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代行サービス、その後

エピソード『代行サービス』のその後の話となってます。

 見川亜紀は(みかわ あき)は家事代行サービス会社で派遣スタッフとして働いている。

 昔から家事全般を、テキパキとこなすことができた亜紀は料理も得意で、出産の経験はないが、育児にもそつがない。

 子供の頃から、誰かに何かをしてあげることが、苦にならない性格だった。



 そんな亜紀にとって家事代行サービス業は天職とも言えるような仕事だった。


 だが――。


 二ヶ月ほど前から担当するようになった業務が亜紀を悩ませていた。


 『墓参り代行サービス』である。

 依頼者のお墓に行って、掃除をするのが主な仕事で、もちろん“お参り”も代行する。


 亜紀は他人のお墓の世話をすることに、どうにも違和感を感じてしまうのだが、仕事と割り切って真面目に業務に打ち込んでいた。

 すると、家事代行の仕事は減り、墓参り代行ばかりを担当させられるようになったのだ。


 以前、N区西陽台のお墓の仕事をやり終えたのを、上司に高評価されたのが大きな原因の一つだった。


 実はその墓に行ったスタッフは他にも何組かいて、みんな金縛りにあったりして、逃げ帰っていた……と、いうのは後でわかったことだ。


 しかし、亜紀は見事に仕事をやってのけた。


 それ以来、職場ではちょっとした霊能力者扱いをされていた。

 

 若干の霊感持ちである亜紀ではあったが、これには困っていた。


 荷が重すぎる。


 お祓いが出来るわけでも、いつも霊がみえるわけでもないのだ。

 

 最近では、墓参り代行の仕事をする度に、肩が重くなったり、頭痛や目眩を感じる。

 朝起きた時にひどい倦怠感を感じ、仕事を休みたいと思ったことも一度や二度ではない。

 どの症状も、墓参り代行の仕事を受け持つようになってからだった。


 「気の迷いだ」「気持ちの問題だ」と、言われれば、亜紀は自分自身でも思う。


 しかし、その気持ちが重要なのだ……とも亜紀は考える。


 神社でお祓いをしてもらおうかな……。

 などと、考えがよぎる。


 しかし、それは失礼な話ではないのか。

 という、考えもよぎる。


 お墓は気持ちの悪い場所でもなければ、心霊スポットなどでもない。

 件の西陽台の墓は別として、たいていは、仏になった人が安らかに眠る場所だ。

 

 他人の墓の世話をしているからといって、なぜ障りがあるというのか。


(でも……)

 と、亜紀は思う。

 ――霊的な事柄は、一つのカチッとした考えで捉えることが出来ない。


 例えば葬式だ。

 故人を偲び、告別し、弔う儀式である。

 葬式自体は不浄なものでも、恐ろしいものでもなんでもないはずだ。

 参加者も家族や親戚、仕事の関係者、親しかった知人・友人たちのはずである。


 しかし――ではなぜ、その参加者全員にお清めの塩が配られたりすることがあるのか。


 それは、葬式に参加すると、大なり小なり障りを受けるので、塩祓いをせよという考え方があるからではないのか。


 現在では清め塩の習慣を無くしている処もあるそうだが、どんなことにでも、表と裏、そして複雑な背景がある。


 お坊さんでもないのに、他人の墓の世話をするといった特殊なケースなら尚更ではないだろうか。


 週末、仕事からアパートの部屋へと帰ってきた亜紀は食事と風呂を済ませ、重い肩を揉みほぐしながら葬式の『清め塩』のことをあれこれとネット検索した。

 なぜか、西陽台近辺の神社が気になり、それも調べる。

 そうしているうちに時は過ぎ、深夜の一時を過ぎてしまった。


 亜紀は重い両肩を手で揉みほぐした後、軽いストレッチをしてみる。


 体が重い。

 一気にお婆ちゃんになったみたいだ……。


(どうしようかなぁ。神社にお参りしたり、お祓いしてもらったほうがいいかなぁ……)


 クズグズした気持ちを引きずりながら、亜紀は就寝した。

 


     ×   ×   ×


 休日の朝。


 パッチリを目が開き、亜紀は目覚めた。

 

 枕元の目覚まし時計を見る。

 まだ七時前だ。


 頭がスッキリし、すこぶる快調なことに亜紀は驚いていた。

 昨日、寝たのは結局二時頃だったはずだ。

 しかも最近、休日は起き上がる気力が無く、昼前までゴロゴロしていることが多いというのに、今日は、大げさにいうとまるで生まれ変わったように、活力に溢れ、気力に満ちていた。


