣に信じてる人でも、幽霊なんてのは信じないって人もいれば、それとは正反対に、都市伝説もびっくりの、超常的な存在を信じてる人だっているし……」
「さすが。“お客さん”のことはよく分析してるんだねぇ」
ちょっと呂律の回らなくなった徳田君がツッコミを入れる。
少しばかり、嫌味が言葉に滲んでいる。
原田さんは肩をすくめた。
「まーねぇ。さらには実際に霊感がある人、霊感がない人っていう違いが絡んでくるし」
「ちなみに原田さんはどんなタイプ?」
「うーん」
山平君の質問に原田さんはしばしの間考えてから「霊感ややアリで、第三種までなら経験有り。第四種は未経験だけど、あり得るかもなーっていうタイプかな」と答えた。
徳田君と原田君は顔を見合わせる。
「えっと、なに? 第三種とか四種とか……」
原田君の質問に原田さんは苦笑した。
「あ、ゴメンゴメン。仕事仲間同士で最近よく使う言葉でさ。UFOネタでよく第二種接近遭遇なんて言葉が使われるじゃない?」
そういいながら、原田さんはタブレットPCをバッグから取り出して起動すると、画面を軽快にタッチし始めた。
「――それにちなんで、霊的現象を段階的に分類した人がいるんで、うち等も使わせてもらってるの。ほら」
原田さんが見せる画面を二人は覗き込んだ。
× × ×
【第一種霊的遭遇】
・霊的存在を目撃すること(心霊写真の撮影や夢に出てくるなども含む)
【第二種霊的遭遇】
・霊的存在が周囲に何かしらの影響を与えること。
(物が動く、壁や天井を叩く叩音現象や足音、獣臭など聴覚や嗅覚での感知)
【第三種霊的遭遇】
・霊的存在が接触してくること。
(霊的存在が、触れてきたり、語りかけてきたりするなど)
・また、霊的存在が原因で、遭遇者の心身に異常が発生すること。
(金縛り・高熱・手足が痺れるまたは動かなくなる・気絶)
【第四種霊的遭遇】
・霊的存在が憑依してきたり、危険な害を与えてくること。
・また霊的存在と対話、あるいは霊的存在を除霊すること。
× × ×
「へぇ、なるほどねー。残念ながら僕は霊的遭遇の経験はないな。あ、でもテレビや雑誌で心霊写真や映像は見たことあるから、第一種は経験あるって事になるのかな」
「直接体験が基本らしいけどね――やっぱさ、心霊ネタで仕事してると、変なモノを呼び寄せちゃうっていうか、障りがあるっていうか“困ったこと”が起こったりするのよ。肩が急に重くなったり、手が少しの間動かなくなったりさ。
で、いよいよもってのっぴきならない事態になって、仕事にならなかったりする状態になると頼りにしてる先生がいてね。その人から教えてもらったんだ」
「へぇ、すごいねぇ」
「……」
しきりに感心する山平君と違い、徳田君は無言だ。
もう追加で頼んだ酒を飲み干してしまっている。
「まあ、私は取材でその人とはお話しただけで、実際に助けを求めたことはないんだけどね」
「本当にあるんだな」
ぼそりと徳田君は呟いた。
「ん?」
「そういう、駆け込み寺的な……幽霊とか祟りだとかいったことで困った時の……連絡先」
「実際多いよぉー。色んな業界で、そういう“連絡先”を持ってる人って。仕事柄、特に心霊だのオカルトだのといったことに積極的に関わる人間はねぇ」
「徳田、お前はどう? 霊的遭遇レベルは?」
原田君がそう尋ねてきて、徳田君は顔をしかめた。
「ノーコメントで。なぁ、そろそろ出ようか」
そう徳田君が切り出すと、「え、もうそうんな時間?」と、山平君は腕時計を見た。
「そうだね。そろそろ出ようか」
と、立ち上がりながら原田さんはこう言った。
「まあ、なにかこの手のことで話のネタがあったら、私に連絡ください。やばいことになったら、力になれるし――と、言いつつ、もう私の連絡先は使えないんだけど」
徳田君は怪訝な顔をした。
「……なんで?」
「亡くなられたの。徳田君と同じ西陽台に住んでた方なんだけど」
徳田君の身動きが止まった。
「いつ亡くなられたの?」
「うーん、ちょうど一年ぐらい前かな……ちなみにさぁ、徳田君はその手の連絡先って、ある? ツテとかあったりしない?」
「ないよ。ないない」
「そっかぁ」
飲み会はお開きとなった。
なんかすごい前置きというか設定説明っぽい話……orz
霊的遭遇……もっといい言葉思いつけないかなぁ(;´`)
「霊障レベル」とか?……うーんなんかちがうな