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吉隠さんちのみーさん~謎の掛け合い~

 吉隠好子よなばり よしこの朝は早い。

 毎朝、家の外を掃除するのは昔から好子の日課だったが、息子が結婚し、孫が幼稚園に上がった頃くらいから掃除を始める時間帯がグッと早くなった。


 “年寄りの朝は早い”とはよく言うが、夜明け前に目が覚めてしまうので最近はさらに掃除をする時間が早くなった。



 ある日のことである。


 好子はパッと目が覚めた。

 窓の外は真っ暗だ。

 部屋の電気を点けて、時計をみると時刻はまだ四時だった。


 いくら何でも早すぎだろうと、もう一度布団に入って、二度寝を試みるがどうにも目が冴えていけない。


 しばらくの間、布団の中でゴロゴロしてみたが、観念して好子は着替えと身支度を済ませると、家族達を起こさないようにそっと家の外へ出た。


 吉隠の家は大きい。

 鉄筋コンクリートの造りの家が二戸。

 それが二階の渡り廊下で繋がっているため、かなりどっしりした佇まいだ。


 昔は周辺にいくつも土地を持っていて、畑や田んぼだったが、その多くが今は、アパートや駐車場になっている。


 だが吉隠家の周りは、まだ昔の面影を残している。

 敷地内は学校の運動場くらいの広さの野菜畑が広がっている。好子が畑の世話を手がけているが、趣味とかそういうレベルではちょっと済ませられない規模だ。

 さらに畑の向こうには昭和に建てられた土壁の古家ふるやがある。

 今の家が建つ前、古屋の隣には立派な日本家屋があって、その離れだったが、いまはただの物置だ。


 周辺は住宅街で、敷地はトタン塀に囲まれている。

 南側の塀は特に高く、二メートルを超えている。

 敷地内にゴミの不法投棄などが相次いだため、業を煮やした亡き夫がこしらえたものだ。


 好子の掃除は敷地の外の路地から始まる。

 特に、塀の南側は志道通りという大きな通りに面しており、人通りも激しく、よくビニール袋や紙くずが散らかっているのだ。


 好子は出入口から外に出ようとして、ふと、足を止めた。


 志道通りの方から声が聞こえたからである。

 剣呑な雰囲気だった。二人の男の声が口論しているようだ。


 不審に思った好子は外には出ず、塀越しに聞き耳を立てた。


「とにかくだ。こっちには寄らないでくれ」

 澄んでいて、落ち着きのある声だ。


「他に行くあてがないんですわ。いいじゃないですか。ちょっと寄らせていただいても」

 こちらの声は低く濁っていて、そわそわしていた。


「何度言われてもダメなものはダメだ」


「どこにも行くあてがないって言ってるじゃないですか」


「いや、私もさっきから言ってるけど、探せばあるでしょう。とにかく私のいる処はダメだ」


「あのなぁぁ」


 低い男の声がさらに低くなり、そわそわした雰囲気が消えて、ドスの利いたものに変わった。

 好子は思わず身をすくませてしまった。


 それだけの凄みのある声だった。 


「オレは――」


「ちょっと待った」 

 

 澄んだ声の主が制して言った。


「おたくは何やら私を威嚇してるみたいだけど、私はおたくにそうやって、睨まれたり凄まれたりする覚えはないよ。これ、そちらが“寄らしてくれ”と頼んできてるわけでしょ。で、私は正当な理由があって、それを断っているわけだ。

 でも頼みに来たんじゃなくて、喧嘩をしにきたってんなら、そっち方向で話をまとめようか?」


 よどみなく、淡々とした口調だったが、一気呵成にまくし立てているような、勢いを感じさせる声だった。


「と、いうより、やりあおうってんならそもそも話をする必要もないな。私は家でおたくを迎え撃つ準備をするよ」


「……家ってどっちだ?」 

 低い声は嘲笑いながら言った。


「言ってる意味が分からないな」


「あんたの住んでる家って、あっちの古い家の方だろ。オレが寄らせてくれって言ってるのは、畑を挟んだこっち側のでかい家のことを言ってるんだよ。こっちの家なら別にいいだろう? どうせ、最近はよくしてもらってないんだから、なあ、いいだろう? それならいいだろうがッ」


 低い男が言っている“寄らせてくれ”というのは吉隠の家のことを指していっているのだ!

 好子はその場でぶるぶると震えた。


 この低い声の主は何者なんだろう?


 ヤクザか何かだろうか?


 さらに、無人のはずの古屋に住んでいるという声の主は誰なんだろう?


「おたく、何もわかっちゃいないな」


 古屋の住人は言った。同時に、ズズズ、ズズズ、っと何かを引きずるような音がした。


「おい、まだ話は終わっちゃいないぞ」


「終わりだよ。家っていうのは建物だけじゃない。家の庭、敷地、そこに住んでるひと。全部含めて家なんだよ……。ダメだよ。そうやって私に追いすがっても。ダメなもんはダメ。私のせいじゃないよ。私のとこにわざわざ話をしに来てる時点で、おたく、この家には寄ることができないんだよ」


 言葉になっていない悪態が呪詛のようにその場に流れた。


「おいおい、この場に居座るおつもりか?」


 そう問う声に、唸り声が返事を返した。


「……しょうがないお方だな。苦しいのはわかるよ。さっきから言ってるけど、探せば行くあてはあるさ………………そうだなぁ。この通りを真っ直ぐ行ったところに、橋が架かってるよ。陸に架かった橋なんだが、その橋下におたくに似合いの場所があるよ。

 昔、おたくと似たような方が寄った場所なので、きっと気にいると思うよ」


 唸り声が徐々に止んだ。


 長い長い沈黙の後、ズズズ、ズズズ、という音がしはじめた、その音はだんだんと遠ざかっていった。


 いつの間にか夜も明けていた。


(行ってくれた……)


 好子はホッとして胸をなで下ろした。

 が、すぐには外に出る気にはなれなかった。


 俯いてジッとしていると、トタン塀の下からスルスルと這い出たものを見て、好子は目を丸くした。

 

 蛇だ。

 

 濃い緑色の、大きな蛇だった。


 チラリと好子の方を見たような気がした。


 蛇は好子を警戒する様子は全くなく、横を通り過ぎる。

 畑の畦道を突っ切って、一直線に向かう先は、敷地内の古屋の方だ。


 キュウリ畑へとその姿が消える時、朝日が蛇の体を照らした。


 好子にはその時、蛇の体が黄金色に輝いて見えた。


 その日の昼、好子はひさしく近寄ってもいなかった古屋の周辺を見て回った。

 すると小さなお堂を見つけた。


 そこでハッとした。


 吉隠の先々代の妻……つまり自分の姑にあたる人が、このお堂にお供え物をしながら、お堂に祭られている神様のことを、「○○○(これは思い出せない)のみーさん」と言って、よく拝んでいたのを思いだしたのだ。


「みーさんって、みいさんってことかぁ……」


 その日から吉隠好子は、毎朝お堂を綺麗にし、生卵をお供えするようになった。


(おわり)

おつかれさまです。


ここまで読んでいただいてありがとうございました。


あとで加筆修正するかもです。

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