 両肩には未だに見えない重みを感じていたが……。


「よしッ」


 気合の声と共に亜紀は起床し、洗濯機を起動させ、その間に朝食を取り、部屋の掃除を済ませた。

 そして、洗濯物を干す作業を終えると、身支度を整え、九時過ぎにはアパートを出た。


 今日は、西陽台にある大きな神社に参拝に行く。

 なぜ西陽台なのか、とくに理由があるわけではない。

 朝、起きた直後に決めていた。



     ×   ×   ×


 

 電車を数回乗り換え、西陽台に赴いた頃には午前十一時ぐらいになっていた。


 亜紀は、近くのコンビニに入ると、女性店員に目当ての神社までの道を尋ねた。


「ああ。目の前の交差点の、坂になってる方を行くと、左手に○○○○銀行がありますから、その角を曲がるとすぐです」


「ありがとうございます」


 亜紀は店から出ると、お礼代わりに買ったコラーゲン系栄養ドリンクの栓を開け、グイッと飲み干した。


 そして神社へと向かう。


 でも、なぜだろう?


 歩きながら、亜紀は今朝からの、『謎の気分壮快さ』のことを考えていた。


 理由もなく、晴れ晴れとした気分なのだ。

 頭も冴え渡った感じがして、晴天の外の空気を吸う度に、風が頬を撫でる度に、気分は高揚した。


 坂道をのぼりながら、ふと気がついた。


(あれ……○○○○銀行まだかな?)


 どうも、考え事をしていたら見過ごしていたようで、行けども行けども銀行は見えない。

 これは道を曲がり損ねた、行き過ぎてしまったな、と思いながらも、亜紀は道を元に戻ろうとはせず、散歩でもする気分でテクテクと坂を上がり続けた。


 すると、やや大きな交差点に出た。左の道は下り坂になっている。


(そろそろ引き返そうかな?)


 来た道をそのまま戻るのでは面白くない。この近辺をぐるっと回るぐらいしてもいいか、と気の赴くままに、亜紀は道を曲がった。

 

 と、坂を下るとすぐに、亜紀は神社の鳥居を見つけた。


 おそらく、当初の目的の神社ではない。


 だが亜紀は、その神社にも行ってみようと石階段を昇り、鳥居をくぐった。


 プレハブ物置よりも小さな神社だった。

 何処かの神社の分祠ぶんしのようだ。 左手は空き地で、右手にはさらに小さな稲荷の社がある。

 境内は荒れてはいなかったが、木々も少なく、神社の後ろにはマンションがそびえていて、殺風景だった

 なにより、一番目に付いたのは参道のど真ん中でぺちゃくちゃおしゃべりをしている中年の女性と、白髪頭の老婆だった。



 神社には賽銭箱は設置されていなかったが、賽銭箱があったとして、賽銭を入れ、鈴を鳴らして拝殿に向かって参拝するスペースから数メートルも離れていない場所で、女性二人は買い物袋とバッグを手に持ち、世間話に夢中になっているのだった。


(ちょっと……何でこんなとこで井戸端会議してんのよ)


 今朝からの清々しい気分が一気に台無しになったような気がした。


 何処かに行ってくれないか、と思いながら亜紀はまず小さなお稲荷さんの前へ進んだ。


 こちらには、小さな賽銭箱があった。

 硬貨した入れることが出来ない鉄製の賽銭箱だった。

 亜紀は五百円玉を入れ、二礼二拍し、一礼する。

 

「へ~! あーそう。でもあの人車椅子を使わずに立って歩いてるとこアタシ見たわよ?」


「まあ、あんまり関わり合いにならない方がいいですよ。普段何してる人なのか近所の人も全然知らないんだもの――」

 

 ……目を閉じ、心の中で言葉を発しようとしても、馬鹿でかいおしゃべりの声が邪魔で集中できなかった。

 

 空気を読んで立ち退いてくれるような、手合いでもなさそうだった。


 亜紀はしかめっ面になるのを抑えながら、今度は拝殿の前まで進んだ。

 

