表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/29

場所が悪い

 えっ、閉店?


 近所に住んでいるフリーライターの徳田君は、思わず心の中でそう呟いていた。


 今は深夜。

 徳田君は街灯の明かりを頼りに、店の入り口に貼られた張り紙を見た。



『平素は○○軒をご利用いただきまして、誠にありがとうございます。長らくご愛顧賜りましたが、平成○○年9月30日をもちまして、閉店とさせていただきます』



 今、徳田君は、西陽台せいようだい志道しじ通りの、とある雑居ビルの前にいる。

 ここの一階は貸店舗で、よくラーメン屋がオープンするのだが、長続きしたためしがない。


 長く持って一年。

 ひどい時は半年も経たずに潰れてしまう。


 徳田君はいつも不規則で不摂生な生活をしているため、昼に寝て、深夜に起きることも日常茶飯事だ。

 西陽台は密かにラーメン屋の激戦区だったりして、昼間はラーメン屋の他にも様々なファーストフード店や、定食屋があり、ランチタイムでは外食に困るようなことはない。


 だが、最寄りの駅が終電を迎えてからは別である。

 駅から離れれば、閑静な住宅街が続くため、深夜は人通りも全くといっていいほど途絶える。

 しかも他の町と比べて、なぜか街灯の数が少ないため、非常に静かで、寂しい姿を見せるのである……。

 

 この雑居ビルの一階にオープンする店は、町が寝静まって、競争相手がいなくなった時間帯に営業することが多い。駅からは微妙に遠いし、行列の出来るような人気店がすでに幅を利かせているため、ランチタイムの集客が絶望的だからだ。


 半年前にオープンした○○軒も夜7時から深夜3時の営業。

 徳田君のような人間にとっては、まことにありがたい時間に営業している店だったのだが……。


「味は悪くなかったのにな」


 そう、徳田君はひとりごちる。

 ○○軒は、深夜にやるラーメン店にしては珍しく、炒めた肉野菜を鶏ガラベースの醤油ラーメンや味噌ラーメンにのせる、いわゆるタンメン系のラーメンを提供していた。


 ここ最近は、○○軒でしか野菜成分を摂取してこなかったほど、深夜にお腹が空いた時は、○○軒を頼りにしていた徳田君にとって、閉店はかなりテンションの下がる出来事だ。


 今開いている店といえば、コンビニと、どんな利用客がいるのか、わかったもんじゃない、外から店の様子が全く分からないタイプの、怪しい居酒屋やスナックしかない。

 家には何もない。

 カップ麺なども底をついていたし、米を炊くのはめんどくさい。


 仕方がないので徳田君はコンビニに向かうことにした――。

 だが、急に胃酸がこみ上げてきた。

 徳田君は寝る時に寝酒を欠かさない。

 そろそろ休肝日が必要な歳である。

 張り紙がされたドアの前で、徳田君は顔をしかめて咳払いをした。


「んん、ごほん!」


 ――ん、ごほん!


「あ?」

 思わず声を出した。

 オウム返しに、どこからか同じような咳払いが聞こえた。

 なんだか、急に体が熱っぽくなった気がする。


「ゴホ、ゴホッ」

 

 頭がボーっとして、息苦しくなり、徳田君は咳をした――。


 ――ゴホ、ゴホッ


 またである。

 

 どうも、前の方……○○軒の中からその声は聞こえるようだ。

 店主が後片づけでもしてるのか?

 店主とはちょっとだけ顔見知りだ。

 挨拶でもしようと思って、張り紙から目を逸らして、真っ暗な○○軒の店内を覗いてみた。


 今まで気づかなかったがカウンター席に男が一人いる。


 背格好からいって店主ではなかった。

 志道通りの街灯に微かに照らされているそいつは、ラーメンを食っていた。


(……閉店した、真っ暗なラーメン屋の店内で?)

 

 ぐるぐるしだした頭で、色々考えながら、徳田君は目を凝らした。

 そいつは、ジーパンにアイロンがけされていないシャツを着ている。

 何処かで見た服装だ。


 え……これって。


 その時、ラーメンを食い終えたのか、男は箸を置き、パッとこちらを振り向いた。


 その男は、徳田君自身だった。


 フッと目の前が本当の真っ暗闇になった。


 

 気がついた時には、二時間ぐらいが経過していた。

 ○○軒の前で、ずっと突っ立ったままだったらしい。

 店内には、誰もいなかった。


「……」

 徳田君は自宅のアパートにはすぐに帰らず、近所のコンビニで漫画を立ち読みしながら、夜明けを待ってから、帰宅した。


 真っ暗な店内にいた自分とそっくりの男の服装は、ちょうど一ヶ月くらい前、あの店でラーメンを食べた時のだ。

 間違いない。

 その翌日、ひどい喉風邪をひいて2、3日寝込んでいたから、よく憶えている。


 思えばあの店は、妙に換気が悪いのか、こもった空気を不快に感じることが多い。

 体調が悪い時は特にだ。

 さらに思い起こせば、あの店で飲み食いをした後は風邪をひいたりすることもことも多かったような気がしてきた。


 ○○軒だけではない。そのまえのラーメン屋も、さらにその前のラーメン屋もそんな感じだった気がする。


 とにかく、徳田君はまたあの場所で新しい店がオープンしても、行かないことにした。


 あそこは、場所が悪い。

どうも空気が悪い場所。

新しい店が出来ても、すぐに潰れてしまう場所。

いつ営業してるのか、わからない店。

そんなところって、皆さんの住んでる町にもありませんか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