 二人の女性は亜紀には目もくれず、おしゃべり続行中だ。


 遠慮がちに鈴を鳴らし、これまた遠慮がちに二礼二拍一礼し、目を閉じた。



「でも、いつも隣にいるあの人、奥さんなんでしょ?」


「籍を入れてるわけじゃないんですってよ」



 ……神社に来て、お参りをしているだけなのに、なんだか自分の方が場違いな場所で、場違いなことをしているような気がしてきた。

 だが、気を入れて、心の中で願い事をする。もちろん、内容は主に、墓参り代行サービスの件だ。


 しかし、後ろのおしゃべりがうるさくて、とてもではないが集中できない。

 しかも、ここにいたって、この神社がどんな神様を祀ってあるのかも知らずにお参りしていることに気づき、滑稽だな、とネガティヴな気分に陥ってしまった。


 それでもなんとか、遠く実家にいる家族と自分の無病息災と、両肩の重みが無くなりますように、と心の中で早口で話し、最後に、『幸魂奇魂さきみたま くしみたま』で始まる祝詞をあげようとした。

 


「アレに比べればウチの子はまだ真面目だわ」


「そうですよ。あの人、今に罰が当たりますよ」


 亜紀の背後の二人はそう言って、笑い声をあげた。

 下品な声だと亜紀は思った。


 オバハン二人が何の話をしているか判らないし、興味も全く無かったが『罰当たり』という言葉に亜紀は内心キレてしまった。


(まもりたまへさきはへたまへ――罰当たりなのは今のあんた等がやってることだッ。こっちは真面目にお参りしてるんだ。おしゃべりはどっか余所でやって!)


 心の中でそう怒声を発した直後“ギィィ”と、大きな扉が軋みながら開くような音が聞こえた。

 

 ハッと亜紀は顔を上げた。

 後ろのオバハン二人のおしゃべりも止まっている。


 亜紀は御社を見るが戸は閉まったままだ。


 しかし、木製の戸のガラス窓を越えて、紫色の小さな玉がいくつも出てくるのを亜紀は見た。それは黄色い光の尾を引きながら、二手にわかれ、亜紀の両肩上あたりを、あっという間に通り過ぎた。


 亜紀が振り返るのと、オバハン二人の悲鳴が聞こえたのは同時だった。


 ゴォォォ!

 突風が吹き荒れていた。


 オバハン二人は風に髪がグシャグシャになり、風にあおられて転けないように必死に踏ん張っていた。


(なにこれ? 小さい竜巻? つむじ風?)

 亜紀はニュース映像で台風に晒されている人々の映像を見ているような錯覚を感じた。


 なぜなら、不思議なことにすぐ近くにいる亜紀の体には、強風が全くあてがわれていないからだ。

 

 しかしオバハン二人に吹き荒んでいる風はますます荒々しくなった。

 そして、女性二人の持っていたビニールの買い物袋が、“ビッ”っという音を立てて、盛大に裂けた。


「あああ」

「ヒーッ」


 情けない声をあげて二人はしゃがみ込み、裂けた箇所を片方の手で何とかしようとした。だが、ペットボトルや袋菓子や総菜などが散乱し、軽いものは空中へ巻き上げられてしまう始末だった。


 そこで、風は止んだ。

 瞬時に巻き起こった時と同じく、止む時も一瞬だった。


 中年女性は遠くへとっ散らかった袋菓子を、白髪の老婆は空き地の方へコロコロと転がっていく缶詰を、ぜいぜい息を喘がせながら、必死に追いかけていった。


 亜紀は無言で小走りにその場を去った。


 参道を抜け石階段を下りたところでハッとする。


 両肩の重みが、完全に消えていた。


 その後、最初の目的地だった神社の方へも行き、参拝して帰路についた。



     ×   ×   ×


 その夜、亜紀はネットであの小さな神社を調べてみた。


 神社は諏訪神社だった。


 諏訪神社といえば、長野県にある諏訪大社の御分祠だ。


 祭神は建御名方タケミナカタ

 国譲りの神話で有名な武神だ。


 ……鎌倉時代の元寇の際には、神風を起こしたという伝説もある。

   

 なんだか出来過ぎじゃないかという気もしたが、亜紀は妙に興奮してもいた。

 今朝からの謎の快調ぶりと、いくつかの偶然で辿り着いたあの神社での、不可思議な出来事。


 自分はあの神社の神様に呼ばれていたんじゃないか……などと思ったり。

 

 その夜はなかなか寝付けなかった。


 翌日、仕事には遅刻してしまった。


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